artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
朱家角
[中国、上海]
およそ30年前、初めて上海を旅行したときは、ぎゅうぎゅうの満員バスで市内を移動するしかなかった。しかし、その後、地下鉄のネットワークが飛躍的に発展し、上海近郊の水郷の街、朱家角までつながったことを受けて、出かけてみた。
江南地方にはこうした水濠が数多く存在するが、バスやツアーで行くことになるため、朱家角は抜群のアクセスである。それでも上海の中心部から50km弱あり、途中で電車が地上を走るとき、延々と巨大なマンション群や工場が続く壮絶な風景と遭遇する。さて、朱家角の駅で降りて、お店が並ぶ通りを15分ほど歩くと、いきなり観光船が行き交う水路に沿った、かわいらしい街並みが出現する。まっすぐな道はなく、曲がりくねった狭い道に面する小さな家屋には、おしゃれなお店も入っている。いわばヴェネツィアのように、ここでは生きたテーマパークのような街歩きを体験できる。様式建築の小さい郵便局《大清郵局》(1896)、屋根付きの木造の廊橋、五つのアーチが連なる石造の放生橋、現代建築風の《朱家角人文芸術館》など、建築や土木も楽しめる。
さらに進むと、1915年に完成した《朱家角課植園》は、小さな入口から想像できないほど、奥にさまざまなパビリオンが建つ庭園が広がっており、驚かされる。いわゆる蘇州のスタイルだが、デザインはそれほど洗練されていない。
とはいえ、朱家角の魅力は、街並みのスケール感だろう。これだけまとまったエリアが大きな開発を受けず、昔ながらの風情を残している。中国は開発を決めるのも早いが、逆に残るという意志を決めたら、確実に残せるはずだから、今後もずっと観光資源として保存されるだろう。同日、上海に戻ってから、黄浦江の夜景を楽しむ船に乗った。これまでなんども上海を訪れていたが、外灘にずらりと並ぶ、保存された近代建築群をこのように鑑賞したのは初めてである。もちろん、反対側の浦東の未来的な超高層ビル群や個性的な建築も同時に眺めることになる。イルミネーションも凄まじいが、東京の湾岸や横浜のみなとみらいの夜景よりも確実におもしろい。実際、上海では、多くの観光客が夜景クルーズを楽しんでおり、ツーリズムという点で成功している。
2020/01/01(水)(五十嵐太郎)
西岸美術館(ウェストバンド・ミュージアム)とその一帯
西岸美術館(ウェストバンド・ミュージアム)[中国、上海]
上海の黄浦江の西岸(ウェストバンド)は、かつて工業地帯だったが、現在は美術館やギャラリーが続々と増えている。2019年末にオープンした西岸美術館(ウェストバンド・ミュージアム)は、5年間という期間限定だが、ポンピドゥー・センターと提携していることで注目された。香港にアート・バーゼル、上海にポンピドゥーとなると、日本とは違い、中国の現代美術シーンが活性化していることを思い知らされる。すでにこの建物の周辺には、コンテナを積んだシャンアートや青山周平が手がけたオオタファインアーツなどの現代美術のギャラリー群が集結し(工場だったM50のアート地区から移転したものもあるという)、写真センター、石油タンクや倉庫を改造した展示施設が並ぶ。近くには超高層のオフィスやタワーマンションも林立し、高級なエリアとなっている。
飛行機の格納庫を転用した巨大なアートセンターA館では、ファーウェイのプロモーション企画「手机影像艺术」展が開催され、写真、映像、音響の性能を体験してもらうアート的な展示が行なわれていた。ただし、こちらはインスタや自撮り目的の若者が多い。
さて、ウェストバンド・ミュージアムは、デイヴィッド・チッパーフィールドの設計によるもの。コンテクストがあまりない敷地のため、デザインの根拠をつくる難しさを感じたが、2階は異なる方角を向く3つの直方体ヴォリュームの展示室をのせて、端部は風景を見ることができる大きな開口をもつ。西欧近代から現代美術までの名品コレクションを紹介するオープニング展「時のかたち(THE SHAPE OF TIME)」は、これらの箱を用いていた。
