artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

花代&沢渡朔「点子」

会期:2016/04/02~2016/05/14

GALLERY KOYANAGI[東京都]

面白い構成の写真展だ。1996年、当時ドイツに在住していたアーティスト・写真家の花代の長女として誕生した点子の0歳から18歳までを、花代自身と沢渡朔が撮影した写真で辿っていく。東京・銀座のGALLERY KOYANAGIの壁面に撒き散らすように並んでいた写真の数は215点(ほかに映像作品1点)。二人の写真の区別は、花代の作品が虫ピンで、沢渡のそれがクリップで留められていることでわかるようになっていた。
花代の写真は家族アルバムの延長のようなテイストで、写真の大きさもプリントの仕方もバラバラ、その眼差しは点子の成長に沿うように、揺らぎつつ伸び縮みを繰り返している。それに対して、点子が15歳で「東京に移住」してから撮影されはじめた沢渡の写真は、プロフェッショナルな写真家の視点で、少女から大人へと脱皮していく微妙な年頃の彼女の姿を捉えていく。その対比が面白いだけでなく、撮り手とモデルとのあいだの関係の密度や綾が、写真に微妙なかたちで写り込んでいるのが興味深い。ただ、普通の家族アルバムと決定的に違っているのは、花代も沢渡も、記号化された「子供らしさ」や「女の子らしさ」にもたれかかることなく、むしろそれらを超越した、見方によっては蠱惑的でもある、魔物めいた禍々しさを点子から引き出していることだろう。
このシリーズは点子が「東京と花代を離れる」ことで、一応は終わってしまうようだが、もう少し見てみたい気もする。もし点子が将来子供を産んだら、その子の写真も取り込んでしまうようなシリーズとして増殖していくのではないかとも夢想するのだ。なお、展覧会にあわせてCase Publishingから同名の写真集(田中義久のデザインが冴えわたっている)が刊行されている。

2016/04/06(水)(飯沢耕太郎)

「MACK CONCEPT TOKYO」

会期:2016/04/05~2016/04/23

IMA CONCEPT STORE[東京都]

MACKは元Steidlにいたマイケル・マックが2011年にロンドンで立ち上げた写真集専門の出版社。設立から5年あまりを経て、ルイジ・ギッリやアレック・ソスをはじめとする高クオリティの写真集を年間20冊というハイペースで刊行して、世界中の写真関係者の注目を集めている。そのMACKから、昨年刊行の川田喜久治『The Last Cosmology』に続いて、日本人写真家3人の写真集が出版されることになった。深瀬昌久の『HIBI』、ホンマタカシの『THE NARCISSISTIC CITY』、細倉真弓の『Transparency is the mystery』である。そのお披露目を兼ねて開催されたのが本展であり、同会場ではこれまで刊行されたMACKの出版物も展示・即売されていた。
ピンホールカメラで撮影された都市の景観で構成したホンマの『THE NARCISSISTIC CITY』や、ヌードと鉱物の結晶の写真を交互に見せる細倉の『Transparency is the mystery』も悪くないが、なんと言っても見逃せないのは、深瀬昌久自身が構成した最後の個展となった「私景’92」(銀座ニコンサロン)で展示された、111点の連作「ヒビ」を1冊にまとめた写真集『HIBI』である。自己追求の果てに袋小路に落ち込んだ写真家の絶望的な心境を、胸を抉るようなユーモアでまぶしたこのシリーズは、個展以後まったく公開されることがなかったので、その全貌が姿を現わしたことは驚き以外のなにものでもない。深瀬が写真を通じて何を見ようとしていたのか、その最終的な答えのひとつがここにあるのではないだろうか。
MACKはこれ以降も日本の写真家たちを積極的にフォローしていくようだ。どんな写真集が出てくるのかとても楽しみだ。

2016/04/06(水)(飯沢耕太郎)

