artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

遠藤勝勧『スケッチで学ぶ名ディテール──遠藤勝勧が実測した有名建築の「寸法」』

発行所:日経BP社

発行日:2009年4月27日

菊竹清訓事務所にて、長く番頭をつとめてきた遠藤勝勧が、いかに建築と向きあってきたかを伝える一冊。巨匠のもとにいたときは、すべての仕事の記録をとり、やがて1960年代のアメリカ旅行を契機に、気になったディテールの実測を行なうようになった。測ったりスケッチを描くと、建築家が何をどんな風に考えたのかがよく分かって嬉しくなるという。なるほど、もとは図面だった情報が実体化するだけだが、それを再度、図面に戻す行為である。写真は、空間の雰囲気を伝えるかもしれないが、実測は建築の思考を解体していく。本書は、名作から近作まで、現場でおさえたさまざまな建築の寸法を収録している。宿泊先のホテルの家具も図面化されているのだ。その精度は、かつて妹尾河童がホテルの室内を描いたスケッチを越えている。あらゆるモノを数字によって記述される三次元のオブジェに還元しているからだ。

2009/07/31(金)(五十嵐太郎)

《起雲閣》

[静岡県]

1919年に建てられて以降、増改築を繰り返した熱海の近代建築。日本、中国、ヨーロッパの様式や装飾を融合させた建築で、熱海の三大別荘の一つとも言われた。内田信也、根津嘉一郎、桜井兵五郎という三人の富豪が順に所有し、桜井時代の旅館を経て、現在は熱海市の所有で観光スポットとして見学可能である。意外だったのは金沢との関係で、壁が青く塗られた内田信也別邸は、兼六園にある成巽閣の群青の間を思い出させるのだが、実際、金沢の棟梁がそれと同じ塗料で壁を塗ったという。石川県出身の桜井が連れてきたのだろう。ローマ風浴室、文豪の部屋など、歴史の不思議なコラージュがなされた建築である。

2009/07/28(火)(松田達)

土井一秀+小川文象 建築展「World Standard──広島若手建築家二人展」

会期:2009/07/22~2009/08/30

カッシーナ・イクスシー広島店[広島県]

広島の若手建築家である土井一秀と小川文象による二人展。場所はカッシーナ・イクスシー広島店で、店舗として通常営業しつつ、その中に模型やパネル、映像などの展示物を混在させる。ヨーロッパでの経験をふまえて広島で活躍し始めた二人の軌跡は、東京を経由せずに世界とつながる地方建築家のモデルを示しているのではないか(もっとも小川は東京の大学で学んでいるが)。タイトルの「World Standard」にも、そのような思いが込められているだろう。それぞれの作品は対照的で、土井が地形や周辺環境を読み取りつつ作品の根拠とするのに対し、小川は自律的であることで場所に関係なく普遍的に成立する建築を目指す。しかし、そのベクトルが逆を向いているように見えるにもかかわらず、両者ともミニマルへの指向があり、作品が共鳴していたように感じた。ミニマルであるということと、広島であるということに関係性を見いだせそうであるが、これについては根拠のはっきりしない仮説になるので保留する。この展覧会を見に行って感じたのは、二人とも海外との距離をほとんど感じていないという点であり、建築家が地方都市において世界的な視野のもとに活動するという可能性が現われていた。レセプションにて二人のトークイベントに筆者も参加させてもらったのであるが、建築家がローカルなものとグローバルなものをいかにしてつないでいくのかという地方都市であるからこそ考えられる問題について、有意義な議論が闘わされた。

2009/07/26(日)(松田達)

N+スクール vol.13 青井哲人「台湾都市の解剖学~私のフィールドワークから~」

会期:2009/07/25

南洋堂書店[東京都]

神田の南洋堂書店4階にあるN+(エヌプラス)ギャラリーにて、不定期で連続的にN+スクールというイベントが開催されている(一階の店舗内で開かれる場合もある)。最近は主に海外での活動経験がある建築関係者によってスライドレクチャーが行われている。定員30人程度の比較的小規模の会であり、レクチャラーと観客との距離が近いのが特徴である。2001年にはじまったもので、2007年からのシリーズでは、田路貴浩氏(京都大学)、南泰裕氏(国士舘大学)、樫原徹氏(デザイン・ヌーブ)、新宮岳氏(南洋堂書店)と筆者が企画側として参加している。この連続イベントを支えているのは南洋堂店主の荒田哲史氏であり、建築について幅広く考えることのできる良質な場が継続して生まれている。
第13回目は明治大学准教授の青井哲人氏による台湾研究のレクチャー。「台湾都市の解剖学~私のフィールドワークから~」と題されたもので、台湾をより広域のオーストロネシア語族の分布の中で捉えつつ、亭仔脚(ていしきゃく)をはじめとする台湾の都市建築要素の複雑な影響関係について紹介。また彰化という街の都市形態を自転車を使ってのフィールドワークと聞き込み調査によって追ったことにも触れた。都市が生き延びるためにそこに住む人間を使っているのではないかという、都市の形態を決定する主体が都市に移った、都市形象主義(アーバンモルフィズム)とも言うべき都市論の新たな仮説が斬新だった。

2009/07/25(土)(松田達)

D.I.G Architects《M-House》

[愛知県]

竣工:2009年

D.I.G Architects(吉村昭範+吉村真基)による住宅。5m×25mの短冊状の敷地を、さらに細く縦に分けるようなプランニング。一階は土間が拡張したもので、二手に分かれる路地的な空間が、奥の和室横の階段部分でつながる。奥まで土足で歩くことができる町家を継承したような空間。二階も並行する二つの通路があり、折り返してエントランス上部に位置する寝室でつながる。シャワー室を横断する動線、鋭角の隙間から階下に落ちる光など、アクロバティックなプランニングの妙が光る。住宅全体が廊下であるともいえ、青木淳の言葉で言えば「動線体」のような空間である住宅。

2009/07/25(土)(松田達)