artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

安藤忠雄建築展2009:対決。水の都 大阪vsベニス──水がつなぐ建築と街・全プロジェクト

会期:2009/05/23~2009/07/12

サントリーミュージアム[天保山][大阪府]

会場自体が安藤忠雄自身の作品。展示の前半は水都復活を目指す大阪の中之島、JR大阪駅北ヤードの再開発プロジェクト、ヴェニスで進行中の最新プロジェクトの様子を紹介。後半は、川や海などの水辺、「水」をテーマにしたこれまでの安藤忠雄建築の全プロジェクトを模型や映像などで紹介している。建築の展覧会というと、来場者が少ないイメージがあったのだが、会場を訪れてみると、若いカップルや子どもを連れた家族の姿も多く、とても賑わっていたのでちょっと驚いた。メディアの影響も大きいだろうが、安藤忠雄という建築家の人気ぶりを思い知った気分。大阪の大川沿いの桜の通り抜けを拡張する「桜の会・平成の通り抜けプロジェクト」や、中之島の川沿いに建つビル壁面にツタを這わせ、川沿いの風景を緑に変えていくという今年から始まった壁面緑化プロジェクトは実際に興味深く今後も注目したい提案だ。全体的な割合で見ると関西での仕事はとても少ないようだが、会期中、氏によるギャラリートーク(およびサイン会)が合計20回(!)も開催されるということからもわるが、地元である大阪への愛とその情熱をビシバシと感じる展覧会だった。
ところで、ギャラリーからの海の眺めは素晴らしい。安藤作品を実際に訪れ、海辺から大阪の街について考えるという体験もまた、本展においてもっとも重要なポイントであったと思う。展覧会はまもなく終了するが、それは今後も体験可能だ。7月25日からは「スタジオジブリ・レイアウト展」開催。
スタジオジブリ・レイアウト展:http://www.suntory.co.jp/culture/smt/gallery/next.html

2009/06/28(日)(酒井千穂)

五十嵐淳《湘南の家》

[神奈川県]

竣工:2009年

北海道をベースに活躍する五十嵐淳がはじめて関東圏に建てた住宅。はじめて彼の空間を見る機会ということで、やや興奮して訪れた。勾配の深い大きな屋根がシャープな形態をありふれた住宅地に切り取り、さらに進んで別の位置から見返すと一枚の面壁が空中に立てかけられているようにも見える。背後に回ると鈍角に二回折られた壁といくつかの小さな窓。内部に入る。最初に感じたのは森のようだということだった。湘南の海岸にほど近いこの場所には意外なほどの閉鎖性。柱梁に加えて、接合部だけ床と天井に隠れた多くの筋交いが内部空間を駆け抜け、全体的にやや高い位置に幾分ランダムに開けられたような開口部から数条の光が内部に差し込む。木々の合間から漏れる淡い光のようだ。北海道の針葉樹林が想起される。抽象的な森林空間とでもいえようか。その印象は、高い天井高と上部の視界を仕切らないパーティション的な壁によって、より強められることになる。内部空間を彷徨いながら次に感じたのは外部との断絶であった。まるで一枚の壁のような極限までシンプルにされた外観と、森林の中にいるような内部空間は、ほとんど別種の建築に分離しているかのように思われた。まるで湘南(外部)に北海道の森の空間(内部)が呼び寄せられたかのようだ。驚くべきは、両者が一枚の壁を介して矛盾なく接続しているところである。
ところで、五十嵐はこの住宅について「空」との関連でコメントしており、その内容が興味深い。藤本壮介の建築空間では「届く空」を感じたのに対して、自身の作品では「届かない空」があるという。つまり、五十嵐が目指しているのは、どこか遠くの空間を現出させることではないか。手に届かないものを表現し空間化することが目指されている。そのため湘南に北海道の森のような空間を呼び寄せたように見え、また高い天井に柱と筋交いが消えていくことなどが相まって、吸い込まれるような届かない空が表現されているように思われた。

2009/06/26(金)(松田達)

カンポ・バエザの建築

会期:2009/06/25~2009/08/29

ギャラリー・間[東京都]

