artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

湯沢英治「REAL BONES」

会期:2010/07/02~2010/09/08

ジィオデシック[東京都]

2008年に写真集『BONES 動物の骨格と機能美』(早川書房)を刊行した湯沢英治の個展。たしかに動物や魚類の骨をクローズアップで撮影すると、あたかも壮大な建築物を見ているような気持ちを起こさせる。そういえば、アーヴィング・ペンにも『頭骨建築(Cranium Architecture)』(1988)という写真集があった。だが、中目黒のジュエリー・ショップで開催された今回の個展を見ると、湯沢の関心がペンの作品のようなスケール感を求めるのではなく、むしろ骨の細部の繊細な構造に向かっているのがわかる。「動物が小さくなればなるほど、骨の構造が緻密になってくる」のだ。その意味では今回展示された旧作よりも、まだポートフォリオの形にしかなっていない新作の方が興味深かった。小さな鳥類や魚類の骨格が、本当に細やかに絡みあっている様子は、どこか希薄で透明感があり、まさに暗闇で光を放つ宝石のような美しさなのだ。また骨の背景の処理も以前は黒バックが中心で、どちらかといえば図鑑的だったのだが、一部に淡い光を取り込むことで、空間の奥行き感が強まっている。骨というテーマを的確に表現していくとともに、独自の作品世界を構築していこうという意欲を感じさせる。もともと湯沢が写真を撮影し始めた動機は、シュルレアリスム的な表現が可能ではないかと思ったことだったという。今後は骨を単独で撮影するだけでなく、ほかの骨やオブジェと組み合わせたり、その置き場所を工夫したりするなど、さらなる展開も充分に期待できるのではないだろうか。

2010/07/03(土)(飯沢耕太郎)

仲山姉妹「菊ヲエラブ」

会期:2010/06/28~2010/07/15

ガーディアン・ガーデン[東京都]

「仲山姉妹」といっても実体はひとり。1984年生まれで2009年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業し、リクルートが主催する「1_WALL」(「写真ひとつぼ展」を改称)でグランプリを受賞した。本展はその1年後の新作発表である。グランプリ受賞作の「化石」は、病気療養中の祖父の「記憶や感情の化石を掘り起こす」という、オブジェを使ったユニークなパフォーマンスを撮影したポートレートだった。だが、彼女の基本的なスタイルは北海道のじゃがいも農場、宮崎県の切り干し大根工場、そして今回の鹿児島県沖永良部島のスプレー菊の栽培農家のような、普通はあまり思いつかないような職場で実際に働き、その経験を素材として熟成させていく写真・映像作品である。日常的な場面の積み重ねではあるが、その切り取りの角度が独特で、語り口ものびのびとしていて気持ちがいい。たとえば人工栽培の菊はとてもひ弱で、針金の支えがないと根元からポッキリ折れてしまうのだという。「人間でいうと箱入り娘なんだろう。……こんな女子がいたら厄介だと思うけど、それって実は私だったりして。いま気づいたよ」(リーフレットより)。このように実体験から得られた認識をしっかりと育てあげ、写真や映像で表現していく姿勢がきちんとしていて揺るぎがないことに好感が持てる。むろんまだそのスタイルがしっかり固まっているわけではないが、何かをやってくれそうな大物感が漂っている。

2010/07/01(木)(飯沢耕太郎)

加藤大季/秦雅則「性の話」

会期:2010/06/22~2010/06/27

企画ギャラリー・明るい部屋[東京都]

