artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツと日本人建築家
[ ベトナム]
今回、ベトナムの各地で日本人の建築家と会い、見学を手伝ってもらった。ホーチミンでは、実験的なリノベーションのプロジェクトに挑戦する西島光輔、東京理科大学で小嶋一浩に師事していた佐貫大輔、安藤忠雄の事務所から独立した西澤俊理、そしてハノイでは、現在もヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ(VTN)のパートナーをつとめる丹羽隆志である。彼らに共通するのは、全員がヴォ・チョン・ギアに誘われて、ベトナムでいっしょに設計を行なったことだ。なお、ICADAの岩元真明も、元パートナーであり、ファーミング・キンダーガーテンなどを担当している。そうした意味では、ひとりのベトナム人が日本で学んだことがきっかけとなり、じつに多くの日本人がベトナムと縁を持ち、今も現地で設計活動を続ける建築家がいるほか、筆者のようにベトナムに足を運ぶ建築の関係者が生まれたと言える。
VTN+佐貫+西澤による《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》(2013)は、西澤が設計と現場の管理を担当した二世帯の都市住宅である。下部に施主がそのまま暮らしているが、上部は住民が入れ替わったことにより、現在は地下の天井高が低いガレージを西澤のオフィスに改造しつつ、上層を彼の住居としている。全体の構成としては、宙に曲面をもつコンクリートのヴォリュームを浮かし、そのあいだに風を通す共有スペースを入れる。ベトナムの文脈において現代建築を実現させた力作だった。
佐貫が設計し、自らも暮らす《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》は、彼がベトナムでスペースブロックを探求したこともあり、細長い敷地において部屋数を抑えつつ、豊かな共有空間のヴォリュームによって、中庭やテラスをかきとる構成が印象的だった。
また彼の新作《NGAハウス(NGA House)》(2018)は、細い路地を進み、街区の真ん中に突如、ヴォイドが旋回しながら、予想外の大空間が斜め上の方向に出現する。ちなみに、ベトナムは施主が天井高を求める傾向があるという。また建物の角を斜めにカットし、直射光を制御する。ゲストルームの数が多いのも、ベトナムの特徴らしい。
2019/04/05(金)(五十嵐太郎)
《ソウル都市建築展示館》
ソウル都市建築展示館[韓国・ソウル]
市長の肝いりで完成した《ソウル都市建築展示館》のオープニング・シンポジウムに出席した。日本統治時代の建物の跡地を敷地とし、景福宮にも近い抜群のロケーションである。コンペで選ばれたターミナル7・アーキテクツが設計した。背後の古い教会が大通りからよく見えるように、ほとんどの施設を地下に埋め、屋上は柱の痕迹だけを残しつつ、公園のようなオープンスペースとして開放している。1階にカフェがあり、大階段に誘われて、降りていくと、途中でソウルの歴史や都市を紹介するギャラリーが視界に入り、一番下に到着すると、大きな展示空間が広がる。ここは屋根の下とはいえ、完全な室内ではなく、屋外の延長になっているのは興味深い。また市庁舎がある向かいの道路側には、地下の通路からアクセスでき、ここにも街の紹介を展示している。
この施設を「ソウル都市建築展示館」と呼ぶと簡単なのだが、英語の表記では「ミュージアム」ではなく、「ホール」であり(ちなみに、英語の名称は「Seoul Hall of Urbanism & Architecture」で、略称は「Seoul Hour」)、やはり正確にいうと、建築「博物館」ではない。それはオープニングの午前のセッションにおいて、モントリオールのカナダ建築センター(CCA)のジョヴァンナ・ボラシに加え、巨大な都市模型を置くシンガポール・シティ・ギャラリーのサブリナ・コーが発表したことからもうかがえる。都市計画を市民に提示する後者の性格が強いからだ。なお、オープニングの企画展示は、ウィーンの集合住宅の歴史と建築家の社会的な役割がテーマとなっており、筆者は後者の展示協力を行なった。その展示では、かつてゲスト・キュレーターとして参加した金沢21世紀美術館の「3.11以後の建築」展と同様、伊東豊雄らによる「みんなの家」、はりゅうウッドスタジオの木造仮設住宅群、被災地における坂茂の試みが紹介された。したがって、それぞれの展示内容は、午後のシンポジウムのセッションのテーマとなり、筆者と芳賀沼整が発表した。
2019/03/29(金)(五十嵐太郎)
菊池聡太朗「ウィスマ・クエラ」
会期:2019/03/26~2019/04/03
ギャラリーターンアラウンド[宮城県]
東北大の五十嵐研の大学院を修了した菊池聡太朗の個展が、仙台の現代美術のギャラリーターンアラウンドで開催された。インドネシアのカリスマ的な建築家マングンウィジャヤによるジョグジャカルタの自邸《ウィスマ・クエラ》をタイトルに掲げているように、彼が図面なき増殖建築に魅せられ、その記録写真や記憶を独自のインスタレーションとして表現したのである。おそらくマングンウィジャヤは日本で無名と思われるが、カンポンのプロジェクトによって、イスラム世界の建築を顕彰するアガ・カーン賞を受賞している。独自の建築哲学をもち、職人集団と活動しながら、きわめて異形のデザインを行なっていた。彼のデザインは、広義には装飾性がポストモダンと呼べるのかもしれないが、ある種のヘタウマ的なテイストで、既存のカテゴリーに括ることが難しい。特に自邸は、彼の死後も日常的に小さな増改築が繰り返され、建築や家具などの境目も曖昧になっている。
