artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
下平千夏─implosion point─

会期:2010/12/04~2010/12/25
INAXギャラリー[東京都]
緊張と弛緩。人間の身体がこの相反する二つの運動によって駆動しているように、下平の作品には運動の基本的な原型が垣間見える。大量の輪ゴムを連結した線を一本により集め、一方をきつく縛り上げる反面、もう一方を放射状に拡散させて空間の隅々で固定する。すると、線であることを失念するほど硬化したゴムの塊がおそるべき内向的な求心力を連想させるのたいし、四方八方に飛び散る無数の線が爆発的な外向性を体感させるのである。空間を両極に引き裂く力の狭間に私たちを追い込むところに、下平の作品の魅力がある。
2010/12/09(木)(福住廉)
大正イマジュリィの世界──デザインとイラストレーションのモダーンズ

会期:2010/11/30~2011/01/23
渋谷区立松濤美術館[東京都]
「イマジュリィ」とは、フランス語で図像、画像のこと。大正期、印刷技術の進歩と普及によって、書籍や雑誌、広告などの複製メディアを舞台に多様な視覚イメージが社会に溢れ出る。アール・ヌーボーやアール・デコといった海外からの様式を取り入れつつ、同時代の文学、文化、社会運動などを反映し、それらがまたこの時代特有の表現の多様性へと結びつく。新しいメディアで活躍したのは、当初日本画や洋画の画家たちであったが、やがてそのような場を専門とする画家、挿画家が現われてくる。この時代の文化は「大正ロマン」「大正モダン」とも呼ばれるが、「大正イマジュリィ」はそのなかでも特に複製技術を前提とした視覚表現を括る概念のようだ。2004年に大正イマジュリィ学会が設立されており、本展は学会の研究活動の一環と位置づけてよいのだろう。図録に収録されている対談に依れば、イマジュリィという言葉は島本浣氏(京都精華大学教授・大正イマジュリィ学会会長)の発案によるものだそうだ。
「大正イマジュリィ」は、基本的には時代区分と発表の場=複製メディアによって規定される。それゆえ、包摂される画家も作品の様式も多種多様である。本展ではそれを「画家」と「意匠」の二つの切り口から紹介している。
第一部「大正イマジュリィの13人」(地階会場)では、雑誌『白樺』の芸術感をキーに、13人の画家──藤島武二、杉浦非水、橋口五葉、坂本繁二郎、竹久夢二、富本憲吉、高畠華宵、広川松五郎、岸田劉生、橘小夢、古賀春江、小林かいち、蕗谷虹児──が取り上げられている。橘小夢(たちばな・さゆめ)は名前も作品も初見。《水魔》と題された、河童に取り憑かれ水底へと引き込まれてゆく女性像は幻想的かつ官能的。多くの人が足を止めていた。ぜひまとまって作品を見る機会が欲しい。
第二部「さまざまな意匠(イマジュリィ)」(二階会場)は、描かれたモチーフをキーに多様な画家たちの作品を取り上げている。ここでも目を引いたのは、「怪奇美のイマジュリィ」のコーナー。谷崎潤一郎の小説に添えられた水島爾保布による人魚像が美しい。そういえば、第一部にも高畠華宵による人魚像が展示されていた。怪奇小説、探偵小説の流行がこのような挿画を必要としていたことがよくわかる。
図録は一般書籍として刊行されており、書店でも購入可能(山田俊幸監修『大正イマジュリィの世界──デザインとイラストレーションのモダーンズ』、ピエ・ブックス、2010)。[新川徳彦]
2010/12/08(水)(SYNK)
伊東宣明 回想の遺体

会期:2010/12/07~2010/12/12
立体ギャラリー射手座[京都府]
髪の毛や尿など、自らの身体の一部を用いた作品を制作したり、祖母の死をテーマにした映像作品、同じ場所を異なる時代に描いた絵ハガキを並置する作品などを通して、人間の認識や自己の境界線を探る作品を発表してきた伊東宣明。彼は大学卒業後に葬儀会社に就職し、退職するまでの約1年半の間に多くの“死”と接してきた。本展では、その体験を元にした新作を発表している。会場の床一面には、アンプ、スピーカー、コードが配置されていて、スピーカーからは伊東がメモを読む声が聞こえてくる。メモの内容は、彼が出会った遺体の状態をしたためた文面だ。具体的な内容を聞き取りたいのだが、複数の声が同時に聞こえるので、個々の文章を聞き取るのは至難に近い。それでも断片的な単語は聞こえるので、徐々に自分が不穏な空気の真っただ中にいるような気分になってくる。不穏とは、それ自体が実在するのではなく、人の心がつくり上げる一種の幻影である。それは死の恐怖についても同様だろう。伊東の新作は、そうした感情がどのようにして形成されるのかを明らかにしたものと言える。
2010/12/07(火)(小吹隆文)
大洲大作写真展「光のシークエンス」

会期:2010/12/06~2010/12/18
大阪成蹊大学芸術学部 総合教育研究支援センター ギャラリー〈space B〉[京都府]
横浜市在住で、近年はベルリンで発表している大洲大作の写真展。はじめて作品を目にした。移動する電車の窓に流れていく景色や、穏やかに変化する海辺の光景。一瞬の光を美しい構図でとらえた写真はこれまで他にも見たことがあるが、ただ奇麗にまとまるというだけで終わらず、大洲の視線や感情の推移がともに重なって写り込んでいるように思える。光をとらえようとレンズ一点に集中するのでも、そのような光景の瞬間を待ち構えるでもなく、まるで流星を見たときの喜びのような雲散霧消の余韻が心地よい展覧会であった。
2010/12/06(月)(酒井千穂)
ヤマザキマザック美術館所蔵作品展

会期:2010/04/23
ヤマザキマザック美術館[愛知県]
2010年4月にオープンした、精密機械の会社のコレクションを展示する施設。日建設計が手がけたスマートなオフィスビル(2010)の4階と5階が美術館になっているが、エレベータを降りて、いきなり視界に入る、アンチ・ホワイトキューブの空間に驚かされた。作品は18世紀のロココから始まり、19世紀のフランス絵画がメインだが、いわゆるヨーロッパ宮殿風の内装である。なるほど、ヤマザキマザックの社長が海外出張のときに見学していた西洋美術は、宮殿に展示されていることが多い。そうした箱の記憶も再現したのだろう。お台場のヴィーナス・フォートと同様、現代的な外観のビルと、ヨーロッパ的なインテリアという分裂症的なデザインの対比が著しい。個人的には、4階の1900年前後の装飾芸術、すなわちアールヌーボーの家具、エミール・ガレの工芸などが楽しめた。とくに前者は家具から食器まで、当時の部屋をまるごと再現している。ともあれ、こういうコレクションがいきなり公開されることに、愛知がもつ底力を感じた。
2010/12/05(日)(五十嵐太郎)


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