artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
ケンブリッジの大学博物館ほか
[イギリス、ケンブリッジ]
およそ四半世紀ぶり、3度目のケンブリッジでは、大学が運営するいくつかのミュージアムに足を運んだ。まずフィッツウィリアム博物館は、狭い通りと対面の小店舗に対し、完全にスケールアウトした古典主義の建築である。しかも、左右のウィングが非対称で、イギリスらしいデザインだ。およそ1/3くらいのエリアが改装中である。日に焼けて亡霊化した壁のかつての作品跡と、現在の展示がズレつつ重なる中世のエリアが味わい深い。韓国の陶芸を収納する什器のほのかな照明が美しい。
考古学・人類学博物館は、1階の導入と企画では、異なる時代の遺跡を複数のガラスを重ねることで見せるなど、展示インスタレーションがすぐれている。一方、2、3階は古い什器のままだが、一部に見える収蔵庫(場所が足りなかっただけかもしれないが)や、展示物に触発されたアートのコーナーがあった。印象的な三連の円窓を潰していることから推測すると、この建築は途中で使い方が変化したのだろう。
ケンブリッジ大学の動物学博物館の天井から吊るされた巨大なクジラ標本はお約束である。学術以外では、アーティストが動物進化に着想を得た作品展も開催されていた。セジウィック地球科学博物館は、展示物や什器が古いタイプのものだったが、サイン計画のデザインはアップデートされており、各セクションが色とアイコンで区分けされ、さらに窓をふさぐカーテンに大きくプリントされることで、空間の視認性を改善していた。
素晴らしかったのは、ケトルズ・ヤードである。これは入口からは小さな部屋しか見えないのだが、上階に行くと、思いがけない空間が広がるように、増改築を重ねたアート・コレクターの家を大学に寄贈したもので、建築のデザインだけでは決して到達できない魅力的な空間が出現していた。すなわち、ホワイトキューブではない室内に作品群を見事に配置する施主のセンスに圧倒された。
住宅と連結された新しく建設されたギャラリーも、大学のコレクションからアートと工芸を混ぜた企画や、ジェニファー・リーの洗練された陶芸のインスタレーションなどを楽しめる。最後に大学のボタニカル・ガーデンを訪れたが、意外と普通の公園風であり、イギリスに導入された海外の植物を時系列で並べたエリアが印象に残った。
公式サイト:
フィッツウィリアム博物館 http://www.fitzmuseum.cam.ac.uk/
ケンブリッジ大学考古学・人類学博物館 http://maa.cam.ac.uk/
ケンブリッジ大学動物学博物館 https://www.museum.zoo.cam.ac.uk/
セジウィック地球科学博物館 http://www.sedgwickmuseum.org/
ケトルズ・ヤード https://www.kettlesyard.co.uk/
ボタニカル・ガーデン https://www.botanic.cam.ac.uk/
2019/09/12(木)(五十嵐太郎)
北帝国戦争博物館、マンチェスター博物館、ウィットワース美術館
[イギリス、マンチェスター]
博物館を調査するプロジェクトのために、イギリスに渡航した。マンチェスターにて、念願のダニエル・リベスキンドが設計した北帝国戦争博物館を訪問した。ウォーターフロントに位置し、独特の外観ゆえに、水辺のランドマークとして機能している。もっとも、地球を表象する球体を立体的に分割し、それらの断片を再構成するという思弁的な形態操作による外観は張りぼて気味で、内部の空間との関係も薄く、微妙である。とはいえ、展示のデザインは結果的に彼らしいユニークな場となっていた。すなわち、全体的に斜めに傾いた不安定な床、天井は高いがひどく狭い通路、そして大空間に林立する鋭角的なヴォリューム群(それぞれの内部はテーマ展示室)である。おそらく展示として使いづらいという批判もあるだろうが、それがもたらす異様な空間体験は、戦争という展示物との相性もよい。