菊池はインドネシアに留学中、この建築にしばらく滞在し、目の前で起きる変化も記録しながら、その空間体験をどのように視覚化するかを修士設計のテーマに取り組んでいた。そして彼が現場で撮影した時空間が錯綜した写真群を展示する空間を独自のルールによって構築し、学内外の講評会で高い評価を得た。彼は東京都写真美術館で開催中の「ヒューマン・スプリング」展を含め、写真家の志賀理江子の制作を長い期間にわたってサポートしたことで、観念的なデザインに陥らず、スケール感をリアルに理解した設計に到達したことも、修士設計の最終成果物に説得力を与えている。ただし、ギャラリー・ターンアラウンドでは、その展示空間を1/1で再現するには十分な広さがないこともあり、ドローイングと小さくプリントした写真群のインスタレーションで、別の空間を創造した。志賀はもちろん、リー・キットの影響なども見受けられるが、短い期間で、新しい独自の世界を高い密度で出現させた力量は高く評価できるだろう。
2019/03/26(金)(五十嵐太郎)
《台南市美術館》《林百貨店》
台南市美術館[台湾・台南]
台南でオープンしたばかりの、坂茂による《台南市美術館》を訪れた。コンペで選ばれたものだが、高雄のコンペ(マリタイム・カルチャー・アンド・ポピュラー・ミュージックセンター国際コンペ)と同様、このときも平田晃久の案は2位だった。企画展以外は無料のようで、あちこちから自由に出入りできる空間の特徴がさらに引き出されていた。これまでにはない彼の新しいデザインとも言えるが、内部の巨大なアトリウムから天井を見上げると、なるほど《ポンピドゥ・センター・メス》の発展形として解釈できる。すなわち、形状は異なるが、同じく大屋根の下の箱群という構成だ。また《メス》では、都市の風景を見せるべく3つの直方体が違う方角に配置されていたのに対し、《台南》では閉じたキューブとしつつ、その数を増やして積層させ(展示室の内壁の色も鮮やか)、外を登ることを可能とし、さらに都市に開く。全体としては、ザハ・ハディドによるソウルの《東大門デザインプラザ(DDP)》と同様、都心に出現した人工的な丘のようだ。また日が暮れると、若い子があちこちでたむろしたり、記念撮影し、独特の公共空間を提供することに成功していた。
過激なデザインの《国家歌劇院》によって台中が注目されていたが、負けじと台南の建築も盛り上がっている。ちょうど謝宗哲のキュレーションによる「台南建築トリエンナーレ」が開催されていた。これまでは南方の括りだったのを、今回は台南に絞って実施したという。また新名所として約40年間、廃墟として放置されていた日本統治時代の《林百貨店》が再生された。リノベーションを手がけたのは、あいちトリエンナーレ2013で伏見地下街を担当した打開連合設計事務所である。屋上には空爆の跡も残されており、レトロな感覚をくすぐる空間だ。台南には日本統治時代の建築が数多く残るが、それをうまく生かした仕事である。またMVRDVは、景観の要所で邪魔な存在になっていた李祖原による商業施設を解体しつつも、すべて撤去するのではなく、あえて廃墟状態で残す野心的なオープンスペースのプロジェクトを進行中だった。台南は都市としての魅力に磨きをかけている。
2019/03/18(月)(五十嵐太郎)
平田晃久「人間自然」展
会期:2019/03/16~2019/06/23
忠泰美術館[台湾・台北]
台北の忠泰美術館で開催している平田晃久の個展「人間自然」にアドバイザーとして関わり、そのオープニングやシンポジウムに出席した。キュレーションを担当したのは、建築史家の市川紘司である。内覧会では多くのプレスが訪れ、その日の夕方から各種のメディア報道があり、現地における建築への関心の高さがうかがえる。なお、忠泰美術館は企業による美術館であり、これまで現代アートや建築(フィンランドのマルコ・カサグランデなど)の企画展を開催したほか、若手建築家の支援などを行なってきた。
「人間自然」展は、まず入口の天井に《Tree-ness house》の部分(おおむね)実寸模型が逆さにぶら下がり、階段を登ると、これまでに構想した建築の原型=種を紹介する。その後、12の島に見立てた建築プロジェクト群を模型や映像とともに展示していた。ギャラリー・間における平田展の巡回ではなく、まったく新しい内容になっている。高雄の《マリタイム・カルチャー・アンド・ポピュラー・ミュージックセンター》のコンペをきっかけに、平田は台湾と関わりをもち、台北や台南などのプロジェクトも紹介されている。空っぽの状態よりも、人が点在すると映える場に見えるのは、平田ならではの会場デザインだろう。そして順路の最後の通路には、一直線にレイアウトされた彼のテキストが続く。3月16日のトークイベントは、平田のレクチャーのあと、謝宗哲を司会に迎え、市川、五十嵐を交えて討議が行なわれた。
また平田が設計した集合住宅《台北ルーフ》を事務所スタッフとともに見学した。これまでに実現した彼の作品としてはボリュームが最大級のプロジェクトだろう。ただし、インテリアは、中国と同様、スケルトン売りの商品となっており、平田がデザインしたものではない。エントランスの天井のみ、作品のコンセプトを想起させる意匠が施された。各住戸の大きくとったテラスの傾斜した小屋根の群が、周辺環境と同化しつつ、雨を流す視覚的な造形をもち、屋根を山という自然になぞらえた彼の建築思想を表現している。
2019/03/15(火)(五十嵐太郎)