artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
ART PROJECT KOBE 2019: TRANS-、「タトアーキテクツ」展
兵庫県神戸市、新開地地区、兵庫港地区、新長田地区(TRANS-)
ギャラリー島田(タトアーキテクツ展)[兵庫県]
アートプロジェクト神戸2019のTRANS-は、これまでのジャンル混淆+非現代アート的な神戸ビエンナーレの祝祭とはまったく違う、むしろ岡山芸術交流に近い尖った企画だった。ディレクターは林寿美である。思い切ったのは、参加アーティストをわずか2名に絞っていること。もっともそのうちのひとり、神戸出身でもあるやなぎみわは3日間のパフォーミング・アーツの参加だから、実質的にはグレゴール・シュナイダーの個展を街に散りばめながら開催したというべきだろう。
彼の作品《美術館の終焉―12の道行き》はいずれも建築的であり、TRANS-のテーマにふさわしく、神戸の街の日常の隣に異世界を忍び込ませている。作品を順番にたどる旅を通じて、知らなかった神戸の顔に触れていく。遠隔地の空間におけるふるまいが同期する作品。旧研究所の廃墟の真っ白な空間。地下街で反復される同じ浴室。ツアーで訪れる2つの私邸の個室で展開されるアートやパフォーマンス。かつて労働者の宿泊所だった施設の室内が真っ黒に塗られ、暗闇で小さなライトを持ってさまよう体験。地下道のドアの向こうに出現する収容キャンプの個室群。そして拡張現実によって見える古い市場をさまようデジタル世界の高齢者たち。
また、このTRANS-のタイミングにあわせて企画された島田陽「タトアーキテクツ」展(ギャラリー島田)も訪れた。実は島田は、今回のTRANS-の建築的な側面をバックアップした建築家でもある。さて、同展の1階は家型を中心にひたすら模型を並べる、いわゆる建築展の体裁だったが、一方で地階は偏光フィルムによる空間インスタレーションを展開していた。島田による偏光フィルムの作品は、神戸ビエンナーレ2011の元町高架下アートプロジェクトでも見ていたが、今回は特に吊るされた 2枚のフィルムで構成されるモノリスのような虚のヴォリューム群が、鑑賞者が移動する視差によって、驚くほど多様に色彩と表情を変えてゆく。個人的にはミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パヴィリオンで体験した、めくるめくガラスのリフレクト現象を想起させた。あのとき自分はそれを幽霊のような建築だと思ったのだが、今回の展示室に構築された虚のヴォリューム群も、偏光フィルムによってそれに近い効果を生みだしていた。
公式サイト:
ART PROJECT KOBE 2019: TRANS- http://trans-kobe.jp/
タトアーキテクツ展 http://gallery-shimada.com/?p=6443
2019/10/22(火)(五十嵐太郎)
「Under 35 Architects exhibition」展覧会とシンポジウム
会期:2019/10/18~2019/10/28
うめきたSHIPホール[大阪府]
大阪における秋の恒例となったU35(「Under 35 Architects exhibition 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会2019」)の展覧会とシンポジウムに今年も参加した。昨年のゴールド・メダルに選ばれた中川エリカはシード枠を使わず、不参加となったが、セレクションに公募だけでなく、推薦制度を導入したこともあり、いつもより個性的な若手建築家が揃った。それぞれの出展者を紹介しよう。
今年のゴールド・メダルに選ばれた秋吉浩気のプロジェクトは、デジタル・ファブリケーションの時代において、ハウスメーカーとは違う、新しい建築生産を視野に入れたもの。かつてFOBが挑戦した試みの現代ヴァージョンのようにも感じた。
伊藤維の作品は、フォルマリズム的な手法をベースとしているが、コンテクストを読みながら、それを崩していく住宅である。展示に用いた模型のための什器は家具としてリサイクルされるのも興味深い。
パーシモン・ヒルズ・アーキテクツ(柿木佑介+廣岡周平)は、埼玉の観音堂において片方の側面を開くデザインを試みた。なるほど、これは空間が奥に向かって展開する宗教建築において、新しい手法である。
