artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

喜多村みか「Einmal ist Keinmal|my small fib」

会期:2013/03/20~2013/03/31

THERME GALLERY[東京都]

喜多村みかは渡邊有紀と互いにポートレートを撮影し合った「TWO SIGHT PAST」で2006年に写真新世紀優秀賞を受賞した。その後、自分の写真の世界を構築する作業を、じわじわと水が地表に沁み出してくるように続けて、今回写真集『Einmal ist Keinmal』(THERME Books)の刊行につなげた。本展はそれを契機として開催されたもので、1階スペースに大小のカラー・プリントをちりばめた「Einmal ist Keinmal」が、2階スペースにモノクロームの「my small fib」のシリーズが展示されていた。
写真集の表題となっている「Einmal ist Keinmal」というのはドイツのことわざで「一度は数のうちに入らない。ただ一度なら全然ないのと同じこと」という意味だ。つまり「些細なもの、取るに足らない事柄」ということなのだが、たしかに彼女の写真の中に写っているものには、壁の傷とか、光のプールとか、ぼんやりした影とか、鉢植えの植物とか、たまたま出会った人物とか、日常のなかで見出される「取るに足らない事柄」が多い。だがそれらの小さな「しるし」が、不思議な輝きを帯びて目に飛び込んでくる所に、彼女の写真術の秘密があるのではないかと思う。「数のうちに入らない」ことが、「たった一度しか起らなかった」稀有な出来事に転化していく。それを見届けたということの歓びが、どちらかと言えば地味な写真が並ぶ展示からも確実に伝わってきた。
写真集も写真の構成、レイアウト、デザインのレベルが高く、素晴らしい出来栄えだ(装丁は熊谷篤史)。カラー作品→モノクローム作品→カラー作品という転調がうまく効いていて、読者の気持ちをそらすことなく、最後まで運んでいってくれる。

2013/03/22(金)(飯沢耕太郎)

フランシス・ベーコン展

会期:2013/03/09~2013/04/06

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

東京国立近代美術館で没後初の本格的な回顧展が開催されていることもあって、フランシス・ベーコンの仕事についての関心が高まっている。ベーコンは実際に生身のモデルを描くより、むしろ写真を元にして絵画作品を制作することが多かった。六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムでは、そのベーコンのスタジオで電気工として働いていたマック・ロバートソンが、ベーコン本人から譲り受けて保管していたというモノクローム写真のコンタクトシート、11点が展示された。
この「ロバートソン・コレクション」はとても興味深い資料である。6×6~6×9判の写真に写っているのは、ベーコンがニューヨークで雇った男女のモデルたちだ。レスリングをする二人の男性、ヌードの女性、扉の前で出会って別れていく男女、スタジオ内でジャンプする男性など、さまざまなポーズをとらせて撮影している。おそらくベーコン自身が、彼らのポーズを細かく指示したのだろう。いかにも彼好みの、身体の捩じれや絡み合い、痙攣するような動きが実際に演じられているのだ。残念ながら撮影者の名前はわかっていないが、ライティングもフレーミングもかなり雑な印象なので、それほど高名な写真家ではないだろう。もしかするとベーコン自身がシャッターを切ったのではないかとさえ思える。この一連の写真群には記号のようなものが描き込まれているものもあるようだ。彼が写真をどんなふうに制作に利用していったのか、もう少し具体的にわかると、さらに大きく興味がふくらんでくるのではないだろうか。

写真=Contact sheet of two men wrestling in a studio from the floor of Bacon's Studio
ca. 1975
Prov. The Robertson Collection
Vintage gelatin silver print
Paper size: 41.9 x 50.8 cm
Courtesy of Taka Ishii Gallery, Tokyo and Michael Hoppen Gallery, London

2013/03/21(木)(飯沢耕太郎)