いま、とにかく面白い展覧会を続けて開催しているのは、新宿・四谷の企画ギャラリー・明るい部屋だと思う。その推進力になっているのは、メンバーのひとりである秦雅則の「企画力」なのではないだろうか。加藤大季との二人展「性の話」を見ながらそう思った。自分の個展に加えて、他の写真家たちとのコラボレーション点を積極的に組むことで、ギャラリーの活動を活気づけることに成功している。
今回の加藤との二人展は「ちょっぴり卑猥な勃起時等身大(虚像?)写真展」ということで、性風俗店でバイトをしているという加藤の「肉食系」のキャラと、やや控えめにそれを受けて立つ秦のスタイルがうまく噛み合って、なかなか見応えのある展示になっていた。中心になっているのは鞭やバイブレーターなど、性の用具のクローズアップ写真と、大量に壁に貼られた性行為のスナップ写真群(加藤撮影)なのだが、その上部に何とものほほんとした秦撮影のポラロイド写真とラフな造りのブックが置かれることで、ともすれば生々しい方向に傾きがちな「性の話」を、あまりエスカレートさせることなくうまくやわらげている。秦雅則の語り口のうまさによって、加藤の「 み」が強いストレートな写真の魅力が、いきいきと発揮されているようにも感じた。予定では活動期間はあと半年あまりだが、これからも「企画力」を活かしてのびのびとした展示を見せていってほしいものだ。

2010/06/25(金)(飯沢耕太郎)

村越としや/山方伸「ながめる まなざす Division-2」

会期:2010/06/04~2010/06/22

アップフィールドギャラリー[東京都]

雅博の企画で「風景と写真を巡る今日的状況」を問い直すという連続展。第1期は相馬泰、西山功一、横澤進一、吉村朗、第2期は村越としや、山方伸、第3期は荒木一真、南條敏之、箱山直子、 雅博が参加している。そのうち第2期の村越と山方の展示を見ることができた。
「地方」の農村地帯(山方は奈良県南部、村越は福島県が中心)を撮影しているということ以外は、二人の風景への取組みにはあまり共通項はない。山方は山村の建物や道や畑などがモザイク状に寄せ集められた眺めに執着し、村越は均質な湿り気のある光と空気の層で風景の全体を塗り込めていく。分析的で客観的な観察を基本とする山方に対して、村越の方は風景に自らの思いを解き放ち、そこに溶け込んでいこうとしているようだ。どちらがいい、悪いというのではなく、このような対照的なアプローチが隣り合って並んでいるところに、風景写真の「今日的状況」を見ることもできそうだ。
サードディストリクトギャラリーのストリート・スナップの連続展もそうなのだが、このところ写真という表現手段そのものの成り立ちを問い直す試みが目立ってきている。ただ、この「ながめる まなざす」展でも、どうも内向きにそのジャンルにおける完成度を競い合うというようなところがないわけではない。日本の写真家たちがこれまで積み上げてきた表現の質を保ちつつ、もっと外部に向けて開いていく工夫も必要ではないだろうか。

2010/06/20(日)(飯沢耕太郎)

吉増剛造「盲いた黄金の庭」

BLD Gallery[東京都]

会期:第1期/6月18日~7月11日、第2期/7月14日~8月8日
最後に銀座2丁目のBLD GALLERYで開催される吉増剛造展のオープニングへ。岩波書店から出版された同名の写真集(20年間の作品からセレクト)の刊行記念展である。吉増剛造は詩作のほかにも、評論、エッセイ、パフォーマンス、映像作品、銅板に言葉を刻むオブジェ作成、そして写真など、多彩な分野で表現者として活動している。だが何をやっても本来的に「詩人」の仕事に見えてくるのがすごい。その存在のあり方が、そのまま「詩人」であるとしかいいようがないのだ。
「写真家」としてのキャリアはかなり長く、1990年代初頭から本格的に写真作品を発表しはじめた。2000年代になると、今回の展示作品のようにパノラマカメラを使った多重露光作品が中心になってくる。多重露光という、何がどのように写り込むのかわからない偶然性を呼び込む手法は、吉増のシャーマン的な体質にぴったりしているのだろう。それに細く芯を尖らせた鉛筆で書き込まれた、繊細な筆致のテキストが付け加えられることで、魔術的な雰囲気がより強まっている。写真と詩をシンクロさせる試みは、これまでもないわけではないが、吉増の積極的な活動に刺激されて、若い世代にその領域を拡張していく試みがあらわれてくるといいと思う。

2010/06/18(金)(飯沢耕太郎)