佐藤研吾は、インドや福島でワークショップを展開しつつ、モノの工作のレベルから建築を捉えなおそうと企てる。その方向性は、全体性や構成に向かうよりも、スカルパ的なリノベーションに相性がいいのではないかと思われた。
高田一正+八木祐理子は、コペンハーゲンの運河の水上に建築的なパヴィリオンを浮かせるプロジェクトを展開している。来年、世界運河会議が名古屋で開催されるので、日本の場合、類似した試みはどこまで可能なのかに興味をもった。
津川恵理は、公共空間の実験や神戸のコンペの最優秀賞案などに対し、新しいノーテーションを構想している。おそらく、これが設計にどのようなフィードバックをもたらし得るかが今後の鍵だろう。
百枝優は、Agri Chapelから続く、樹木状の天井の架構によって、葬祭場でも空間の特性を獲得している。この手法を冠婚葬祭以外のプロジェクトで採用する場合、どのような展開になるかが期待される。
なお、今年のゴールド・メダルの討議では、完全には説明しきれない謎や魅力を残す試みの伸びしろが注目され(しばしば審査の場面で起こることだが)、明快に設計されたことで限界もわかってしまう実作組が割りをくらう展開だった。
Under 35 Architects exhibition 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会2019 公式サイト: http://u35.aaf.ac/
2019/10/19(土)(五十嵐太郎)
岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が
会期:2019/09/27~2019/11/24
旧内山下小学校、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、林原美術館ほか[岡山県]
岡山芸術交流2019は、岡山城などの会場が増えたとはいえ、前回と同様それほど広域に作品が点在せず、コンパクトなエリアに集中しているために、半日もあれば十分にまわることができるのがありがたい。また、日本の作家がほとんどいないため、ドメスティックな感じがせず、ヨーロッパの国際展を訪れているような雰囲気を維持しており、よい意味で日本の芸術祭っぽくない。そして今回はピエール・ユイグがディレクターなだけに、全体的に作品も暗く、変態的である。
しかもメインの会場となった都心の旧内山下小学校は、朝イチで足を踏み入れたにもかかわらず、ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニによって、かつての教室群が不気味な空間に変容しているほか、マシュー・バーニーらの奇妙な実験があり、もしも日が暮れる時間帯だったとすると、相当怖い体験になるのではないかと想像した。体育館の巨大な空間を用いたタレク・アトウィによるさまざまなサウンド・インスタレーションも印象的である。
屋外では、パメラ・ローゼンクランツの作品《皮膜のプール》やティノ・セーガルによる運動場の盛り土があまりにも不穏だった。越後妻有アートトリエンナーレでも、いろいろな小学校がアートの展示に用いられていたが、岡山芸術交流2019のような暗さやわかりにくさは抱えていない。
前川國男が設計した林原美術館には、ユイグによる少女アニメの映像の横からリアルな少女がとび出してパフォーマンスを行なう作品があるのだが、朝早かったので、あやうくひとりで鑑賞しそうになった。人が少ないと緊張する作品である。また、シネマ・クレールで上映されたジロー&シボーニの作品にはまったく言葉がなく、ひたすら奇怪なイメージが続く。
また今回は岡山市立オリエント美術館も会場に加わり、常設展示のエリアに3点の現代アートがまぎれ込む。そのおかげで岡田新一がデザインした空間を再び体験することになったが、目新しさはないものの、逆に現代の建築には失われた重厚さが心地よい。なお、岡山芸術交流では建築系のプロジェクトがしており、先行して完成していた青木淳に加えて、マウントフジアーキテクツスタジオと長谷川豪がそれぞれ海外のアーティストとコラボレートした宿泊棟が誕生したことも特筆できる。
岡山芸術交流2019 公式サイト:岡山芸術交流2019
2019/10/14(月)(五十嵐太郎)
ロンドン・デザイン・フェスティバル
会期:2019/09/14~2019/09/22
ヴィクトリア&アルバート博物館、デザイン・ミュージアムほか[イギリス、ロンドン]
