artscapeレビュー
飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー
野村佐紀子「TAMANO」
会期:2014/07/05~2014/07/24
B-GALLERY[東京都]
野村佐紀子のB-GALLERYでの連続個展の様相が今回大きく変わった。いつもの闇+ヌードではなく、明るい光があふれる空間で撮影された自然体のポートレートが並ぶ。しかも撮影されているのは、48名のお年を召した方たちだ。いつもの野村の写真を期待して見に行くと肩すかしを食うだろう。
今回展示された写真群は「瀬戸内国際芸術祭2013」の「宇野港街中写真プロジェクト」の一環として、「老人ホームなどの入居者をはじめとした岡山県玉野市に暮らす人々」をモデルとして撮影された。一見して感じるのは、写されている人たちが、皆とても「おしゃれ」だということだ。それもそのはずで、このプロジェクトには荒木経惟の撮影でずっとスタイリストをつとめてきた岩田ちえ子と、アパレルメーカーのパタンナーから老人施設のヘルパーに転じた久村み幸が協力している。つまり野村がシャッターを切る前に、二人がモデルたちに薄化粧し、衣服をコーディネートしているのだ。実は三人は川崎市の老人施設でもずっと同じような試みを続けていて、今回の撮影はその延長線上ということになる。
先に川崎市市民ミュージアムでの倉谷拓朴の展示を紹介したが、この「TAMANO」も一種の「遺影写真プロジェクト」といえるかもしれない。老人たちの中に埋もれかけていたエロスの力を、野村、岩田、久村が引き出し、それを丁寧なセッティングで写しとっている。結果的に、彼らが生きてきた時間の厚みが思いがけない形で花開いた、心を打つ写真群に仕上がっている。川崎でのプロジェクトも、どんな形になっていくのかが楽しみだ。
2014/07/17(木)(飯沢耕太郎)
北野謙「いま、ここ、彼方」
会期:2014/07/05~2014/08/10
MEM[東京都]
北野謙は2013年に文化庁の海外研修でロサンゼルスに滞在した。今回、東京・恵比寿のMEMで発表されたのはその時に制作された2作品「太陽のシリーズ」(day light)と「月のシリーズ」(watching the moon)である。「太陽のシリーズ」はカメラを三脚に据え、長時間露光で日の出から日没まで、ほぼ一日の軌跡を追う。「月のシリーズ」の方は、それとは対照的に天体の動きにあわせて月を追尾しながら、1~数分間のスローシャッターを切っている。
このような天体の動きを定着したシリーズとしてすぐに思い浮かぶのは、山崎博の「HELIOGRAPHY」(写真集の刊行は1983年)である。ちょうど、写真展のオープニングにあわせて、北野と山崎のトークショーが開催されたと聞いて「なるほど」と思った。だが、海と太陽というシンプルな舞台装置で、太陽が描き出す光の帯をむしろ抽象的に写しとった「HERIOGRAPHY」と比較すると、今回の北野の作品の印象はかなり違う。太陽や月の手前には、カリフォルニアのMcDonaldやMobilの看板、アメリカ国旗、原子力発電所、アメリカ軍の1週間ごとの戦死者を十字架の数であらわすモニュメントなどがブレた画像で写り込んでいるのだ。つまり北野の関心は太陽や月のような普遍的、神話的な表象と、爛熟した資本主義社会に特有の景観を対比する所にあり、山崎の「写真とは何か?」というコンセプチュアルな問いかけに基づくアプローチとはかなり違ったものになっている。
とはいえ、30年以上の時を隔てて二つの作品が呼応しているように見えるのが面白い。アメリカ滞在は、北野自身にとっても、写真家としての経歴に新たな1ページを開く契機となったのではないだろうか。
2014/07/13(日)(飯沢耕太郎)
細倉真弓「クリスタル ラブ スターライト」
会期:2014/07/04~2014/08/10
G/P GALLERY[東京都]
「クリスタル ラブ スターライト」というのは、細倉真弓がたまたま見つけた新聞記事に掲載されていた群馬県の飲食店の名前。1992年にこの店を舞台にして「5000万円荒稼ぎ」をしたという売春事件が起こったのだという。細倉はこのいかにも身も蓋もない、薄っぺらな響きの店の名前になぜか心惹かれるものを感じて、今回のシリーズを構想した。「Wing」、「セクシークラブ大奥」、「ド・キホーテ」といった、いかにも地方都市の歓楽街にありそうな店のイルミネーションを撮影した写真を挟み込んで、やはりネオンサインっぽい原色の色味に変換された男女のヌード写真が並ぶ。会場には「クリスタル ラブ スターライト」というネオンサインを製作した実物も展示してあった。あざといといえばあざとい構成だが、そこには日本の社会的風景にどうしても拭い去りがたく染みついた“貧しさ”、“鬱陶しさ”が透けて見える。
