2021年10月15日号
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artscapeレビュー

上田義彦「Materia」

2012年03月15日号

会期:2012/02/10~2012/04/10

Gallery 916[東京都]

上田義彦が東京都港区海岸の倉庫の一角に、600m2という大きなギャラリーをオープンした。ニューヨークならいざ知らず、これだけの広さと天井の高さの美術館並みのスペースは、日本ではほとんど考えられない。維持するのは大変だろうが、新たな写真表現の発信源としての役割を果たすことが期待される。
そのこけら落しとして、新作20点が展示された。上田は1990年代にアメリカ西海岸の原生林を撮影した『QUINAULT』(京都書院、1993)を発表したことがある。震災直後に屋久島に入って撮影したという今回の「Materia」は、その延長線上の仕事と言えるだろう。だが、ICP(ニューヨーク)のキュレーター、クリストファー・フィリップスが展覧会のリーフレットによせた「森の生命」で指摘するように、前作とはかなり異なった印象を与える。「Materia」では「多くの写真家が技術的ミスと呼びたくなるようなものを、意図的に表現手段に転化」しており、これによって「絶えず変化し続け、予測不可能な、この森の生命のありようを視覚的に提示」しているのだ。たしかに、ブレやボケ、偶発的に画面に飛び込んでくる枝や葉、光と影の極端なコントラストなどによって、写真にダイナミズムが生じてきている。ただ、それが「絶えず変化し続け、予測不可能な」森の全体像を提示しきっているかというと、まだ不充分なのではないかという思いがぬぐい切れない。
先日、ホンマタカシの「その森の子供」展(blind gallery)の関連企画として開催された千葉県立中央博物館の菌学者、吹春俊光とのトークで、吹春が教えてくれた「赤の女王の仮説」というのが頭に残っている。ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』で赤の女王が言う「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」という言葉から来ているもので、原生林のような場所ではあらゆる生命体が全速力で走り続け、生命の維持と更新の活動を展開しているというのだ。上田の作品には、このひしめき、うごめいている生命の速度感があまり感じられない。意欲作だが、さらに次の展開が見たい気がする。

2012/02/10(金)(飯沢耕太郎)

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