artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

『「新しい郊外」の家』

発行所:太田出版

発行日:2009年1月25日

東京R不動産のディレクターにして建築家の馬場正尊による自伝小説的な要素も含んだ本。住宅を持つなら都心か郊外かという選択肢──前者は職場に近いが高くて狭く、後者は高くないがほとんど寝るための場所として選ぶ──に対し、例えば早朝、湘南でサーフィンしてから都心の職場に向かうといった、目的意識を持って住む郊外を「新しい郊外」と名付け、その可能性を語る。そして馬場氏自らもさまざまな経緯で「新しい郊外」としての房総半島に土地を買い、自分の設計で家を建てた経緯が語られる。分かりやすい語り口で、また数々の失敗談を前向きに捉えて書かれているのが引き込まれる。建築家が自邸を建てようとすることではじめて直面する問題、特に住宅ローンをめぐる経験なども書かれており、設計者はもちろん、これから家を建てようと考えている人にとって、とても示唆的な話が多い。特に建築家に住宅を頼む場合に、必要性の高まるつなぎ融資の話など、とても役立つ話である。一方、終章では、馬場の都市・建築論が語られる。既存の都市論への違和感が表明され、イアン・ボーデンなど身体から考える都市論への共感が語られる。東京における設計が頭を使うのに対して、房総に置ける設計は身体を使うのだという。その可能性が、馬場の生き方にも掛け合わされつつ、問われている。あとがきの一言が心に残っている。設計がクライアントへのインタビューからはじまるということ。クライアントとの関係で言えば、設計とはインタビューであるといいきることもできるかもしれない。それはクライアントの意図を翻訳することでもあるだろうし、再解釈し、誤読から新解釈することにもつながるかもしれない。そういったさまざまなことを想起させる、とても明るい本だった。

2009/02/19(木)(松田達)

駒田建築設計事務所《杉並の家》

[東京都]

竣工:2009年

大学の同期である駒田建築設計事務所の手がけた杉並の家を見る。かわいらしい5つのボックスを散りばめたプラン。中央の螺旋階段の部屋に入ると、外部のようだし、これを囲むそれぞれの部屋も反転して、外部空間のように感じられるのは、大きな開口のとり方による工夫が大きい。ボックスが相互に重なる部分のヴォリュームをかきとり、上下斜め方向にも大きく空間がのびる。箱に開けたさまざまな穴がつくる風景の見えや重なりが面白い。

2009/02/15(日)(五十嵐太郎)

「UMUTオープンラボ──建築模型の博物都市」展

会期:2008/07/26~2009/02/13

東京大学総合研究博物館[東京都]

数々の建築模型を集合的に展示。制作は主に東京大学、慶應義塾大学、桑沢デザイン研究所の学生。時代を問わず、さまざまな建築が模型化されていた。1/300のCCTVの巨大模型など、かなりの迫力だった。実行委員長は松本文夫。通常の建築展では、模型そのものが展示の対象物というより、原寸大の建築を展示することが出来ないので、図面や模型、プレゼンボードを通して展示がなされているだろう。しかしこの展覧会では模型そのものに焦点が当てられていた。会場にはラボデスクと呼ばれるテーブルが置かれ、複数の学生がそこで会期中も新しく模型をつくり続ける。プロの模型制作者の公開制作を行ない、ワークショップでは子どもがつくりかたを習いながら模型をつくり、スライドセミナーやレクチャーとも連動する。学生の作品も並びはじめる。つまり、これまで設計事務所のなかで閉じられていた模型制作そのものが、開かれた行為として展示されていたといえよう。一方、模型制作には時間がかかる。にもかかわらず大学や設計事務所では、場所が足りないなどの問題で、数多くの模型が大胆に捨てられる。この展覧会は、各大学が合同で制作をすることで、建築模型のアーカイブという可能性を示していたように思う。欧米には建築博物館があり、建築の社会的認知度も高いが、日本にはまだ存在していない。過去数十年、何度か議論されたにもかかわらず、まだ実現していない。しかしこのような試みが連鎖していくことによって、建築のアーカイブが積み重なっていくことは間違いないだろう。その意味で、重要な展覧会だったのではないだろうか。制作された模型群は、別の場所に保管されるという。

2009/02/12(木)(松田達)

平田晃久《sarugaku》

[東京都渋谷区]

竣工:2007年

平田晃久による代官山の商業施設。段状になった6棟のヴォリュームがテラスを囲む。コンセプトは、「山」と「谷」だという。段状になっていることで全体が地形として作用し、下から上へ、上から下へと移動が誘発される。商業施設としては、屋外から直接アクセスできる店舗の面積が増えるメリットがある。
ちょうど晴れた日にテラスでコーヒーを飲んだら、この空間の絶妙のスケール感と不思議と人の集まる許容性のような雰囲気が、とても気持ちよく感じた。白い外壁と石畳は、地中海を彷彿とさせる。思い当たるところがあって後で調べてみたら、ギリシャのミコノスの風景とも似ていた。階数、階段の使い方、広場を囲むスケールなど。おそらく偶然の一致でしかないだろうが、かなりロジカルな建築的原理でつくられているように思われるこの建築と、いわゆる計画学なしに時間をかけて生成してきた集落的な街の形式が似ているというところに、別の興味を抱いた。「理論・演繹」的な経路と「帰納・経験」的な経路のどちらを通っても、同じ空間的形式に行き着くことがあるとすれば、そういった原理は「強い原理」だと言えるのではないかと思ったからだ。この空間に関する「強い原理」をうまくつきとめられれば、論理と感覚といった対立項を簡単に飛び越えていくのではないかと思った。平田氏の建築には、何かそういう可能性を感じる。

撮影:Nacasa&Partners

2009/02/06(金)(松田達)

建物のカケラ 一木努コレクション

会期:2009/01/04~2009/03/01

江戸東京たてもの園[東京都]

歯科医・一木努のコレクション展。といっても、ここで展示されていたのは美術作品ではなく、建物のカケラ。900箇所にも及ぶ建物の解体現場に40年ものあいだ通い詰め、その断片を収集してきた個人コレクションのなかから、およそ700点あまりのカケラを一挙に公開した。東京都(府)美術館の階段の手すりから、美空ひばり邸の門扉、山口百恵が通っていたという銭湯のタイル(!)まで、じつにおびただしい。ひとつひとつ丁寧に見ていくと、建物のカケラといえども、形態からテクスチュア、ボリューム、模様、色合いなど、その構成要素は複雑多様で、絵画や彫刻にも勝る豊かな物質であることがわかる。それらが歴史的な時間性を感じさせることはいうまでもないが、都心部の建物のカケラを同心円状に配置することで、その空間的な広がりも想像させるなど、展示の仕方もたいへん優れていた。図録も無料で配布するなど、腹が太い。

2009/02/03(火)(福住廉)

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