「グラシエラ・イトゥルビデ 1969-1990年」

会期:2016/04/02~2016/05/14

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

グラシエラ・イトゥルビデはメキシコを代表する女性写真家。1942年にメキシコシティに生まれ、メキシコ国立自治大学映画科を卒業後、マヌエル・アルバレス・ブラボのような先人の影響を取り入れつつ、土着のインディオの文化と暮らしの細部を記録・表現していく、独自の「フォト・エッセイ」のスタイルを確立した。特徴的なのは、代表作の『フチタン、女達の街(Juchitán de Las Mujeres)』(1989)のように、太古の母系社会につながるような女性への視点を積極的に取り入れていることで、フェミニズム的なドキュメンタリー写真の先駆としても位置づけられている。
今回のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムでの個展は、1969~90年に撮影された写真の、ヴィンテージ・プリント19点によるもので、作品自体が貴重であるだけでなく、彼女の眼差しのあり方がストレートに伝わってくる選択・構成になっていた。メキシコの女性たちは、マチスモ(男性優位主義)が色濃い社会のなかで、逞しく生き抜いており、イトゥルビデも彼女たちの生命力を礼賛する、力強い画面構成の写真を撮影している。だが一方で、大地に一人佇むような孤独感、寂寥感を強調する写真もあり、被写体が発する感情の幅が大きく取り込まれている。
1990年に東川賞海外作家賞を受賞するなど、これまでも国内での作品発表の実績を積み上げており、そろそろ美術館クラスの大規模展が実現してもよい作家のひとりと言える。本展の開催がその呼び水になることを期待したい。

© Graciela Iturbide / Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

2016/04/06(水)(飯沢耕太郎)

柴田敏雄「Bridge」

会期:2016/03/31~2016/05/17

キヤノンギャラリーS[東京都]

柴田敏雄は2013年に、ベルギーの建築家で構造エンジニアのローラン・ネイから自分の設計した「橋」を写真で作品にできないかという依頼を受けた。柴田はそのプロジェクトを引き受けることにしたのだが、その理由は、かつて1970年代後半にベルギーに留学していたという縁だけではなく、環境、コスト、住民の意見などをもとに設計を進めていく、ネイのやり方に興味を持ったからだった。その「とびきりオープンな」スタイルが、彼自身の「場を借りる」という「パッシブな制作の方法論」と共通していると考えたのだという。
結果的に、今回東京・品川のキヤノンギャラリーSで展示された「Bridge」のシリーズは、これまでの柴田の作品と比較して、より自由度の高い、見方によっては「行き当たりばったり」に見えかねないものになった。抽象画を思わせる、きっちりとパターン化された画面構成ではなく、よりダイナミックで不安定な構図が選択されており、水、空、植物、建築物、さらに通行人など、「橋」の周辺のノイズ的な要素が積極的に取り入れられている。柴田がこのような「制作の方法論」をとることができたのは、本作がデジタルカメラとズームレンズで撮影されていることと無関係ではないだろう。これまでの大判カメラによる作品とはかなり肌合いが違うので、戸惑う人もいるかもしれないが、僕はむしろその変化をポジティブに評価したい。デジタル化の成果を軽やかに取り込むことで、柴田の作品世界に新たな語彙がつけ加えられたのではないだろうか。

2016/04/04(月)(飯沢耕太郎)

殿村任香「orange elephant」

会期:2016/03/09~2016/04/02

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

母親と恋人との情事を撮影した、あの衝撃的な『母恋 ハハ・ラブ』(赤々舎、2008)、クラブ勤めの日常を活写した『ゼィコードゥミーユカリ』(ZEN FOTO GALLERY、2013)。殿村任香の仕事には、いつでも白刃をひらめかせるような凄みを感じる。だが、今回ZEN FOTO GALLERYで展示され、同名の写真集も刊行された「orange elephant」のシリーズは、どちらかと言えばおとなしげで、穏やかな微光に包み込まれているように感じた。「祖母」を撮影した一枚を除いては、そこに何が写っているのかさえ判然としない。最初に見た時には、どこか弱々しい印象さえ受けてしまった。
どんな写真家でも、長くハイテンションを保ち続けるのはむずかしいので、殿村もそういう時期に来ているのかもしれないと思った。だが、何度か見直しているうちに、このシリーズも一筋縄ではいかない、したたかな作品であることがじわじわと見えてきた。今回殿村が狙いを定めているのは、これまでのように、彼女の目の前に否応なしに出現してきた身も蓋もない現実ではない。むしろ現世の光景を、遥か彼方から見つめているような、あるいは「300年後の誰か」にメッセージを送ろうとしているような、遠い眼差しを感じさせる。「見えないものを見る」、あるいは「目を瞑って見る」ために、あえて幽体離脱を試みているような写真群なのだ。
その試みがうまくいったのかといえば、正直よく分からないところがある。だが、今回の展示にヴィヴィッドに反応したのが、ほとんど女性の観客だったということを聞いて、納得するところがあった。このシリーズでは、意味や観念ではなく身体レベルでの反応の速度と精度を、極限近くまで高めることで、それこそ子宮が共振するような視覚効果が生まれつつあるのかもしれない。

2016/04/02(土)(飯沢耕太郎)