artscapeレビュー
飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー
沢渡朔「少女アリス」
会期:2014/10/10~2014/10/26
Fm(エフマイナー)[東京都]
沢渡朔の名作『少女アリス』(河出書房新社、1973年)が「スペシャル・エディション」として河出書房新社から刊行されることになった。西武百貨店での展覧会にあわせてイギリス各地に滞在し、3週間で6×6判のフィルム300本を撮り尽くしたという撮影のテンションの高さ、堀内誠一のデザインによる端正で典雅な写真集の造本は、いまだに語り草になっている。今回の「スペシャル・エディション」は、すべてその73年の写真集に未収録のアナザーカットから選ばれた写真で構成されていて、東京・恵比寿のギャラリー、Fmで展示されているのは、その「懐かしくも新しい」写真群から新たにプリントされた作品だ。
『少女アリス』の魅力は、むろん沢渡ののびやかなカメラワークの為せる業なのだが、それ以上に主役のアリスを演じきった8歳のモデル、サマンサによるところが大きい。今回の展覧会及び写真集では、そのサマンサのもうひとつの顔が見えてきているように感じる。つまり、イノセントな天使的な存在としてのアリスではなく、明らかにどこかおぞましく、淫らでもある「ダーク・アリス」が浮上してきているのだ。たしかに「少女」という、ひらひらと漂うようなフラジャイルな存在には、光と闇の両方の顔があるように思える。その二面性が『少女アリス』の撮影の過程で引き出されてくるわけで、そのスリリングな出現のドラマには心を揺さぶられるものがある。別な見方をすれば、今回の「スペシャル・エディション」の登場で、『少女アリス』は40年の時を隔ててようやく完成したといえるのではないだろうか。
なお本展は11月13日~21日に京都のWRIGHT商會三条店二階ギャラリーに巡回する。
2014/10/10(金)(飯沢耕太郎)
アレキサンダー・グロンスキー
会期:2014/09/06~2014/11/15
YUKA TSURUNO GALLERY[東京都]
アレキサンダー・グロンスキーは1980年、エストニア・タリン生まれの写真家。今回の展示は、2000年代以降にロシア写真の「ニュー・ウェーブ」の旗手として国際的な注目を集める彼の日本での初個展になる。
グロンスキーはもともとフォト・ジャーナリストとして活動していたが、2008年頃からよりパーソナルな視点の風景写真に転向し、アートの領域で注目されるようになった。広大な大地にぽつりぽつりと点在する建築物や人間の姿を、距離をとってクールに描き出し、人間の営みを環境の側から照らし出していく視点は、1980年代以降のヨーロッパやアメリカの写真家によく見られる傾向である。いわば遅れてきた「ニューカラー」、あるいは「ベッヒャー派」といえるだろう。とはいえ、氷に穴を穿ったプール(ロシア正教の洗礼の場所)やダイナマイトの空き箱が散らばった鉱山など、ロシア以外にはおよそ考えられないようなシーンも的確に押さえており、とてもバランスのとれた作品として成立していた。
今回の展示は「less than one」(1平方キロに1人以下という人口密度の低い地域のドキュメント)、「the edge」(モスクワ郊外の雪景色)、「pastoral」(モスクワと田舎の中間領域の風景)の3シリーズから抜粋された10点である。やや同傾向の作品ばかりが揃った印象があるが、今後はさらに多様なアプローチを展開できそうな可能性を感じる。グロンスキーに続くロシアの若手写真家たちの展示もぜひ見てみたい。なお、展覧会にあわせて、写真集『LESS THAN ONE』(TYCOON BOOKS)が刊行されている。
2014/10/08(水)(飯沢耕太郎)
ヴィヴィアン・サッセン「PIKIN SLEE」/「LEXICON」
会期:2014/10/04~2014/11/30
G/P galley、G/P+g3/ gallery[東京都]
ヴィヴィアン・サッセンは1972年、オランダ・アムステルダム出身の写真家。主にファッション写真の領域で活動してきたのだが、今回、東京・恵比寿のG/P galleyと東雲のG/P+g3/ galleryで同時期に開催された個展を見て、なかなかユニークな作風の写真作家であることがわかった。
「PIKIN SLEE」は南米のスリナムで、「LEXICON」はアフリカ各地で撮影した写真が並んでいるが、むろん単純なドキュメンタリーではない。被写体は人物、風景、オブジェなど多岐にわたるが、日常的な場面に目を向けつつ、微かなズレを鋭敏にキャッチしている。両方のシリーズとも、あからさまにエスニックな要素やコロニアリズムの残滓に目を向けているわけではない。だが、巧みな切り取りと画面構成によって、苛酷な生の状況を浮かび上がらせているのだ。たとえば「LEXICON」には棺や墓場のイメージが頻出するが、死体を正面から撮影することはなく、暗示的にそれを想像させるように観客を導いていく。