きわめて高い天井は、ラフな仕上げになっており、仮設壁も最上部までは到達させないので、新築でありながら、リノベーション風にも見える。ただし、この粗さが狙ったものなのか、施工の未熟さゆえなのかは微妙である。天井はすべて開閉可能で、自然採光も取りこめる(ただし、オープニング展では閉じられていた)。やはりチッパーフィールドが手がけたソウルのアモーレ・パシフィック美術館のビルと似た中央の吹き抜けにあるショップは、ミーハーなグッズが一切なし、ハイブロウな美術書のみだった。1990年代の初頭、筆者が初めて上海を訪れたとき、ここで洗練された空間を見る日が来るとは思わなかった。
2020/01/01(水)(五十嵐太郎)
パワーステーション・オブ・アート(PSA)再訪
パワーステーション・オブ・アート(PSA)[中国、上海]
発電所をリノベーションした上海のパワーステーション・オブ・アート(PSA)を半年ぶりに訪れたが、凄かった。5階の「ゴードン・マッタ=クラーク展(Passing Through Architecture: The 10 Years of Gordon Matta-Clark)」は、国立近代美術館の企画と同じような感じなのかと思っていたら、MoMAの伝説の「ディコンストラクティビスト・アーキテクチャー」展(1988)に関わった建築批評家のマーク・ウィグリーがキュレーションを担当し、まったく違う内容だった。会場全体をマッタ=クラークの太くて短い活動期間、すなわち大学を卒業した1968年から1978年までの巨大な年表に見立てた、斬新な展示構成である。小さな仮設壁は切り取られたように表現されているのも、ニヤリとさせられる。そして10年のあいだの100枚のドローイング、60の写真記録、8つの映像ドキュメント、220の文献資料を配置する。断面模型を活用し、建築への介入をわかりやすく紹介した国立近代美術館の展示に対し、PSAは説明もわずかで、展示のカッコ良さを追求していた。特にCCA所蔵でない、未発表の魅力的なドローイングは、樹木と建築の変容、無数の矢印が描かれており、展示の白眉だった。
PSAはベルナール・チュミや篠原一男などの建築展にも力を入れており、7階は「ジャン・ヌーヴェル展(Jean Nouvel, in my head, in my eye…belonging…)」が開催されていた。ここは石上純也の個展に使われたフロアだが、今回は部屋を小分けにせず、大胆に2分割していた。通路のような片方は暗闇の中に光造形による小さな模型群を並べる。そしてもう一方は段状のシアター的な空間とし、巨大なスクリーンで作品を紹介していた。建築の見せ方は、映像や闇に関心を抱くヌーヴェルらしいし、その試みは実験的だが、必ずしも成功しているわけではない。模型群は知っているプロジェクトが多く、情報量が少ない。また映像はただの写真スライドショーもあり、スケール感にあわせて、もっと内容や解像度の工夫がほしい。
そして2階では中国の作家を紹介する大規模なコレクション展(ヨーゼフ・ボイスやローマン・シグネールもあったが)、1階では若手キュレータの企画展が開催されていた。なお、PSAはグッズも素晴らしいが、これだけ巨大な美術館なのに、現在カフェ営業が行なわれていないのは辛い。ところで、向かいの建物では「チームラボ展」が企画されており、上海でも人気だった。
[公式サイト]
*「ゴードン・マッタ=クラーク展」
http://powerstationofart.com/en/exhibition/Gordon-Matta-Clark.html
*「ジャン・ヌーヴェル展」
http://powerstationofart.com/en/exhibition/Jean-Nouvel.html
2019/12/31(火)(五十嵐太郎)
ZIG HOUSE/ZAG HOUSE
会期:2019/12/07~2019/12/14
ZIG HOUSE[東京都]
古谷誠章の自邸で開催されたスタジオ・ナスカの展覧会「NASCA since 1994」に足を運んだ。目的は当然、普段は公開されていない住宅を見学することである。三軒茶屋駅から10分強の住宅街において、木々に囲まれた一角が敷地だった。早稲田大学の研究室のメンバーが年度末に集まってバーベキューを行なうと聞いていたが、なるほど、この庭と建築ならば、大人数でも対応できるだろう。
