artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

森村泰昌「なにものかへのレクイエム─戦場の頂上の芸術」

会期:2010/03/11~2010/05/09

東京都写真美術館2階展示室・3階展示室[東京都]

おそらく今年の写真・映像の展覧会でもっとも話題を呼ぶものになるのではないか。東京都写真美術館の2階、3階の展示室、さらに2階カフェの壁まで全部使った、渾身の森村泰昌劇場である。
森村はこれまで美術史のなかの登場人物、女優やポップスターなどに「成りきる」パフォーマンスを展開してきたのだが、2006年の個展「烈火の季節/なにものかへのレクイエム・その壱」(ShugoArts)での三島由紀夫を皮切りに、20世紀を代表する男たちを変身の対象に選ぶようになった。なぜ20世紀なのか、またなぜ女性ではなく男性なのかということについては、彼なりの理屈づけはあるだろう。だが、それをとりたてて問いただす必要もなさそうだ。以前にも増してやりがいのあるテーマに対して、アーティスト魂が燃え上がったということでいいのではないだろうか。
実際、第一章「烈火の季節」(三島由紀夫、浅沼委員長暗殺)、第二章「荒ぶる神々の黄昏」(レーニン、ヒトラー、ゲバラ、毛沢東など)、第三章「想像の劇場」(ピカソ、デュシャン、ダリ、クライン、手塚治虫など)、第四章「1945・戦場の頂上の旗」(天皇とマッカーサー、タイムズスクエアの戦勝パレード、硫黄島、ガンジーなど)という流れの展示を見ると、その何者かに「成りきる」という行為への凄まじい精神と肉体の傾注ぶりに圧倒され、呆然としてしまう。何かに取り憑かれたようなエネルギーの集中と爆発は、もはや神業の域にまで達しているといってよい。
だが、その怒号と叫びが耳に残るパフォーマンスをシャワーのように浴びて、ぐったりと疲れて帰途についた時、どこか釈然としないものが残る気がした。たしかに、いまこの不透明で閉塞感に沈み込む21世紀にあって、くっきりとした輪郭と、凛とした存在感を保つ20世紀の「男」たちを希求する思いは伝わってくる。しかも彼らは単なるマッチョな権力主義者というだけではなく、硫黄島に兵士たちが白旗を立てる新作の映像作品「海の幸・戦場の頂上の旗」が示すように、むしろ暴力的な世界の中で脆さや弱さを隠そうとしない、名もなき無名の庶民たちの代表でもある。その意図の真っ当さは認めざるをえないのだが、以前の森村の作品にあった、どこに連れていかれるのかわからないようなワクワク感があまり感じられなかったのだ。
パフォーマンスがあまりにも完璧過ぎ、これまた以前の森村の作品の中にあふれていた賑やかなノイズが、やや削ぎ落とされているように感じるためなのかもしれない(むろん細部に遊びは仕組まれているが)。「永遠の芸術万歳」「私は独裁者にはなりたくありません」「人間は悲しいくらいにむなしい」といったメッセージが、ストレートに突き刺ささり、思考の水路がとても狭く閉じてしまう。森村自身『美術手帖』(2010年3月号)に「ようやく『20世紀の日本の私』という、どうにも動かせない自分の原点に触れることができた」と書いているのだが、この「動かせない」というのは諸刃の剣ではないだろうか。よもや「20世紀」や「日本」や「私」の絶対化につながることはないとは思うが、もしかするとそんなふうに思う人も出てくるのではと案じてしまうほどの憑依力の強さなのだ。次の作品で、「あれはあれで」とアカンベーをしてくれるくらいだといいのだが。

2010/03/17(水)(飯沢耕太郎)

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神山成美「TOO EAT」

会期:2010/03/15~2010/03/23

MUSEE F[東京都]

先に紹介した瀬戸口大樹と東京ビジュアルアーツの卒業制作の最優秀作品を争ったのが神山成美。点数的に拮抗していたので、賞に漏れたのが残念だったのだが、たまたま表参道のギャラリー、MUSEE Fの会場に空きが出て、展覧会を開催できることになった。こういうラッキーも実力のうちといえそうだ。
神山の作品は、新潮社から毎月刊行されている写真集「月刊」シリーズへのオマージュである。1998年にスタートした「月刊」は、旬の女優やモデルを気鋭の写真家たちが撮り下ろすシリーズで、これまでも藤代冥砂や蜷川実花などがなかなかいい作品を発表してきた。限りなくヌードに近い状況を設定して、見えそうで見えないエロティシズムを打ち出していくところに特徴があるのだが、神山はその撮影・編集のスタイルを完全に自分のものにして、表紙のロゴやインタビューのページ、さらに広告までもそっくりに似せた写真集を手作りしてきたのだ。興味深いのは、そこに写っている女の子たちが、一般的に男性写真家が女性モデルを撮影する時のように、性的な対象として受動的にポーズをとらされているのではないということだ。撮影は神山とモデルとの積極的な共同作業というべきもので、写真家はエロティックな表情をこちらに向けるモデルにほとんど同化しているように見える。どこか似通った雰囲気を漂わせるモデルたちは、神山の分身といえるのかもしれない。
今回の展示では、スペースの都合もあって2人のモデルの作品しか展示できなかった。もう少しヴァリエーションを増やすと、もっと面白い視覚的効果が期待できたのではないだろうか。

2010/03/15(月)(飯沢耕太郎)

通学路 Vol.1

会期:2010/03/12~2010/03/27

HAPPA[東京都]

