artscapeレビュー

ディスカバー、ディスカバー・ジャパン「遠く」へ行きたい

2014年10月01日号

会期:2014/09/13~2014/11/09

東京ステーションギャラリー[東京都]

1970年3月から9月まで開催された大阪万博のために、国鉄(当時)は輸送力強化に約40億円の投資を行なっていた。しかし万博が終了すれば、乗客が減少し輸送力が過剰になることが見込まれる。人々に引き続き鉄道で移動してもらうためにはどうしたらよいか。国鉄はその対策を電通に委託した。電通のチームリーダーになったのはプロデューサー・藤岡和賀夫。国鉄側との研究会や電通チーム内部での討議を経て、旅に出て発見するのは自分自身であるという考えからコンセプトは「ディスカバー・マイセルフ」に決まった。ターゲットは若い女性。キャンペーンのタイトルは「ディスカバー・ジャパン」とされ、コンセプトのうちの「マイセルフ」は、「美しい日本と私」という副題で表わされた。国鉄側の承認を得て、万博閉幕の翌月からキャンペーンがスタートした。本展は、一企業のキャンペーンにとどまらず、社会的に大きな反響を呼んだ「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンの諸相と同時代の社会的背景、そしてキャンペーンに対して行なわれた批判を紹介する構成になっている。
 展示第1部は「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」。話題を呼んだキャンペーン・ポスターやさまざまに展開された広報物が集められているほか、藤岡が同時期に制作し、やはり大きな話題を呼んだ富士ゼロックスの広告「モーレツからビューティフルへ」との関連が示される。第2部は「『遠く』へ行きたい」。アンノン族の登場といったD・J(ディスカバリー・ジャパン)キャンペーンと呼応する同時代の若者文化、D・Jキャンペーンの一環として制作されたテレビ番組『遠くへ行きたい』の上映、写真家・中平卓馬によるD・J批判などが取り上げられている。
 これまでD・Jキャンペーンは、鉄道史や広告史、観光史、文化史、社会史など、さまざまな歴史的文脈で論じられてきた。本展の構成も第1部だけを見れば広告史、観光史として成立しているし、第2部を含めれば文化史、社会史の視点による展覧会であるようにも読める。図録に収められた多数の関係者インタビューもまた、貴重な歴史的証言だ。しかし本展を企画をした成相肇・東京ステーションギャラリー学芸員の企図は別のところにあるようだ。図録の冒頭に成相氏は「因果関係のネットワークに事象を落とし込む作業であるような史的記述からなるべく遠くへ行きたい」と書く★1。その「遠く」がどこかといえば、「中平卓馬のディスカバー・ジャパン批判」の批判である。中平はマスコミによる大衆操作を批判し、地方の現実から目を逸らし虚構を見せるものとしてD・Jキャンペーンを攻撃していた。その中平の批判に疑問を呈したのは、テレビ番組『遠くへ行きたい』のプロデューサー・今野勉であった。今野は、中平がエンツェンスベルガーの「旅行の理論」を自身の主張に沿うように恣意的に引用あるいは誤読しているために、そのD・J批判が齟齬をきたしていることを指摘する★2。しかし虚構と現実との境目はどこにあるのか。今野は白樺湖でスモークをたいて偽の霧をつくって撮影を行ない、同時にスモークをたく場面を番組に収めた。長野県南部の下栗村を舞台とした『伊丹十三の天が近い村──伊那谷の冬』に映る猪狩りは剥製を使ったヤラセであり、村の結婚式もまた村人たちが総出で演じたお芝居であることがナレーションとして語られる。しかしそれははたして「嘘」なのか。それとも現実のイメージの「再現」なのか。中平はマスメディアによる操作を批判するあまり、虚構を嘘と断じ、キャンペーンに乗って旅に出る人々をも愚かな存在として攻撃したが、その批判、攻撃は中平自身の主張と矛盾をきたしているのではないだろうか。
 できることなら、展覧会を見る前に図録を通読したい。そうすれば、なぜあの展示室に市販の観光絵葉書が展示されているのか、なぜ中平卓馬と北井一夫の『DISCOVERED JAPAN』が取り上げられているのか、なぜ「遠くへ行きたい」の数多あるエピソードから『天が近い村』が選ばれているのかが理解できるに違いない。そうすれば、タイトルも含めてこの展覧会のすべてが中平卓馬論のための巧妙な伏線であることに気づくに違いない。[新川徳彦]

★1──成相肇「まえがき──ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」本展図録、11頁。
★2──今野勉「ディスカバー・ジャパン論争」(『今野勉のテレビズム宣言』フィルムアート社、1976)128-144頁。


展示風景

2014/09/12(金)(SYNK)

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