マンチェスター大学の博物館は、メイン・エントランスのリノベーションにあわせ、アジアのコレクションなどのエリアは閉鎖中だった。したがって、自然史のエリアのみを鑑賞する。それほどコレクションは多くないが、独自のテーマの設定やメタ的な視点が導入されており、興味深い。またイギリスのインド抑圧をテーマにした現代アートの巨大絵画や、パンジャブの虐殺の歴史展示もあった。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」を電凸と脅迫で閉鎖に追い込むような日本なら、間違いなく自虐的な内容として炎上するだろう。さすがにイギリスは大人の国に成熟している。
続いて、マンチェスター大学のウィットワース美術館を訪れた。古典主義の建築を増築したものである。巨匠のセザンヌの企画を除くと、壁紙デザイン、イスラムの女性アーティスト、アンデスのテキスタイルなど、切り口がユニークだった。そしてガーナのイブラヒム・マハマによる二等車の椅子を議会風に並べた大型のインスタレーションが力強い。この美術館は公園に面しており、立地の良さを生かした、緑に包まれたガラス張りのカフェ空間も良かった。
公式サイト:
北帝国戦争博物館 http://www.iwm.org.uk/north/
マンチェスター博物館 https://www.museum.manchester.ac.uk/
ウィットワース美術館 https://www.whitworth.manchester.ac.uk/
2019/09/11(水)(五十嵐太郎)
2019ソウル都市建築ビエンナーレ
会期:2019/09/07~2019/11/10
東大門デザインプラザ(DDP)、敦義門博物館村、ソウル都市建築展示館、ソウル歴史博物館[韓国、ソウル]
社会から疎外された弱者のために構想する「Shelter for soul」のコンペの二次審査のため、ソウルを訪れた。1/1のリアル・スケールで、実際に屋外で制作されたファイナリストの15組の審査の途中から台風が激しくなり、夕方から撤去されることになった。したがって、残念なことに、翌日の表彰式は作品がない状態となり、台風が完全に過ぎてから、再度、設置されたらしい。
ちょうど第2回目の2019ソウル都市建築ビエンナーレがスタートするタイミングであり、そちらのオープニングに足を運んだ。市長が建築に力を入れており、2017年に開始したものだが、実は前回も見学する機会に恵まれた。前回と同様、ザハ・ハディドが設計した東大門デザインプラザ(DDP)がテーマ展示を行なうメイン会場であり、近現代の街区をまるごと保存した敦義門博物館村も都市建築を展示するサブの会場となっている。また新しく会場に加わったのは、今年の春にオープンしたソウル都市建築展示館と、ライブ・プロジェクトを行なうソウル歴史博物館だ。そして全体のテーマは「コレクティヴ・シティ」である。
全体のヴォリューム感は、前回に比べると、やや減っているように思われた。なぜなら、東大門デザインプラザのスロープは映像やパネルの展示が多く、立体的なインスタレーションがあまりなかったからである。また展示室内も、前回はぎゅうぎゅうに各都市の展示を並べていたのに対し、今回はかなり空間に余裕があった。
展示物として印象に残ったのは、メイン会場では中国の農村における現代建築プロジェクト群やワークショップ、ダッカの雑貨屋を再現したインスタレーション、歴史博物館ではソウルの市場の歴史、博物館村ではヴェネズエラのモールが避難所や監獄に転用された二重螺旋の巨大構築物、展示館では再現された北朝鮮のスーパーマーケットなどである。
前回も平壌のマンションのインテリアを再現した展示がインパクトを与えたが、今回も北朝鮮が目を引いた。ともあれ、市がこうした建築や都市をテーマにしたビエンナーレを継続していることは、東京では考えにくいイヴェントであり、とても羨ましい。
公式サイト:http://www.seoulbiennale.org/2019/
2019/09/07(土)(五十嵐太郎)
近つ飛鳥博物館、狭山池博物館
[大阪府]
