artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

野村佐紀子「もうひとつの黒闇」

会期:2016/02/26~2016/03/13

Akio Nagasawa Gallery[東京都]

野村佐紀子は2008年に同じAkio Nagasawa Galleryで個展「黒闇」を開催した(同名の写真集も刊行)。今回展示された「もうひとつの黒闇」のシリーズは、その「黒闇」の写真群に、ソラリゼーションを施して再プリントしたものだ。マン・レイが好んで用いたソラリゼーションの技法は、暗室作業中にフィルムや印画紙に過度の露光を与えることで、画像の一部の白黒を反転させるともに、光が滲みだすような効果を生み出す。だが、野村のソラリゼーションはより極端なもので、画像はほとんど黒一色となり、目を凝らすとようやく被写体の輪郭のラインが浮かび上がってくる。もともと野村の写真は、闇の中に溶け込んでいくような表現に特徴があったのだが、それがより強化され、写真とグラフィックのぎりぎりの境界領域が模索されているのだ。
野村はこのところ表現の幅を大きく広げつつあるが、この実験作もその一環として捉えていいのではないだろうか。そういえば、彼女の師匠の荒木経惟も、かつて高温現像のネガによるプリントのなどを試みたことがあった。写真表現の振り幅をどれだけ広げられるかという課題を、野村もまた荒木とは違った方向に展開しつつあるということだろう。なお、本作は昨年アルル国際写真フェスティバルで開催された「もう一つの言葉 8 Japanese Photographers」展(キュレーション:サイモン・ベーカー)に、森山大道、深瀬昌久、深瀬昌久、猪瀬光、横田大輔らの作品とともに出品された。また、展覧会にあわせて600部限定の写真集『Another Black Darkness』(Akio Nagasawa Publishing)が刊行されている。

2016/03/03(木)(飯沢耕太郎)

西村裕介「The Folk」

会期:2016/03/03~2016/04/02

IMA gallery[東京都]

先月、銀座メゾンエルメスフォーラムでフランスの写真家、シャルル・フレジェの「YÔKAÏNOSHIMA」の展示を見たばかりだったので、同じようなテーマの写真展が続けて開催されたのが興味深かった。とはいえ、西村裕介のアプローチは、フレジェとはかなり違っている。
映画製作から写真に転じ、主に雑誌や広告の分野で活動している西村は、3年半ほど前に明治神宮の祭事で郷土芸能を見て、その力強さに衝撃を受ける。それから北海道から沖縄まで全国を回り、「現場に黒幕を張り、演者の姿を封じ込める」という手法で撮影を続けてきた。開放的な雰囲気で、どちらかといえばクールに、衣装やマスクを中心に撮影しているフレジェと比較すると、西村は「猛々しい迫力」を発する演者の所作に強い関心を寄せているように見える。黒バックで、ストロボに照らし出されて浮かび上がってくるダイナミックな動きの表現は、たしかに魂を震わすようなパワーを感じさせる。ただ、黒バックの「封じ込め」は諸刃の剣でもある。周囲とのつながりを欠くために、ドキュメントとしての情報量が限定され、各行事がむしろ均一なものに見えてしまうのだ。
このような祭礼や民間行事への関心の深まりは、もしかすると東日本大震災以後の状況ともかかわりがあるのかもしれない。震災以後、家族や共同体との「絆」がクローズアップされる中で、郷土芸能を受け継いでいくことの意味があらためて問い直されつつあるのだ。ただ、単純なアリバイづくりでは物足りない。むしろ、民衆の自発的なエネルギーの発露としての芸能の起源に着目していかなければならないだろう。

2016/03/03(木)(飯沢耕太郎)

津田直「Grassland Tears」

会期:2016/02/20~2016/03/26

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

津田直が東日本大震災前から東北地方を中心に撮り続けている「縄文文化」の写真群には、以前から注目している。僕のキュレーションで2012年から海外を巡回している「東北─風土・人・くらし」展(国際交流基金主催)にも、出品作家の一人として加わってもらった。今回の「Grassland Tears」(草むらの涙)は、その中間報告といった趣の展示で、風景作品4点、縄文時代の出土品を撮影した写真10点が並んでいた。
「Isedotai Site」(2012)、「Kitatogane#1」(2016)、「Ayoro#1」(同)といった風景作品を見ると、歩き回りながら「ここしかない」という場所を嗅ぎ当て、風景のなかに埋め込まれた縄文時代の痕跡を定着していく津田のアンテナの精度の高さにあらためて驚かされる。出土品の写真をあえてネガプリントで出力し、「反転した世界」を出現させることで、「形ある霊魂」に迫ろうとする試みも興味深い。ただ、このシリーズの全貌を見せるためには、さらに大がかりなインスタレーションの展示が必要なはずで、その機会ができるだけ早く来ることを願いたいものだ。
やや気になるのは、このところの津田の展示が、どこか集中力を欠いて、エネルギーを小出しにしている印象を受けることだ。ライトジェット・プリントの画質も、やや弱々しく感じてしまう。近作の写真集にしても、かつての『SMOKE LINE』(赤々舎、2008)のような圧倒的な強度が失われている。もう一度、写真家としての飛躍を期す時期が来ているのではないだろうか。