6月の建築フェスティバルと同様、9月のロンドン・デザイン・フェスティバルも市内の各地で開催されていた。興味深いのは、屋外のインスタレーションがいくつか設置されること。デザインゆえに、ただのオブジェではなく、作品はベンチとしての機能をもつ。ポール・コックセッジは広場において上下にうねるリング状の什器を同心円状に展開し、パターニティはウェストミンスター大聖堂の前に迷路のパターンを模したベンチを置き、子供が遊んでいた。なるほど、大聖堂の床にこうした迷路の模様がよく描かれている。
メイン会場は最も多くの作品が集中するヴィクトリア&アルバート博物館だろう。まず隈研吾による中庭の竹のインスタレーションを鑑賞してから、ス・ドホによるスミッソン夫妻の集合住宅へのオマージュというべき映像など、ガイド・マップを頼りに、あちこちの部屋に点在するプロジェクトを探しながら、巨大な博物館をまわった。おかげで、奥に隠れた舞台美術の部屋など、これまで知らなかった展示室にも気づく。いわゆる歴史的な博物館が、デザインのイヴェントとコラボレートすることで、コレクションの魅力を新しく引きだすような作品も登場しており、日本でもこうした企画が増えてほしい。また建築セクションの部屋では、余暇的な水の空間をテーマとする特集展示が開催されていた。
デザイン・ミュージアムでは、いくつか建築に関する展示も企画されていた。2階ではSOMがこれまで手がけてきた高層ビルの構造を説明しながら、数多くの模型を並べていた。また3階ではパネルを用いて、AAスクールが生みだしたラディカルな教育と作品を紹介していた。そして地階では、ビアズリー・デザイン・オブ・ザ・イヤーの展覧会が開催されており、ファッションやプロダクトのほか、建築の部門が含まれていた。選ばれた作品はいずれも短いながら映像で手際よく紹介し、小さい模型だけではわからない情報を効率的に伝えている。なお日本からは、石上純也の水庭が入っていた。
公式サイト: https://www.londondesignfestival.com/
2019/09/14(土)(五十嵐太郎)
オックスフォードの博物館
[イギリス、オックスフォード]
カレッジが分散する街、オックスフォードに移動し、アシュモレアン博物館へ。外観の意匠はクラシックだが、内部は現代的な展示空間に改造され、特に吹抜けまわりの階段が印象的だ。古今東西の充実したコレクションを揃え、大学の運営とは思えない規模である。日本セクションでは、大英博物館と同様、茶室が再現されていた。もっとも、内部に入ることはできず、茶室の窓が面白いという視点はない。ここも現代アートの企画室があり、美術は同時代の家具や食器などと併せて展示されている。また地階では、コレクションの来歴や博物館の学芸員の仕事も紹介されていた。
ジョン・ラスキンが関わった自然史博物館は、ゴシック建築的な骨格をスチールに置き換え、屋根をガラス張りとし、太陽の光が降りそそぐ明るい空間である。興味深いのは、そのデザインが内部で展示された恐竜の骨と呼応していること。大型の陳列ケースも、ゴシック様式を意識したデザインだった。またラスキン生誕200周年ということで、コレクションをもとにしたアート作品の公募結果を発表していた。それにしても自然史博物館は、どこも子供で賑わっている。
背後で直接的に連結されたピット・リバース博物館は、一転して暗い空間である。収蔵庫がそのまま展示になったかのような圧倒的な物量が視界に飛び込む。地域や時代で整理せず、マスク、球技など、アイテムごとに世界各地からの収集物が押し込まれた陳列ケースが膨大に反復されている。おおむね2階は女性と子供(装身具や玩具など)、3階は男性(武器など)に関連した内容だった。
やはり大学に所属する科学史博物館は、アッシュモレアン博物館の創設時からあるものらしく、17世紀の建築である。全体はそれほどのヴォリュームではないが、特に2階に陳列された時間や空間の計測、計算、あるいは天体やミクロの観察のための器具の造形に惚れ惚れとする。科学の目的に応じて設計された機能主義のはずだが、独自の美学を備え、実際はそれを超えたデザインになっている。
公式サイト:
アシュモレアン博物館 https://www.ashmolean.org/
オックスフォード大学自然史博物館 https://www.oumnh.ox.ac.uk/
ピット・リバース博物館 https://www.prm.ox.ac.uk/
オックスフォード科学史博物館 https://www.hsm.ox.ac.uk/
2019/09/13(金)(五十嵐太郎)