artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

型絵染──三代澤本寿展

会期:2013/01/24~2013/04/02

神戸ファッション美術館[兵庫県]

染色工芸家・三代澤本寿(みよさわもとじゅ 1909-2002)の回顧展。三代澤は長野県松本市に生まれ、芹沢銈介との出会いにより「型絵染(かたえぞめ。図案を彫った型紙を用いる染色技法)」による染色を開始する。三代澤の型絵染は、柳宗悦との出会いを機に民藝運動の精神を反映するものとなり、柳の依頼により手がけられた雑誌『工藝』の表紙はその最たる例だろう。しかし、1955年作の《染紙六曲屏風》における大胆な幾何学的形象の組合せは、柳の民藝運動に傾倒した時期にあって三代澤独自の感性の存在を垣間見せるものではないか。鮮やかな色に染め上げられた挽物脚のようなモティーフは、アンリ・マティスの切り紙絵や英国のヴォーティシズムの絵画を想起させずにはいられない。ファイン・アート的ともいえる独特の感性は、1961年の柳の死を境に民藝運動を離れ、世界各地を旅行し、そこで出会ったものに触発されることで見事に花開いたと思われる。とくにイスラム教の支配下にあった中世スペインで迫害されたキリスト教徒である「モサラベ」を主題とする屏風のシリーズは、聖句を表わす文字をモティーフとしており、型絵染のさまざまな技法がそれらの文字に迫害された信者の魂を宿らせる。「モサラベ」の連作は三代澤が民藝運動から離れて久しい1980年に手がけられたが、生命力あふれる文字は、ともすれば素朴美や形式美を愛でるものととらえられがちな「民藝」が、本当はなんであるのかを伝えてやまない。[橋本啓子]


屏風《モサラベ多色》
制作年不詳、型絵染・強製紙
個人蔵


屏風《潮》
1970年、型絵染・強製紙
個人蔵

2013/02/22(金)(SYNK)

秋岡芳夫全集1 秋岡芳夫とKAKの写真

会期:2013/02/16~2013/03/24

目黒区美術館[東京都]

2011年秋に目黒区美術館で開催された工業デザイナー秋岡芳夫(1920-1997)の展覧会(「DOMA秋岡芳夫展──モノへの思想と関係のデザイン」2011/10/29~12/25)★1は、童画、家具、工業デザイン、学研の付録、クラフトなど、秋岡が生涯にわたって手がけたさまざまな仕事を概観するものであった。秋岡家にはまだまだ多数の作品や資料が大切に保存されており、目黒区美術館では今後テーマを決めてこれらの資料を徐々に紹介していく予定であるという。第一弾となる本展では、秋岡が河潤之介、金子至と1953年に立ち上げたデザイン事務所KAKで仕事をしていた1950~60年代に所員らとともに撮影した写真のアルバムが展示されている。
 写されたものは、秋岡が制作した紙のオブジェであったり、家族や事務所のスタッフの写真、カメラなどに刻まれたレタリングのクローズアップであったり。これらが引き延ばされ、レイアウトしてアルバムに貼り込まれている。京都・奈良で撮影された社寺のディティールには、石元泰博の写真を彷彿とさせるものもある。秋岡にとって写真を撮るという行為はどのような意味を持っていたのだろうか。
 目黒区美術館の降旗千賀子学芸員によれば、秋岡とKAKの仕事には常に遊びの要素があり、また遊びの要素が仕事へと還元されていたという点で、イームズ・オフィスの仕事のスタイルに重ねてみることができるという。秋岡の童画や版画は装幀の仕事へとつながり、さまざまな手仕事は学研『科学』の付録教材などと密接に関わっている。イームズ・オフィスでは写真を撮ることは日常的な行為であったという。たとえば、小包が届くとまずその包装が撮影される。チャールズ・イームズは、あるとき姉から電話でハリケーンの被害と家族の無事についての報告を受けたときに、「それなら良かった。でも写真は撮ったの?」と返事をしたという★2。彼らの写真も同様の視点から紐解くことができようか。事務所員の自然な表情、目・鼻・口のクローズアップは仕事のかたわらに撮影されたものであろう。こうした写真やアルバムは対外的に発表されるものではなく、所員のあいだで互いに交換され、それぞれのアルバムに収められたという。このため、残された写真の撮影者は必ずしも明確ではないが、それもまた秋岡とKAKの仕事のスタイルを物語っているのではないだろうか★3。写真撮影は、仕事の記録やプレゼンテーションのための材料であるばかりではなく、カメラや露出計のデザインを手がけていた秋岡にとってはメカニックを確認する仕事の一部でもあり、また所員や家族とのコミュニケーションの手段でもあったのだ(「記憶写真」展と併催)。[新川徳彦]

★1──artscape関連レビュー「DOMA秋岡芳夫展──モノへの思想と関係のデザイン」(目黒区美術館、2011)
★2──イームズ・デミトリオス『イームズ入門』(日本文教出版、2004)、233~235頁
★3──秋岡芳夫が撮影したことが明らかなものは、展示キャプションに示されている。


展示会場エントランス

2013/02/21(木)(SYNK)