アルベルト・カンポ・バエザはこれまで日本であまり知られて来なかったスペインの建築家である。本展覧会に実際に訪れるまで、そうはいっても自分はマドリッドの重鎮であるこの建築家に関して、かなり以前から認識してきたし、多少は知っているのではと思っていた。作品の数というよりも、そのミニマルな思想であるとか、光のとても美しい使い方であるとか、そういったことである。しかし、である。ギャラリー・間の会場に訪れて、やはり自分はまったくこの建築家のことを知らなかったのだと強く実感した。
一つには、その作品の数において。寡黙な建築家であることは確かなようで、オープニングでもまったくミニマルで、それでいて完璧なスピーチを披露した。だからこそ、これほど多産な建築家であったことにまず驚いた。第二展示室の奥に並べられた模型と作品パネルは、バエザの光に関する継続的なさまざまな試行を示している。その数が想像以上に多く、どのプロジェクトも見応えがある。これだけの作品を、展示上これだけコンパクトにミニマルにまとめていることがまた気になった。会場構成はマニュエル・ブランコ氏によるもの。ブランコ氏は、あえて多産な作品を強調しないという方針をとったのであろう。
もう一つには、その作品の特徴において。バエザの建築がミニマルという印象は、展覧会を見て大きく変わった。確かにミニマルであるといえる。必要ないものがおかれていたりデザインされていたりすることはない。しかし目的がミニマルであるわけではないのだ。ミニマルなデザインが生み出す効果は、まったくミニマルではない。見ていない作品がほとんどなので、模型や写真、図面を見ながらの想像でしか言えないが、バエザが目指している建築が目指す効果はミニマルの対極にある多様性だと思った。ミースの「レス・イズ・モア」を「モア・ウィズ・レス」と言い直して宣言する。レスを携えたモア。それこそが本当の多産性であると感じた。
展覧会についてもう少しだけ触れておきたい。第一展示室につるされた数多くのスケッチは、彼の生の手がダイレクトに示す思考を伝えている。これほど多くのことを語るスケッチも珍しい。一枚一枚のスケッチに、手と思考の痕跡が焼き付けられている。もう一点、この展覧会を裏から支えた人たちの一人である三好隆之氏に触れておかなければいけない。スペインに長く滞在した氏は、スペインと日本のまったく簡単ではないはずのコミュニケーションをつなぎ、展覧会全体をコーディネートしたという。そして今回の展覧会にあわせて出版された『アルベルト・カンポ・バエザ 光の建築』を訳したのも三好氏である。今回の展覧会はバエザをよく知る三好氏の尽力なしにはありえなかったであろう。本展覧会は、スペインの知られざる建築家を単に紹介するというだけでなく、多様性を喚起する「新たなミニマル」について深く考えさせる、重要な意味を持っている展覧会であるように感じられた。

2009/06/24(水)(松田達)

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躍動する魂のきらめき─日本の表現主義

会期:2009/06/23~2009/08/16

兵庫県立美術館[兵庫県]

本展は、1910~20年代(主に大正時代)に起こった前衛的な美術運動を、内面の感情や生命感を表わしたとして“日本の表現主義”と位置付け、約350点の美術・工芸・建築・演劇・音楽作品等で明らかにしようとするもの。同様のテーマで思い出されるのは1988年に開催された「1920年代日本展」だ。実際、出品物にも重複が多々見られるが、“日本の表現主義”とカテゴライズして一歩踏み込んでいるのが今回の特徴である。そのため、萬鐡五郎、村山知義、神原泰といった代表的な作家だけでなく、黒田清輝、富本憲吉など従来の感覚では当てはまらない作家も、表現主義的傾向が見られる例として出品されている。それゆえ記者発表時に、「表現主義を名乗ることは妥当か?」「作家の選定に納得できない」といった議論が起こった。そうした疑問にどう応えていくかは研究者の今後の課題であろう。それはともかく、枷から解き放たれて激情が噴出したかのごとき作品群は、今なおキラキラと輝いて見える。前述の課題はあるものの、図録の出来栄えも含め、十二分に魅力的な展覧会であった。

2009/06/23(火)(小吹隆文)

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日建設計《木材会館》

[東京都]

竣工:2009年

日建設計による新木場の《木材会館》。担当の勝矢武之氏に案内していただいた。西側ファサードの大胆な構成にまずインパクトを受ける。最近のデザイン色の強い日建設計の建築のなかでも、ひときわアトリエ色が強い作品だろう。木材会館というだけあって、木材のさまざまな利用にこだわりを感じる。各階の壁や天井など内装のあらゆる部分で木材が使われている。この規模と用途では法規的に内装制限がかかり、これだけ大胆に使うことはこれまでできなかったのであるが、2000年の法改正で定められた避難安全検証法を用いることによって可能としている。また構造はSRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造であるが、7階だけは木構造となっている。約25m飛ばされたコの字型構造体は、NC加工によって伝統的な継手である追掛大栓に、白カシの木栓がはめこまれて一体化されたものである。複雑な断面とその間の天窓によって光が天井に濃淡法を描く。
さて勝矢氏からはさまざまなことを説明していただいた。触れておくべき凝ったディテールは多くあるのだが、特に興味深かったのはこの建築が新しいオフィス建築の一種のプロトタイプとなっているところであった。プラン上特徴的なのは、西側の深いテラスである。ユニヴァーサルスペースとしてのオフィス空間に方向性が加えられることで、そのユニヴァーサル性が実はそうではなかったという事実を突きつける。しかし、それだけではないという。そもそも四面が全部違うのだと。確かにプランを見直せばそうだ。オフィスの矩形性を保ちつつも、それぞれの面にそれぞれの機能と空間が与えられ、自然と非対称性が生まれる。ところで、この話はレム・コールハース/OMAによる《ドバイ・ルネッサンス(Dubai Renaissance)》という回転する超高層のプロジェクトにも結びつく。そもそも日の光にあわせて回転すれば、建築は方向性から自由になるのだ。この木材会館はもちろん回転することはないのだが、建築の宿命ともいうべき方位の問題を、外部から内部にいたるにつれて消していき、それによって建築における方角性と非方角性を結びつけているのだ。

撮影:Nacasa & Partners Inc.

2009/06/13(土)(松田達)