デザイン事務所のPLANCTONが刊行しはじめた「通学路」シリーズは、「全4回にわたり日本全国、47都道府県を網羅する」という意欲的な写真集の企画である。その「Vol.1」として第一線の写真家、13人が自分の出身県を担当した作品集ができ上がり、お披露目の展覧会が中目黒のギャラリー・スペースHAPPAで開催された。参加作家は浅田政志(三重県)、熊谷隆志(岩手県)、佐々木知子(愛媛県)、笹口悦民(北海道)、鈴木理策(和歌山県)、田尾沙織(東京都)、竹内裕二(広島県)、中川正子(千葉県)、中野敬久(埼玉県)、松尾修(長崎県)、松岡一哲(岐阜県)、横浪修(京都府)、渡辺慎一(栃木県)である。
たしかに、誰でも子どもの頃の通学路を想い起こすと、甘酸っぱい記憶がよみがえってくるだろう。日本の「いま」を体感し、子どもたちがおかれている状況を浮かび上がらせるという意味でも、なかなかいい切り口だと思う。だが実際に展示を見て、写真集を手に取ると、残念ながら企画がうまく成立しているとは思えなかった。展示は写真家の数が多過ぎて一人当たりのスペースが狭く、それぞれの写真家たちの世界があまりうまく伝わってこない。写真集の方は、16ページ(写真点数は10点)で1,500円という値段なので、2~3冊ならともかく13人全部を揃えるとなると2万円近い値段になってしまう。かといって、2~3冊ではそれぞれの写真家たちの視点を比較する楽しみがなくなる。しかも、通学路の小学生たちにストレートにカメラを向けた浅田政志や松岡一哲を除いて、ほとんどの写真がやや距離を置いて淡々と「風景」として撮影したものなので、何冊か見ると違いがわからなくなってしまう。やはり、一冊の写真集にまとめる形の方が、価格は多少高くなってもよかったのではないだろうか。志が高く、なかなかいい企画なので、何とか最後まで「日本全国、47都道府県」の写真集を完成させてほしいのだが。

2010/03/12(金)(飯沢耕太郎)

高橋宗正/佐伯慎亮「東西東西」

会期:2010/03/12~2010/03/28

テルメギャラリー[東京都]

松岡一哲と阿部マリイを中心に若い写真家たちによって運営されている都立大学のテルメギャラリー。その「5ケ月連続2人展」の第4弾として開催された高橋宗正と佐伯慎亮の展示に出かけてきた。佐伯は昨年赤々舎から最初の写真集『挨拶』を出し、高橋ももうすぐ同社から写真集が刊行される。佐伯が1979年生まれで、高橋が1980年生まれだから、いま一番力をつけつつある30歳前後の写真家たちの代表格といういい方もできるだろう。展覧会のタイトルは、どうやら大阪在住の佐伯が西日本を、東京在住の高橋が東日本を担当するという意味らしい。
たしかに距離感の違い(佐伯の方が近く、高橋の方が遠い)はあるものの、「パフォーマンスの瞬間の一発芸」を巧みにとらえるという点においては、この2人の写真の傾向には共通性がある。ただ、どちらかといえば佐伯の写真の方に、被写体から発する光と影を鷲掴みにするようなパワーをより強く感じる。展示から気持のいいエネルギーの波動が伝わってくるのは、ギャラリーの空間そのものに力があるのかもしれない。写真家たちの自主運営ギャラリーを長続きさせる秘訣は、いかにそのような開放的なパワーを持続できるかにかかってくるのではないだろうか。

2010/03/12(金)(飯沢耕太郎)

表現者、田淵行男III 本に全てを捧げた人

会期:2010/02/23~2010/06/20

田淵行男記念館[長野県]

ネイチャー・フォトの優れた成果を顕彰する第3回田淵行男賞の審査のため、長野県安曇野市の田淵行男記念館に行ってきた。開設20周年を迎える同館は、日本の山岳写真と昆虫生態写真の草分けのひとりである田淵行男の作品や遺品を収蔵し、意欲的な展覧会を開催してきた。今回は、生涯に特装本などを含めて36冊の写真集、エッセイ集を刊行した彼の「本造りという要素」に注目した特別展である。
田淵は若い頃から、手作りのアルバムや写真集を制作し、蝶や昆虫の細密なスケッチ画を残している。そのデザイン感覚とデッサン力は、並の画家やグラフィック・デザイナーなどお呼びもつかないほど高度なものであり、後年になってその才能のすべてを惜しみなく本造りに注ぎ込んだ。写真集を作る時には、一ページごとに詳細なスケッチ画を貼り込んだダミーを制作し、レイアウトや文字指定もほとんど自分で行なった。その細部まで愛情を注ぎ込んだ造本は、独特の味わいを備えており、既に写真家、文章家として評価の高い田淵のデザイナーとしてのもうひとつの顔を浮かび上がらせている。彼の多くの著作が絶版になっているいま、復刊や文庫への収録などの企画をもっと積極的に進めていくべきだろう。
なお、今回の田淵行男賞は、審査員の全員一致で北海道札幌市在住の中島宏章の作品「BAT TRIP」に与えられた。コウモリの緻密な生態観察の成果を、おしゃれで説得力のある写真物語として展開した素晴らしい作品である。ネイチャー・フォトの分野も、ようやく新世代の胎動が感じられるようになってきたようだ。

2010/03/11(木)(飯沢耕太郎)

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