もともと古谷が育った生家の敷地に、いずれもL字型プランの両親の家と自邸を向かいあわせに建てたのが、《ZIG HOUSE/ZAG HOUSE》(2001)である。敷地で育った木々をそのまま残すように、それらの木々を避けて建てたことでジグザグの形状になったものだ。2つの家はエントランス、リビング、ダイニング、キッチンが導入部にあり、外部を挟んで並んでいることから、一体として使うことも可能になっており、自邸は奥に主寝室、2階に子供部屋を配していた。そして不整形な敷地の余白にリノベートしたかのような下屋が設けられ、水まわりや納屋が収められている。
正面から見て右側が自邸の《ZAG HOUSE》、左側が両親の暮らした《ZIG HOUSE》であり、後者の1階と2階にパネルや模型を用いて、スタジオ・ナスカのプロジェクトが展示され、筆者が滞在した日は朝早くから多くの建築関係者が訪れていた。実際、こうした開かれた使い方が似合う住宅だった。集成材を反復する門型フレームは、住宅のスケールを超え、小さな公共建築のようであり、ナスカの建築空間に通じる。特に4本の柱が立つ中間の屋外空間、またフレキシブルに伸び縮みしながら、使い方を調整できる建築の考え方がそうだ。例えば、《茅野市民会館》が想起されるだろう。そうした意味で、《ZIG HOUSE/ZAG HOUSE》は住宅でありながら、スタジオ・ナスカの作品を考えるうえで重要な建築にもなっている。また筆者は「東北住宅大賞」で10年間、古谷といっしょに審査を担当した経験をもつが、彼の好みも思い出しつつ見学した。やはり、外構も魅力的である。
*公式サイト:http://www.studio-nasca.com/
2019/12/14(土)(五十嵐太郎)
宮城県美術館移転問題
宮城県美術館[宮城県、仙台市]
突然、発表された宮城県美術館移転の件。発表前に美術関係者から上がった悲鳴を聞いていたが、あまりにも筋が悪い。すでに長期休館と改修工事も行なわれ、館のリニューアル方針も決まっていただけに、行政としても一貫性がない。実際、新しい場所に美術館を作るという話を最初に聞いたとき、職員もまさか移転だとは思わず、展示面積や収蔵庫を増やせるアネックスのようなものができるとイメージしたらしい。なるほど、県民会館の建て替えはしばらく前から話題になっていたが、病院跡地に敷地が決まり、ついでに美術館もいっしょに新築するというのでは、完全に巻き添えを食ったかたちである。おそらく、合築を促進する補助金ももらえるのだろう。
確かに人口減少や企業の撤退により疲弊している地方自治体では、点在する公共施設を個別に維持管理する余裕がなく、老朽化に伴い、効率的な複合施設に変えるケースが認められる。例えば、新居千秋の設計による、図書館、ホール、プラネタリウムを備えた由利本荘市文化交流館カダーレなどがそうである。もっとも仙台は、そこまで財政が危機的な状況にあるわけではない。
同じく前川國男が手がけ、宮城県美術館(1981)よりも古い福岡市美術館(1979)は、2019年の春、リニューアル・オープンした。弘前市にあり、もっと古い前川建築群も、保存しながら長く使うことが前提になっている。現時点で宮城県美術館は普通に使える施設であり、いますぐ移転する緊急性はない。ただし仙台は、弘前、岡山、福岡、埼玉、東京などが前川國男の建築を積極的に活用する目的で設立した「近代建築ツーリズムネットワーク」に未加盟だった。宮城県美術館が市立ではなく、県立だったことも一因なのかもしれない。
ともあれ、宮城県美術館の今後を検討する有識者の懇話会に、そもそも美術や建築の関係者がひとりも入っていなかったことも問題だろう。球場裏の新しい場所になると、普段、美術館を訪れない人が来るようになるという根拠の薄い話ぐらいで、ほとんどメリットが思い浮かばないプロジェクトである。これでは、知事の思い出プロジェクトに美術館が利用されたというふうに考えるしかない。
2019/12/11(月)(五十嵐太郎)