関西方面へのゼミ合宿で、安藤忠雄設計の博物館を2つ再訪した。近つ飛鳥博物館(1994)と狭山池博物館(2001)である。前者は大阪芸大の濃密な塚本英世記念館を見た直後だったので、同じコンクリートの建築でもだいぶあっさりして見えたが、安藤忠雄の本領はアプローチのデザインだろう。そもそも自動車でいきなり建築に近づきにくい立地だが、登り下りがあり、道を曲がるなど、風景の変化を感じながら、ようやくその姿が立ち現われる。また途中で小さなパヴィリオンが出迎えるが、その上の小さな円塔が、遠くに見える本体の大きな直方体の塔と呼応している。すなわち、自然の風景の中で幾何学的な構造体が対話しているのだ。この建築が内部で紹介する古墳も、いわば自然における大きな人工物=幾何学として存在している。展示デザインは、テーマが古墳文化なので難しいところだが、巨大な古墳模型は圧巻だ。また傾斜した屋根が、まるごと大階段になっており、壮観である。その造形は、ゴダールの映画にも登場したマラパルテ邸の系譜だが、はるかに拡大したスケールで展開されている。
もうひとつの安藤建築である狭山池博物館までタクシーで移動する際、車中からPL教団の大平和祈念塔を眺められるが、やはりニュータウンにおいては異彩を放つ。狭山池博物館は、駐車場からすぐに入ることも可能だが、遠まわりになっても、隣接するため池を見てから、計画されたアプローチをたどるのがいいだろう。屈曲しながら進むと、それまでは隠されていた大きな水庭が、突然、視界に飛び込む。しかも両側から滝のように水が落ちる。インパクトのある出会いが演出されているのだ。内部の空間も印象的である。なぜなら、北堤の断面など、巨大なスケールをもつ土木の展示物が、現代アート的なインスタレーションにも見えるからだ。これは常設の展示であり、変わることがない建築のアイデンティティになっている。そしてこれらを収める直方体のシンプルさが、外観の特徴を決定づける。秀逸なのは、内部の展示物のサイズ感が、そのまま外部のヴォリュームに反映されていること。竣工してもう20年近くたつが、古びない傑作である。
公式サイト:
近つ飛鳥博物館 http://www.chikatsu-asuka.jp/
狭山池博物館 http://www.sayamaikehaku.osakasayama.osaka.jp/_opsm/
2019/09/04(水)(五十嵐太郎)
横浜市寿町健康福祉交流センター
横浜市寿町健康福祉交流センター[神奈川県]
小泉雅生が設計した横浜市寿町健康福祉交流センターとその上にのる市営住宅のスカイハイツを見学した。これは労働者街として知られる寿町が高齢化するなかで、複雑な与件を解きほぐす複合施設であり、やはり、彼が得意とする実に複雑な建築だ。
ちょうど7月6日、門脇耕三+長谷川逸子「理論としての建築家の自邸」(gallery IHA)において、小泉自邸のアシタノイエがとりあげられ、そのクリティックとして筆者が参加し、再考する機会を得た直後だけに、住宅から公共建築まで、共通のデザイン手法を確認することになった。アシタノイエは、多くの要素を抱え込む設計であり、彼の探求するフィジックス・デザインや環境分析の先駆けとなった(設計作業を通じて、若手のメジロスタジオを育て、ここで暮らした子供2人が建築家になった家でもある)。筆者は15年前にこの住宅を見学したが、周辺の環境が大きく変わり、さらによい雰囲気になったようだ。
さて、横浜市寿町健康福祉交流センターの1階は、朝からラウンジが大勢の人で賑わい、すごく活用されている空間だった。その1階は、建て替え前からあった図書コーナーを継承したほか、多目的室、作業室、調理室を備えている。また2階は庇をもつ街の縁側を外周にめぐらせ、それぞれの部屋に直接アクセスできる公衆浴場、診療所、デイケア、健康コーディネイト室、協働スペースを配置する。
外観の特徴は、新築であるにもかかわらず、すでに年月を経て、増改築されたかのように、小割りにヴォリュームを分節し、素材も変えている。またシンボリックな空気塔のほか、塔状のヴォリュームが林立することも目を引く。そしてスカイハイツは、単身用だけでなく、家族も受け入れられるように多様なプランを用意し、実際、若い層が新しく引越しているという。したがって、高齢者と子供などの多世代が交流する可能性を秘めた建築になっている。
2019/08/08(木)(五十嵐太郎)