東川哲也「New Moon」

会期:2013/03/01~2013/03/26

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

東川哲也は1982年愛知県瀬戸市生まれ。2005年に日本大学芸術学部写真学科を卒業し、現在朝日新聞出版写真部に所属しながら作品を発表している。昨年開催された「EMON AWARD 2012」でグランプリを受賞した本作は、東日本大震災直後の2011年4月から、新月の夜に被災地に残された家屋を撮影し続けたシリーズだ。闇の中にヘッドライトで照らし出された建物が浮かび上がる様子をやや距離を置いて撮影し、728×485ミリの大判プリントに引き伸ばして展示している。プリントをおさめたフレームの内側にLEDのライトを仕込み、画像を透過光で浮かび上がらせるという仕掛けがとても効果的で、建物に残る震災の傷跡が、静かな、だが説得力のある眺めとして定着されている。
だが、これはほぼ同世代の川島崇志の作品とまったく同じ感想なのだが、その巧みなインスタレーションによって、展示全体が均質に見えてくることは否定できない。東川が報道写真的なアプローチを避け、スタイリッシュで美学的なフレーミングや展示方法に固執した気持ちもわからないではない。だが、このところ発表が続いている写真家たちによる、「震災後の写真」への取組みには、志賀理江子のような例外を除けば、どこか共通した弱点があるように思えてならない。ノイズを削ぎ落とし、一定の枠組みの中に作品を落とし込んでしまうことで、彼らが現場で受けとめていたはずのリアリティが、どんどん希薄になってしまっているのだ。もう少し皮膚感覚を鋭敏に研ぎ澄ませ、全身で抗い続けないと、震災後2年を経て風化していく状況に押し流されるままになるのではないだろうか。

2013/03/18(月)(飯沢耕太郎)

川島崇志「新しい岸、女を巡る断片」

会期:2013/03/08~2013/04/07

G/P GALLERY[東京都]

川島崇志は1985年宮城県白石市生まれ。2011年に東京工芸大学大学院芸術学研究科を修了し、12年にTOKYO FRONTLINE PHOTO AWARDでグランプリを受賞するなど将来を嘱望されている若手写真家だ。今回G/P GALLERYで開催された初個展「新しい岸、女を巡る断片」でも、その才能のひらめきのよさと作品構築の能力の高さを充分に感じとることができた。
出身地を見てもわかるように、東日本大震災とその余波は彼にも大きく作用したようだ。今回展示されたシリーズは、震災直後に被災地の海岸でたまたま見つけて撮影したという、2人の女性が写っている写真が基点となっている。彼女たちとのその後の交友を縦軸にして、川島自身の震災へのメッセージを絡ませながら、巧みに作品群をインスタレーションしていく。その手際は高度に洗練されており、彼がこの若さで現代美術と現代写真の文法をきちんと身につけていることに、正直驚かされた。欧米のスタイリッシュなギャラリーの空間に作品が配置されていたとしても、まったく違和感なく馴染んでしまうのではないだろうか。
だが、この洗練は諸刃の剣でもある。作品を見ていて、手法の多様性にもかかわらず、どことなく均質な印象を受けることが気になった。彼が震災の衝撃を受けとめ、咀嚼して作品化する過程で、行きつ戻りつしたはずの思考や行動の軌跡が、もう少し作品にストレートに表われていてもいいのではないのではないかとも思った。混沌を鷲掴みにするような野蛮さ、野放図さがほしい。それが持ち前の高度な作品構築力と結びつくことを期待したいものだ。

2013/03/15(金)(飯沢耕太郎)

澤田知子「Sign」

会期:2013/03/02~2013/03/31

MEM[東京都]

1月~2月に同じギャラリーで開催した「SKIN」に続いて、澤田知子がまた新作を発表した、女性のストッキングに狙いを絞った前作と同様、今回も得意技のセルフポートレートは封印している。新たな領域にチャレンジしていこうという意欲が伝わる楽しい展示だった。
澤田はアンディ・ウォーホル美術館の依頼によって、同美術館があるアメリカ・ピッツバーグにある70あまりの企業のなかからひとつの会社を選び、コラボレートして作品を制作するというプロジェクトに参加した。彼女が選んだのは、トマトケチャップとマスタードの世界的なメーカーであるハインツ(HEINZ)社である。ウォーホルの「キャンベルスープ」シリーズへのオマージュを込めて、「トマトケチャップ」と「イエローマスタード」の容器を撮影した写真を、壁に整然と並べている。よく見ると、「トマトケチャップ」と「イエローマスタード」という製品表記が、日本語、ハングル、アラビア文字などを含む世界各国の言語に置き換えてあるのがわかる。その数は56種類。ハインツ社のマーケティングで使用されていた、ラッキーナンバーを含む57という数字よりはひとつ少ない。実は欠けている言語は、本家本元の英語の表記だという。そのあたりの徹底したこだわりがいかにも澤田らしい。細部までしっかりと作り込んである労作だ。
この「ポップアート的」な発想は、さらに大きく展開していく可能性を感じる。セルフポートレートの呪縛から自由になったことで、澤田の写真に対する姿勢が微妙に変わりつつあるようだ。ハインツ社に限らず、企業の製品の「リメイク」というのは、なかなか面白い可能性を孕んでいるのではないだろうか。

2013/03/15(金)(飯沢耕太郎)