サッセンはいま資生堂化粧品の広報誌『花椿』の表紙撮影を担当している。日本の少女たちをモデルとする表紙は、それはそれでとても面白いのだが、「PIKIN SLEE」や「LEXICON」を見ていると、この手法で日本のフォークロア(祭礼や儀式など)を撮影したらどうなるのだろうかと考えてしまう。もし実現したら、日本の若い写真家たちにとっても刺激的な作品になるのではないだろうか。なお、展覧会にあわせて写真集『LEXICON』(G/P galley+アートビートパブリッシャーズ)が刊行されている。
「PIKIN SLEE」 2014年10月4日〜11月30日 G/P galley
「LEXICON」 2014年10月4日〜11月29日 G/P+g3/ gallery
2014/10/08(水)(飯沢耕太郎)
立木義浩「迷路」
会期:2014/10/03~2014/11/03
Bギャラリー[東京都]
1937年生まれの立木義浩の同世代の写真家たち、たとえば淺井愼平や操上和美には、ある共通性がある。彼らのメイングラウンドは広告や雑誌の仕事なのだが、それとは別に切れ味のいいスナップショットをずっと撮り続けていることだ。これは一つには、日々の仕事の中ですり減ってしまう写真家としての感性に磨きをかける「眼の鍛錬」ということだろう。だがそれだけではなく、この世代の写真家たちにとっては、カメラを携えて街に出て、眼前の光景をスナップするという行為そのものが目的化しているようにも思う。より若い世代の写真家なら、そうやって得られたスナップショットを、再構築して作品化することを考えそうだが、彼らは多くの場合そうしない。街で採集されたイメージは、そのまま惜しげもなくまき散らされる。今回、新宿・Bギャラリーで展示された立木の「迷路」もまさにそんな作品だった。
会場に並んでいる40点の写真を見ると、とても健やかでポジティブな「見ること」の歓びがあふれているのがわかる。テーマ的にはかなり多彩な場面なのだが、立木が常に関心を抱いているのは、人のふるまい(多くは無意識的な)なのではないだろうか。それこそ、スナップショットの醍醐味というべきで、街中で捉えられた断片的な身振りの集積が、現実世界に対する肯定的なメッセージとして伝わってくる。以前から、立木の写真は何を撮っても「美しく」見えてくる所があったが、その傾向は70歳代を迎えてさらに強まっているようだ。
なお、展覧会に合わせて同ギャラリーから5分冊の写真集『Yoshihiro Tatsuki 1~5』が発売されている。
2014/10/07(火)(飯沢耕太郎)
原芳市「光あるうちに」
会期:2014/09/27~2014/11/03
POETIC SPACE[東京都]
原芳市の『光あるうちに』は2011年に蒼穹舎から刊行された写真集。写真集と同時期に東京・新宿のサードディストリクトギャラリーで開催された個展を見て、この写真家の作品世界が新たな高みに達したと感じたことをよく覚えている。1970年代以降の「私写真」の流れを受け継ぎつつ、よりその陰翳を濃くして、生(性)と死とのコントラストを強めた原の写真の世界が、この頃からすとんと腑に落ちるようになったのだ。その後の彼が『常世の虫』(蒼穹舎、2013年)、『天使見た街』(Place M、2013年)と力作の写真集を次々に刊行しながら、旧作の「ストリッパーもの」も精力的に発表してきたことには、本欄でもたびたび触れてきた通りである。
今回のPOETIC SPACEでの展覧会には、写真集に使用された写真に未発表の1点を加えた17点が並んでいた。その意味では、それほど新鮮味のある展示ではないが、どちらかといえば若い写真家たちにスポットを当ててきたギャラリーでの企画展であることは注目してよい。つまり、原の仕事がこれまでの自主運営ギャラリーを中心とした展示から、大きく広がりつつあることのあらわれといえる。実際に、写真展の会期中にはスイスのギャラリーからの問い合わせがあったそうで、次はヨーロッパやアメリカでの本格的な展覧会につながっていくのではないだろうか。
会場で、1978年に自費出版した原の最初の写真集『風媒花』を購入することができた。被写体に向ける眼差しのあり方は、この頃からほとんど変わっていないのだが、じわじわと眼に食い込んでくる浸透力は確実に増している。こうなると、もっと大きな会場で、1970年代以来の彼の作品をまとめて見たくなってくる。
2014/10/03(金)(飯沢耕太郎)