記憶写真──お父さんの撮った写真、面白いものが写ってますね

会期:2013/02/16~2013/03/24

目黒区美術館[東京都]

ここに展示されている写真は作品として撮られたものでもなく、報道用に撮影されたものでもない。記録を意図していたかどうかもわからない、普通の人々が見た街の風景である。撮影は1960年代から70年代。めぐろ歴史資料館の所蔵品からピックアップされ、拡大プリントされた写真が「都市と農村」「人々と駅」「商店街」「祭」「学校の子どもたち」といったタイトルの下にゆるくまとめられている。キャプションも最低限。
 展覧会のタイトルは「記憶写真」。人はふとした拍子に過去の体験や記憶を呼び覚まされる。そのきっかけとなるのは、音楽であったり、風景であったり、匂いであったり、味であったり。それが必ずしも自分自身の体験と交差したものではなくても、埋もれていた記憶が蘇ることがある。この展覧会の写真もそのような記憶を呼び起こすトリガーである。写真に写った建物、看板、人、ファッション、自動車やバス、電車、川や橋、教室、祭の風景、季節の移ろい……。撮影者はなんらかの意図があってその写真を撮ったのであろう。その時代の風俗を読み解く歴史資料としての写真の見方もあるだろう。しかし、そのような理屈は考えずにこれらの写真と対峙したときに、私たちは目にしたものを自分自身の知識や体験に重ね合わせたり、それをきっかけに子ども時代のこと、青春時代のことを思い出す。そこに何が浮かび上がってくるかは写真と鑑賞者とのあいだに一対一で成立する関係であり、この展示が見せてくれるのは他の人が追体験することができない無二の世界なのである(「秋岡芳夫とKAKの写真」展と併催)。[新川徳彦]

2013/02/21(木)(SYNK)

生誕100周年記念──中原淳一展

会期:2013/02/06~2013/02/18

日本橋三越本店[東京都]

戦前から戦後にかけて、人形作家、イラストレーター、デザイナー、編集者など、多様な才能を発揮した中原淳一(1913-1983)の生誕100年を記念した展覧会。淳一が手がけた雑誌の表紙画や挿画の原画と人形など約400点を、時代別に四つの章に分けて紹介する。第1章では『少女の友』(実業之日本社)の表紙や挿画、昭和14年に開いた淳一グッズの店「ひまわりや」など、戦後の活躍の原点となった作品が展示されている。第2章では、戦後の『それいゆ』『ひまわり』『ジュニアそれいゆ』などの仕事のなかでも、とくにファッションへの提案が紹介される。第3章は、衣服にとどまらず、家具やインテリアなど、ライフスタイル全般に及んだ淳一の提案を示す。第4章では、1960年に病で倒れたあと、雑誌『女の部屋』(1970)の仕事や人形作品が展示されている。このほかに、中原のデザインしたドレスやインテリアの再現コーナーもあり、とても充実した作品展である。ただし、1946年から1960年頃までの超絶的な仕事ぶりが解説され、彼が遺した言葉が作品の背景にある思想を語る一方で、家族や仕事仲間を含め、彼を取りまく人間関係がほとんど描かれていないために、淳一の人間像があまりに理想化・神格化され過ぎているように思う。
 本展は香美市立やなせたかし記念館(高知、2013/4/10~5/20)、そごう美術館(神奈川、2013/6/1~7/15)、阪急うめだ本店(大阪、2013/7/24~8/5)、刈谷市美術館(愛知、2013/9/14~11/3)に巡回する。[新川徳彦]

2013/02/18(月)(SYNK)

藤原敬介『インテリアデザイン──美しさを呼び覚ます思考と試行』

発行日:2013年11月30日
発行所:丸善出版
価格:1,900円(税別)
サイズ:四六判、168ページ

インテリア・デザイナーの藤原敬介が自ら手掛けたプロジェクトの紹介を通じて、デザインの実践とそこに至る思考のプロセスとを記した書。著者は、人の琴線に触れて感動を与える「美しさ」とは次の四要素にあると考えている。ひとつ目が「曖昧であること」、言葉では曰く言い難いもの。二つ目が「呼び覚ました姿」、日常生活に潜んでいるが気付きにくいもの。三つ目が「変化のかたち」、時とともに変わりゆくもの。四つ目が「可能性の追求」、よりよき未来をつくるための〈挑戦・検証・確認〉という行動が美しさの創成に繋がるという。デザイン行為に内包される問題解決に至るまでのプロセス──アイディアの連なりと幾多の試行──が、実例に即して語られている。普段は「完成形」としてのモノやインテリアしか見ない私たちにとっては、それがデザインをより深く理解するために参考になる。「プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ」のショップデザインを手掛ける藤原は、デザインに悩むとき、三宅一生の次の言葉を思い浮かべると述べている。曰く、「デザインの仕事はじつに面白い。私がこの仕事をなんとかめげずにやってこられたのは“デザインには悲しみがそぐわない、デザインには希望がある、そしてデザインは驚きと喜びを人々に届ける仕事である。”というまことに単純素朴な理由からである」と。読後、身の周りの環境をもう一度見渡して、諸感覚を研ぎ澄ませたくなる本である。[竹内有子]

2013/02/15(土)(SYNK)