細倉がこのような社会批評的な文脈を作品に取り入れるようになったのは、とてもいいことだと思う。だが、この試みを単発で終わらせるのはもったいない。「クリスタル ラブ スターライト」の事件はもう20年前のことなので、インパクトがやや薄まっている。最近の同種の事件(それが何かはよくわからないが)にもスポットを当てて、日本社会の底辺の構造をあぶり出す連作に繋げていけるのではないだろうか。もしそれができるなら、大きな可能性を秘めた表現の鉱脈が見えてきそうだ。
なお東京・恵比寿のPOSTでは、同時期に細倉の新作の「Transparency is the new mystery」が展示されていた(7月11日~27日))。こちらは前作「KAZAN」の延長上にある、モノクロームのヌードと鉱物の結晶をテーマとする連作である。
2014/07/13(日)(飯沢耕太郎)
神田開主「地図を歩く」
会期:2014/07/02~2014/07/15
銀座ニコンサロン[東京都]
ハッセルブラッドSWCで撮影された真面目な風景写真が並ぶ。神田開主(あきかみ)は2011年に日本写真芸術専門学校研究科を卒業した、まだ若い写真家だが、既に揺るぎない技術と、対象物を細やかに観察できる鮮鋭な視力を備えている。被写体になっているのは、北関東各地(群馬県、埼玉県、千葉県)の「場所と場所とを繋ぐ境界のような、そんな光景」である。その指標として、樹木、道路、池、谷などが選ばれており、そこからは何かが通り過ぎていった後のような、微妙な気配が立ち上がってくる。
ただし、その画面構成やモノクロームプリントの完成度の高さは諸刃の刃であり、ともすれば丁寧に整った写真を作り上げて満足しているように見えなくもない。いま、神田に求められているのは、この粘り強い「フィールドワーク」から何が見えてくるのかを、もっと具体的に問いつめていくことだろう。この仕事は民俗学的なアプローチにも通じそうだし、北関東の植生や地勢を、写真を通じて確認する方向に進むこともできる。埼玉県に生まれ、群馬県で育った彼自身の「記憶の光景」の再確認という側面もありそうだ。彼がめざす「地図」はいったいどんな目的で使用されるべきものなのか、今後はそのあたりをもっとしっかりと提示していってほしい。
なお、写真展にあわせて、冬青社から同名の写真集が刊行されている。端正なレイアウト(デザインは石山さつき)、堅牢な造本のハードカバー写真集である。
2014/07/09(水)(飯沢耕太郎)
葛西優人「Sail to the Moon」
会期:2014/06/23~2014/07/10
ガーディアン・ガーデン[東京都]
2009年から開始されたガーディアン・ガーデンの「1_WALL」展(リクルート主催)も回を重ねて、既に9人のグランプリ受賞者を輩出した。今回開催されたのは、その9回目の受賞者、葛西優人の個展である(審査員は鷹野隆大、土田ヒロミ、姫野希美、増田玲、町口寛)。
男子二人によって生み出されていく性の領域を、どこか思わせぶりな写真の連なりとして提示するセンスは悪くない。大小の写真を壁面に並べていくスタイルも手慣れた感じがする。だが、どこか既視感を覚えてしまう。これはちょっと困ったことで、葛西の写真に取り組む真摯な姿勢は好感が持てるし、作品世界の構築の方向性も間違っていないにもかかわらず、着地点がどうもうまく見えてこないのだ。
顔がほとんど見えず、クローズアップが多く、断片的に切り取られた不分明な画像が並ぶ写真の構成・展示のあり方そのものを、再考する必要があるのかもしれない。別にわかりやすい写真にしなくてもいいのだが、被写体をもう少しストレートに見据えて、丁寧に撮影してもいいのではないだろうか。鷹野隆大が「彼は不器用なタイプの人間である」というコメントを寄せているが、僕にはそう思えない。少なくとも写真展の構成に関しては、器用にまとめてしまったように見えてしまう。「不器用」を最後まで貫き通してほしいものだ。
2014/07/09(水)(飯沢耕太郎)