artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

グラン・パリ構想

[フランス、パリ]

サルコジ大統領が立ち上げ、2030年を目指し、パリの領域を拡大しつつ大改造を加える計画。大きく三つあり、10組の建築家による都市計画構想に基づくもの、経済発展を軸としたもの、交通手段を軸としたものとに分けられる。特に、建築家による提案では、パリ大都市圏の未来を、フランスからは、クリスチャン・ド・ポルツァンパルク、ジャン・ヌーヴェル、ロラン・カストロ、アントワーヌ・グランバックら6組、国外からはMVRDV、リチャード・ロジャースら4組の建築家が提案し、パリ建築・文化遺産都市にて2009年4月30日から11月22日まで展示された。コンパクトで高密度な都市へと再集中を提案するMVRDV案や、セーヌに沿って首都圏をル・アーブルまで拡張しようというグランバック案など、いずれも興味深い。その後、首都を環状に取り巻く130kmのメトロを目玉としたグラン・パリ法案が2010年5月27日に上院・下院で採択、6月3日に公布され、パリ首都圏はこれから新たな方向へと変貌していくこととなった。

2010/06/25(金)(松田達)

パオロ・ニコローゾ『建築家ムッソリーニ』(桑木野幸司訳)

発行所:白水社

発行日:2010年4月20日

ドイツのヒトラーが建築に関心をもっていたことはよく知られていよう。これについては20世紀最大の悪玉だけに、多く論じられ、映画でも紹介されたり、日本語で読める文献がすでに多く出ている。だが、イタリアのファシズムを先導したムッソリーニと建築の関係は、あまり研究がなされていなかった。当時のファシズム建築について、日本語で読めるものは、おそらく、すぐれたデザインで人気があるテラーニ関係の書籍や雑誌ぐらいだろう。だが、ムッソリーニにとって、テラーニは多数いる建築家の一人でしかない。むしろ権力者の信頼を得て、大型のプロジェクトをコーディネイトしたピアチェンティーニ、EUR42で意見が対立したパガーノのほか、ブラジーニ、ポンティ、モレッティの方が重要だろう。しかし、彼らに関する日本語の情報は少ない。そうした意味において、ムッソリーニと建築をめぐる包括的な研究書が、今回邦訳で読めるようになったことは大変に喜ばしい。彼があれこれ指示を出した都市改造などに関する記述は、細かい地名が多く、手元にローマの地図がないと、意図がわかりにくいだろう。だが、それだけムッソリーニは、具体的に景観を考えていたのだ。彼とヒトラーは互いの都市を訪問し、それぞれのプロジェクトについて意見交換をしていたが、本書ではイタリアとドイツにおける建築政策の比較も深いレベルで行う。ともあれ、ファシズムが建築家にとって魅力的な時代だったことがよくわかる。

2010/05/31(月)(五十嵐太郎)

和田菜穂子『近代ニッポンの水まわり』

発行所:学芸出版社

発行日:2008年9月10日

本書は、日本における居住空間の変化を水まわりの設備という視点から読みといたものである。近代は家事労働の効率化や生活の合理化をめざしたが、それがもっとも劇的にあらわれるのが、洗濯機、FRP製の浴槽、ステンレス・キッチンなど、新しいシステムの登場だ。むろん、丹下健三や池辺陽などの建築家も、1950年代に水まわりを中央に配するコア・システムを提案したが、彼らの空間的な工夫よりも、企業による製品の発明は、はるかに大きなインパクトを社会にもたらす。本書は、「台所・風呂・洗濯のデザイン半世紀」というサブタイトルがうたうように、現在われわれが当たり前のように享受している生活の原風景がいかなる経緯で誕生したかを住宅のパーツから追う。以前、筆者は大川信行氏と共著で『ビルディングタイプの解剖学』という本を出し、設備やシステムの視点から、病院や監獄、工場や倉庫などの諸施設の近代化を読みといた。『近代ニッポンの水まわり』も、住宅というジャンルをベースに建築を解剖しながら、近代化を分析したものといえよう。なお、本書の最終章では、電機洗濯機など、水まわりの製品の広告を分析しているが、主婦のイメージやキャッチコピーを通じて、社会の世相が浮かびあがるのも興味深い。

2010/05/31(月)(五十嵐太郎)

貝島桃代『建築からみた まち いえ たてもの のシナリオ』

発行所:INAX出版

発行日:2010年3月31日

この本に図版はない。文庫本のサイズだから、手軽にもって、屋外でケータイの画面ではなく、書を読む楽しむを改めて教えてくれる。筆者が初めて読んだ貝島桃代の文章は、本書の最後に収録されている、「あとがきにかえて」と題された「シナリオ・シティズー1991」だ。これは『建築文化』の懸賞論文で入賞したものである。当時、筆者は大学院生で、自分よりも若い学生が15の断片的なシナリオで東京の私的な風景を鮮やかに描いていたことに驚いた。もう20年近く前のテキストであり、しかもバブルの時代だったとはいえ、今でも彼女の姿勢は変わっていない。実際、本書のタイトルにも「シナリオ」という言葉が入っている。シナリオとは、抽象的な建築や空間の構成論ではなく、そこで人がどのように感じ、どのようにふるまうかを言語化したものだ。せんだいメディアテークの観察、子どもの頃の遊び、中国、スイス、ロサンゼルスから筑波まで、世界各地の街の分析も、貝島が文を書くのは、それぞれのシナリオを抽出していく行為である。これまでアトリエ・ワンの活動として括られたり、パートナーの塚本由晴の理論的な言説が前面に出ていたが、本書のおかげで、彼女の思考が明瞭に浮かびあがる。

2010/05/31(月)(五十嵐太郎)

竹中工務店+MVRDV《GYRE》

[東京都]

竣工:2007年

竹中工務店とMVRDVの共同設計。GYREは、渦や回転するという意味。そのコンセプトが直截に造形に現われている一方、内部空間の空間体験にはあまりコンセプトが現われていないのではと、当初は多少の違和感も持っていた。しかし久しぶりに訪れて、ずれたボリュームのあいだに現われたテラスや、ボリュームにまとわりつく外部階段などを歩いてみて、都市風景になじみながら、豊かな外部空間を実現しているところに、完成当初とは異なる魅力を感じた。

2010/05/21(金)(松田達)