artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

『現代建築家コンセプト・シリーズ3乾久美子──そっと建築をおいてみると』乾久美子

発行所:INAX

発行日:2008年9月25日

不思議な本である。建築家の本として、これまで見かけたことがないタイプの本だと思った。いわゆる作品集ではなく、建築論でもない。作品の写真は少なくないが多くもない。むしろその作品解説のテキストが主体であるが、いわゆる作品を論理だてて説明する解説というより、すべてが小説的な文章にも感じられる。だからといって論理的でないわけではない。むしろ読み始めてみると感じるのは、どこかにぶつかっても方向を変えながら進んでいくような途切れることのない一貫した思考の流れである。例えば知覚と空間についての話に、ふと小説の話が挿入される。でもそこに境界はない。物語とも、解説文ともつかないテキストが、乾久美子の思考を示しているように思われた。物語が解説であり、解説が物語になっている。「そっと建築をおいてみると」というタイトルは、まさにそんな彼女の建築のつくり方を表わしているように思われた。建築と環境の境界をつくらない、建築と人との境界をつくらない、そんな建築の新しい静かな存在感がにじみだしてくるような本だった。なおテキストのページにも、薄いカラーで印刷された図面や写真がそっと背景におかれており、本を「読む」のではなく「見る」という行為を始めると、ゆっくりとそちらが浮かび上がってくるようなつくりになっている。

2009/12/19(土)(松田達)

stream DEW 2009展

会期:2009/12/18~2010/12/24

INAX:GINZA 7F クリエイティブスペース[東京都]

清水建設で生まれた縦割りでない設計部の新しいチーム「stream DEW」による展覧会。DEWとは「雫」のことであり、その流れが内部から設計を変革することを目的として結成されたという。stream DEWの関わった三つのプロジェクト、《清水建設新本社》《大阪富国生命ビル》《富士ゼロックス統合R&Dセンター》が展示紹介された。いずれも超巨大プロジェクト。確かにスーパーゼネコンの設計は、いわゆる建築雑誌の中では地味に見られがちかもしれない。しかし決してそうではなく、背後のアイディアの斬新さとノウハウの蓄積を力強く表現した展覧会だった。巨大プロジェクトに二十代の若手を抜擢する、高層オフィスの外周部を通路とする、海外の建築家と組んで設計を行なうなど、それぞれのプロジェクトでかなり大胆な勝負をしていることも伺えた。普段知られることの少ないゼネコン設計部の内部を知ることができたのはとても新鮮だった。(なお、12月18日には、藤本壮介 x 五十嵐太郎 x stream DEWによるトークセッションが開かれ、アトリエとゼネコンの最前線による刺激的な対話が生まれていた。)

2009/12/18(金)(松田達)

サスキア・サッセン『グローバル・シティニューヨーク・ロンドン・東京から世界を読む』

発行所:筑摩書房

発行日:2008年11月25日

本書は、ニューヨーク、ロンドン、東京という3都市の分析を通じて、「グローバル・シティ」という新しい概念を提示し、グローバル化する現代社会を読みとく本。日本語版は1991年の第一版に対する批判を踏まえて改訂した2001年出版の第二版の翻訳。400ページを超える大著だが、著者のサスキア・サッセンはつねに構造的な文章を書くため、論旨と構成がはっきりしている。もっとも重要な主張は、グローバル・シティにおける社会と空間の二極化であろう。本社機能だけを集めたグローバル・シティでは、高度な専門サービスに従事する高所得者層と、その生活を支える労働力として移民や低賃金労働者が同時に集まり、格差がますます拡大すると同時に両者の空間は近接する。その仕組みと背景、そのことが示す意味を、地理(第一部)、経済(第二部)、社会(第三部)、政治(最終章)という側面から分析、検証される。グローバル化が均質化ではなく、都市という単位を再度浮上させることが指摘されている。いわば国民国家から、都市(グローバル・シティ)へと世界的な秩序を生み出す主体が変化していることが示唆されているともいえる。

2009/12/10(木)(松田達)

TOKIO-LOGYサロン

会期:2009/12/08

森記念財団[東京都]

森記念財団のバックアップのもとで2008年秋から連続的に開かれている「東京学」についての研究会。主宰は橋爪紳也氏、モデレーターは中島直人氏、初田香成氏で、次世代の都市づくりを担う若手の研究者や実務家がメンバーとして参加している(筆者もメンバーの一人として加わらせて戴いている)。大きく、都市(都市工学、都市計画)、建築(建築史、設計)、社会(社会学)、という異なった分野のメンバーが、研究、実務といった領域を超えて集まっており、東京を「都心」「郊外」「湾岸」「地下」というフィールドに分け、領域横断的な発表と議論が行なわれてきた。その成果が少しずつ公開されてきている。ひとつは雑誌『東京人』における連載で、2010年2月号から3回にわたって掲載される。またTokio-logyのホームページでも、サロンの成果が発表されている。今後、別の機会にも成果が公開されるだろう。森記念財団は、都市戦略研究所(竹中平蔵氏所長)から世界都市ランキングを発表する、特に東京関連の書籍を多く発行するなど、都市に関する活動を多数行なっている。まだあまり知られていないかもしれないが、都市を考える上で有用で新鮮な東京発の情報を多く発信している機関である。

詳細URL:http://www.mori-m-foundation.or.jp/seminar/index.shtml#tokiology

東京人
http://www.toshishuppan.co.jp/tokyojin.html

森記念財団
http://www.mori-m-foundation.or.jp/

2009/12/08(火)(松田達)

『現代建築家コンセプト・シリーズ1藤本壮介──原初的な未来の建築』藤本壮介

発行所:INAX

発行日:2008年4月25日

久しぶりに手にとって、やはり圧倒的な強度の形式を内在させた本だと思った。藤本壮介の建築は、どれも物事を徹底的に還元させていったときに残るような形式を持っている。不思議なのは、還元され、抽象化されたような形式性であるのに、そこから生まれる建築は、必ずしも単純ではなく、還元されない複雑性を持っているところである。例えば、「ぐるぐるとはなんだろうか。最も古い形。それでいていまだによくわからない形」とはじまる短いテキスト。冒頭のぐるぐるとした線のスケッチ。しかしそれが次の段階で急に魅力的なプロジェクトに変化する。本当はその間には長いプロセスがあるのだろうが、その過程をすべて省略しているので、最初の形式が最後の段階まで強力に維持されているということが分かる。ところで90年代以降、OMAの影響でダイアグラムが建築に大きな影響を与えたといえよう。図式化されたものがもつ強さである。しかし、藤本はダイアグラムをさらに遡る。むしろ図式に潜むさらなる「原初的な」抽象性である。誰もが一見して理解できるにも関わらず、誰もが辿り着けないような初源の形式へと遡行することで、藤本はそれを未来に反転させようとしている。

2009/12/07(月)(松田達)