artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
日本の木のイス展──くつろぎのデザイン・かぞくの空間
会期:2013/02/09~2013/04/14
横須賀美術館[神奈川県]
「椅子のデザイン」はデザイン史において必ずといってよいほど取り上げられる、デザインの王道ともいえる分野である。そうした「椅子のデザイン」のなかで、本展は「日本」の「木の椅子」に焦点を当てる。鹿鳴館で用いられた椅子など、若干の前史を経て、展示第I部では1920年代前後から60年代末までの住宅用の椅子が紹介されている。フランク・ロイド・ライト、西村伊作、ブルーノ・タウト、シャルロット・ペリアン、前川国男、吉村順三、吉阪隆正らの建築家、森谷延雄、松村勝男などのインテリア・デザイナー、秋岡芳夫、柳宗理、渡辺力など工業デザイナーの代表的な作品が会場に並ぶ。
なぜかくも多くの建築家、デザイナーたちが椅子のデザインに魅了されてきたのであろうか。その理由はおそらく「制約」にある。身体を一定のかたちに支えるために必要な構造、機能、素材、技術は、椅子というオブジェの制作そのものに関わる制約である。これら多数の制約条件のそれぞれにどのような比重を置くかによって、デザインによる解は異なり、それゆえに多様な椅子のデザインが生まれる。本展は出品作を「木の椅子」に限定することで、これらの制約とデザイナーの挑戦とを際立たせている。しかし、身体と素材という制約は日本人に限らず、世界中のデザイナーたちが挑戦してきた課題である。日本の椅子には他の国とは異なる特徴があるのか。あるとすれば、それは何に起因しているのか。本展が提示するもうひとつの制約が「かぞくの空間」である。畳の間が中心となる日本の家屋に適した椅子とはどのようなものなのか。和洋折衷の家における椅子の役割はどうなのか。高度成長期の公団住宅で、椅子はどのように用いられたのか。住まい・家族・空間・間取りという制約は、国により、地域により、時代により異なる。展示を日本の家庭用の椅子に限定することで、本展は「かぞくの空間」における椅子の変遷、すなわち住環境と椅子のデザインが密接な関係にあり、それが日本の椅子のアイデンティティを生み出してきた様を見せてくる。展示室のキャプションは控えめだが、図録にはたくさんの資料写真、作家や作品の解説が掲載されている。ぜひ図録を片手に会場を回りたい。
展示第II部では、横須賀で活動する3人の家具作家による椅子が展示されており、その座り心地を体験できる。どのような場所に置くのか。どのような場面で座るのか。さまざまな形、さまざまな構造の椅子を座り比べることで、家具作家たちの考えかたや、私たちの選択の基準が見えてくる。[新川徳彦]
2013/03/15(金)(SYNK)
知られざるミュシャ展──故国モラヴィアと栄光のパリ
会期:2013/03/01~2013/03/31
美術館「えき」KYOTO[京都府]
ポスター作家として名高いアルフォンス・ミュシャ(1860-1939)。本展はミュシャの代表的なポスター作品とともに、これまであまり目に触れることのなかった油彩画や素描作品など、約160点余りを紹介している。油彩画や素描作品はおもに「チマル・コレクション」からのもので、日本での公開は初めてだという。南モラヴィア地方(現・チェコ共和国)に生まれたミュシャは、ウィーンとミュンヘンで美術を学んだ後、パリに移り下積み時代を過ごしていた。当時、依頼を受け制作したサラ・ベルナールの公演『ジスモンダ』のポスターが大ヒットし、ミュシャは一躍スター画家となった。パリで名声や商業的成功を収めた彼は、1910年、モラヴィアに帰郷し、デザイナーとしての第二の人生を過ごした。というのは、1918年にチェコスロバキア共和国が成立すると、ほとんど無償で、国章、紙幣、切手をデザインしたり、プラハ市庁舎ホールの装飾を手がけたりするなど、商業デザインではなく、祖国のためのデザインに力を注いだ。つまりパリ時代の華やかな画題とは異なる、祖国の人たちや祖国への思いを描き続けた。「チマル・コレクション」はミュシャの故郷に住む医学者チマル博士が親の代から長年にわたって集めてきたもの。ミュシャのパリ時代のポスター作品とは一味違って、素朴で故郷や人々への暖かい眼差しが感じられる作品が多い。巨匠の二つの時代が概観できる。[金相美]
2013/03/09(土)(SYNK)
複製そして表現へ──美しさを極めるインクジェットプリントの世界
会期:2013/03/05~2013/05/12
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