2016/03/03(木)(飯沢耕太郎)

森山大道「裏町人生~寺山修司」

会期:2016/02/05~2016/03/27

ポスターハリスギャラリー[東京都]

森山大道と寺山修司の関係は、1960年代後半にさかのぼる。森山の畏友の中平卓馬が編集を担当していた『現代の眼』で初の長編小説「あゝ、荒野」を連載していた寺山は、1966年に同書を単行本化するにあたって、表紙の撮影を森山に依頼する。寺山、中平とともに新宿界隈の一癖も二癖もある住人たちをモデルに撮影された集合写真だ。これをきっかけとして、二人の関係はさらに深まり、森山のデビュー写真集『にっぽん劇場写真帖』(室町書房、1968)には寺山が書き下ろしの戯文調の散文詩「芝居小屋の外で観た地獄の四幕」と「新宿お七 浪花節」を寄せることになる。この時期の森山にとって、兄貴分の寺山の影響力は絶大なものがあり、その引力に引きつけられるように、写真表現の深みに降りていこうとしていたといえるだろう。
今回、ポスターハリスギャラリーの笹目浩之と、デザイナーの町口寛の企画で開催された「裏町人生~寺山修司」展は、絶版になっていた寺山のエッセイ集『スポーツ版 裏町人生』(新評社、1972)をもとに森山自身がプリントした写真群から組み上げられたものだ。同時に、町口の装本・デザインで写真集『Daido Moriyama: Terayama』(MATCH and Company)が刊行された。こちらは森山の写真に「拳闘」、「競輪」、「相撲」、「競馬」、「闘犬」をテーマにした寺山の文章の断片を、コラージュ的に組み合わせている。『にっぽん劇場写真帖』、「何かへの旅」などの初期シリーズを中心とする森山の写真と、寺山の湿り気を帯びつつ疾走するテキストとの相性は抜群で、展示も本も見応えのある出来映えに仕上がっていた。町口のデザインワークも、いつもながら、60年代末の気分を見事にすくいとっている。森山と寺山のコラボレーションは、これから先もまだいろいろな可能性を孕んで展開していそうだ。

2016/03/02(水)(飯沢耕太郎)

杉浦邦恵「Little Families; 自然への凝視 1992-2001年」

会期:2016/01/30~2016/02/27

タカ・イシイギャラリー東京[東京都]

杉浦邦恵はシカゴ美術館付属美術大学でケネス・ジョセフソンに師事し、1967年に同大学を卒業後、ニューヨークに移って、当地で作品制作を続けているアーティスト/写真家である。近年は主にフォトグラム作品を制作しているが、今回のタカ・イシイギャラリー東京での個展では、そのなかから生きものをテーマにした作品を展示した。
フォトグラムはいうまでもなく、印画紙上にモノを配置し、光を当ててその輪郭を定着する技法だが、そのモチーフとして生きものが使われることはほとんどない。だが、杉浦は主にコントロール不可能な動物や人間を被写体にしていて、そのことが彼女のフォトグラム作品に、偶発的に生み出された陰翳や形がもたらす、軽やかな律動感を与えている。例えば、今回展示された「The Kitten Papers(子猫の書類)」(タイトルが素晴らしい)では、「暗室の感光紙の上に一晩中ほっておかれた」二匹の子猫の動きの軌跡を、繊細なモノトーンの画面に定着した。ほかに、蝸牛をモチーフにした「Snails」、蛙をジャンプさせた「Hoppings(飛び跳ねる)」など、身近な、小さな「自然」のありようを見つめることで、そこから驚きや感動をともなうイメージをつかみ取ろうとする姿勢は、どこか俳句のようでもある。19世紀以来の伝統的手法であるフォトグラムは、まださまざまな方向に伸び広がって行く可能性を秘めているのではないだろうか。


Kunié Sugiura, "The Kitten Papers", 1992, 7 gelatin silver prints mounted on aluminum, wood shelf with text, 122×601×18cm
© Kunié Sugiura / Courtesy of Taka Ishii Gallery

2016/02/26(金)(飯沢耕太郎)