artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

劉敏史「-270.42℃, My Cold Field」

会期:2011/05/28~2011/06/25

AKAAKA Gallery[東京都]

劉敏史(You Minsa)は、2005年にビジュアルアーツフォトアワードを受賞した作品を、翌06年に写真集『果実』(ビジュアルアーツ)として刊行した。エチオピア南部のハマルの人々を撮影した端正なポートレートは、彼の高度な思考力と美意識をよく示す作品だったと思う。ただ、あまりにも隙なく完成され過ぎていて、このままだと袋小路に突き当たるのではないかという危惧もまた感じていた。今回AKAAKA Galleryで展示された新作「-270.42℃, My Cold Field」を見ると、彼が新たな領域に進むことでその危機をうまく脱したことがわかる。以前の作品を知るものにとっては、意外な選択に見えるかもしれないが、これはこれで常に絶対的な他者、あるいは外部の世界に向き合おうとする劉の志向性がよくあらわれた作品といえるのではないだろうか。
テーマになっているのは、つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)の施設の内部。素粒子物理学の最先端の施設で、僕はこの方面はまったく門外漢なので正直よくわからないのだが、宇宙創成のビッグ・バンの時に生成された「反物質」を人工的につくり出すという研究を進めているらしい。金属製の機器に無数のコードの束が複雑に絡みあっているさまは、あたかも人間の血管や神経組織の解剖図を見るような生々しさを感じる。産業用ロボットが意識を持つようになり、他の機械類と結合して増殖していく楳図かずおの傑作『わたしは真悟』(1982~86)を思い出したのだが、サイエンスの最先端とアニミズム的な空間はどこかでつながっているのかもしれない。最初は4×5の大判フィルムで撮影していたのだが、それでもまだ情報量が足りないので中判カメラ用のフェーズワンのデジタルバックに変えたのだという。輪郭線がキリキリと立ち上がってくるようなメタリックな色味のプリントも、よくコントロールされていて、見事な出来栄えだ。

2011/06/17(金)(飯沢耕太郎)

ジパング展

会期:2011/06/01~2011/06/20

日本橋高島屋 8階ホール[東京都]

東京のミヅマアートギャラリーの三潴末雄がキュレイションを、京都のイムラアートギャラリーの井村優三がプロデュースを手がけたグループ展。両ギャラリー所属のアーティストを中心に31人による作品が一挙に展示された。会田誠や鴻池朋子、三瀬夏之介、山口晃といった、いわゆる「エース級」の美術家による作品が続く前半は、旧作が大半だったとはいえ、さすがに力量のある作品ばかりで、たしかに見応えがある。ただその反面、比較的若いアーティストをまとめた後半になると、とたんに尻すぼみになってしまい、落胆させられた。その要因は一人ひとりの美術家の力量不足にあるというより、むしろ作品の選定と空間の使い方にある気がした。「もっとよい作品があるのに、なぜこれなのか?」と思わずにはいられない絵画を壁面に並べただけの構成がきわめて単調だったからだ。空間の条件に違いがあるとはいえ、展示の構成に限っていえば、ほぼ同時期に東京は青山のスパイラルで催された「手錬~巧術其之貳」展のほうがすぐれていたように思う。「手錬」展と本展に共通している点があるとすれば、それはギャラリストが中心となって文化的アイデンティティを対外的にアピールしようとする戦略性。前者は超絶技巧系の現代アートによって、後者は「黄金の国」という他者からの呼称をわざわざ自称することによって、危機に瀕した自己同一性を再起動させようとしているわけだ。そこにさまざまな必要とメリットがあることは否定しない。しかし、たとえば本展ですでに金箔を貼りつけた作品がやたらと目についたように、表現上の類型化や脆弱さをもたらしかねないことも指摘しておかなければならない。

2011/06/17(金)(福住廉)

石川美奈子 展 LINE_blue

会期:2011/05/14~2011/06/19

GALLERY HIRAWATA[神奈川県]

岩手県出身の石川美奈子による個展。幅2.4メートル、長さ10メートルにも及ぶ白いロールキャンバスに青いアクリルで水平線を一本ずつ延々と描き続けた作品などを発表した。大半を腰の高さの台の上に寝かせているが、一部を壁にかけるほど、長大な絵の迫力が凄まじい。しかも青の色合いを一本ごとに微妙に変えているため、全体として見れば大きな青空を見上げたような鮮やかなグラデーションが楽しめる。内側に向かう粘り強い執着心によって、抜けるような解放感を生み出す逆説が石川の絵画の魅力だ。

2011/06/17(金)(福住廉)

ジパング展

会期:2011/06/01~2011/06/20

日本橋高島屋8階ホール[東京都]

会田誠、青山悟、池田学、風間サチコ、森淳一、山口晃……個々の作品は文句なくすばらしいのだけど、こうして「ジパング」の名の下にくくられてしまうとなんか違うような気がする。それぞれの作品はアナーキーなダイナミズムを抱えているのに、それがひとつの政治的な方向に収斂し、矮小化されてしまう危惧を覚えるのだ。そのことも含めて十分に挑発的な企画展であったことはたしかだが。

2011/06/16(木)(村田真)

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特集展示:石田尚志

会期:2011/06/11~2011/01002

東京都現代美術館常設展示室1F[東京都]

絵画は描かれた結果がすべてであり、描く過程は見ることができない。いや、アトリエで見学することはできるが、描く過程を作品として残すことはできない。石田はそれを映像を使って作品化しているユニークなアーティストだ。たとえば、アトリエの壁に窓からの光が射すと、その陰の部分に色を塗っていく。光は徐々に傾いていくので、塗る部分も少しずつ変わっていくという作品。あるいは、細長い紙に数本の筆でアラベスクのような線を引いていき、それをコマ撮りで撮影する。それを早回しで再生すると、線が植物のようにビュンビュン伸びていく……。絵画に内在する時間性をこれほどあからさまに露呈させたアーティストは珍しい。今回は石田の初期の油絵も展示されていて興味深い。それにしても、常設展示室なのに企画展顔負けの扱いはなんだろう。名和展ほどではないものの1階の半分以上のスペースを使っているし、会期は名和展より長いくらいだ。いやおおいにけっこうなことだが。

2011/06/16(木)(村田真)

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