平成25年用のお年玉付き年賀ハガキの発行総数は35億8,730万枚。このうち、無地のハガキは通常のものが4億8700万枚。他方でインクジェット紙は14億3,400万枚と約3倍である。キャラクター入りハガキなどを含めるとインクジェット用はさらに多くなる。インクジェット紙の年賀ハガキが最初に発行されたのは平成9年(平成10年用)で、そのときの発行枚数は2億枚であるから、インクジェットプリンタがこの十数年のうちに私たちの生活にとても身近な存在になってきたことがこのデータからもわかろう。デジカメの普及とも相まって、大手メーカーは写真画質の再現を目指してプリントの品質を向上させてきた。通常の印刷や版画と異なり、版をつくる必要がないインクジェットプリントは、必要なときに必要な枚数だけをプリントすることができる。このために、家庭用のみならず、印刷現場でも少部数のカラー印刷物──メニューやポスターなど──に、インクジェットプリンタが使用されるようになってきている。そればかりではない。精緻なインクジェットプリントはジークレー版画とも呼ばれ、複製画の制作に使われるほか、リトグラフやセリグラフに取って代わられることもある。データに基づいて液体を噴出するという基本的な仕組みは、3Dプリンタにも利用されている。多様な場に普及しつつあるインクジェットプリンタであるが、本展は複製と表現という二つの視点から、その可能性を見せてくれるものである。
やはり驚かされるのは複製画の再現性である。会場には、マンガ、イラスト、水彩画、アクリル画、写真等々の実物と複製画とが並べて展示されているが、キャプションがなければどちらがオリジナルなのか区別が付かないものもある。マンガやイラストなどの平面的な作品ではもちろんのことであるが、ペンやガッシュの掠れ、アクリル画や日本画のテクスチャーまで感じられるものもあるのは驚きである。インクジェットプリンタでは金や銀のプリントはできないが、東京国立博物館所蔵《洛中洛外図屏風》の複製画は金箔までも再現されているかのように見える。オリジナル表現のコーナーでは、写真家・織作峰子氏、イラストレーター・及川正通氏らの作品が紹介されている。PCでイラストを描く及川氏の作品には物理的なオリジナルは存在しないが、インクジェットプリンタで出力された鮮やかで精緻な色彩は、プロセス印刷とは明らかに異なるアウラを感じさせる。複製の手段であった版画や写真が表現に応用されるようになったように、インクジェットプリンタを表現手法として用いる作家もこれから増えていくに違いない。[新川徳彦]
2013/03/08(金)(SYNK)
美の競演──京都画壇と神坂雪佳
会期:2013/03/06~2013/03/18
大阪高島屋グランドホール[大阪府]
竹内栖鳳(1864-1942)や上村松園(1875-1949)など、明治から昭和にかけて京都画壇で活躍した代表的な画家たちと、ほぼ同時代に同じく京都で活動した神坂雪佳(1866-1942)の名作を紹介する展覧会。雪佳は京都にありながら江戸時代の琳派の継承者として、また近代デザインの先駆者として知られる人物。琳派の華麗な装飾性を踏まえながらも、近代的な感覚を加えた絵画や工芸品を多く手かげた。同展は京都画壇の作品を多く所蔵する京都市美術館と、琳派コレクションで有名な細見美術館(京都)のコラボにより初めて実現したという。雪佳の作品はもちろん、京都画壇の出品作家や作品も充実しており、見ていて楽しい。またそれぞれの作品の色彩や技法、画題やデザイン性などが比較できて興味深い。[金相美]
2013/03/06(水)(SYNK)
川床優『漱石のデザイン論──建築家を夢見た文豪からのメッセージ』
夏目漱石の講演録や手紙などをもとに著者自身のデザイン論を著した一冊。武蔵野美術大学で建築を学んだ著者はインテリア出版「ジャパン・インテリア・デザイン」編集部などを経て、現在は株式会社メディアフロント代表を務めている。漱石のデザイン論を期待する人なら、物足りなさを感じるかもしれない。ただ、もともと著者が学生向けの教科書を自費出版したものに加筆し出版したということなので、「文化・歴史的背景 漱石の発言 著者の持論」の構成や内容には十分納得がいく。漱石は文学の道に進む前に建築家を志していた。「自分は元来変人だから、このままでは世の中に容れられない(…中略…)こちらが変人でも是非やって貰わなければならない仕事さえ居れば、自然と人が頭を下げて頼みに来るに違いない。そうすれば飯のくいはぐれはないから安心だというのが、建築科を択んだ一つの理由。それと元来僕は美術的なことが好きであるから、実用と共に建築を美術的にしてみようと思ったのが、もう一つの理由であった」★1と漱石はいう。親友の忠告によって建築家への道は断念するが、本書の随所に見られる漱石の芸術・文明批判は興味深い。[金相美]
2013/03/01(金)(SYNK)