artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

吉村芳生 展──とがった鉛筆で日々をうつしつづける私

会期:2010/10/27~2010/12/12

山口県立美術館[山口県]

吉村芳生が大勝利を収めた。彼が現在制作の拠点としている山口県で催した大規模な個展は、70年代より継続しているこれまでの制作活動を振り返ると同時に、最新作によってこれからの展望も予感させる、すぐれて充実した展観だった。「六本木クロッシング2007」で大きな衝撃を与えたように、吉村芳生といえば、フェンスの網の目や自分の顔、新聞紙など、自分の眼に映る、きわめて凡庸な日常を、鉛筆や色鉛筆など、これまた凡庸な画材によって、ただ忠実に描き写す作風で知られているが、今回の個展では、その愚直な写生画の数々が披露されたのはもちろん、最新作ではその方向性が以前にも増して極限化していた。河原の草花を描いた《未知なる世界からの視点》は、横幅が10メートルにも及ぶ大作。草の緑と花の黄色が鮮やかな対比を構成しているが、川面に映るその光景も描き出しているので、上下で分けられたシンメトリックな構図が実像と虚像の関係を強調していた。ただし、注意深く見てみると、川面に見えたのは実像で、実像に見えたのは虚像であることに気づかされる。つまり吉村はこの作品を上下を反転させて展示していたのだった。吉村が、そして私たちが見ているのは、実像なのか、それともその反映にすぎない虚像なのか。そもそも双方はどのように峻別できるのか、実像が虚像でない根拠はどこにあるのか、すなわち私たちは何を見ているのか。吉村芳生の視線は、事物を眼に見えるままに描き出す写生画の方法論を踏襲しながらも、それよりもはるかに深いところに到達している。それを大勝利と呼ばずして、何と呼ぶというのか。

2010/12/11(土)(福住廉)

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マンガ・ミーツ・ルーヴル

会期:2010/12/06~2010/12/17

BankART Studio NYK[神奈川県]

ルーヴル美術館をテーマにしたマンガ(フランスでは「バンド・デシネ」と呼ぶらしい)の原画展。出品は5人で、日本でも『氷河期』として訳本が出ているニコラ・ド・クレシーや荒木飛呂彦も含まれている。驚くのは、ルーヴル美術館みずからが出版社とともにこれを企画したこと。それだけフランスではマンガの地位が高いのだ。日本ではこうはいくまい。というか、逆に日本の美術館は動員数を稼ぐためにマンガの力を借りているくらいだ。美術館がマンガを力づけるフランスと、美術館がマンガに助けられる日本という構図。この展覧会も2週間たらずの会期なのにBankART始まって以来の記録的な動員だったという。

2010/12/11(土)(村田真)

フジタマ×山西愛 展「みんなひっかかる」

会期:2010/12/10~2010/12/26

アトリエとも[京都府]

知的障害や精神的障害をもつ若者の自立支援施設である「アトリエとも」のギャラリーで、人々がつながるためのきっかけづくりをテーマに開催してきた「スコップ・プロジェクト」第5回目の展覧会。これまでの開催のなかでも今展は娯楽的な要素が大きく、多くの人が関わりやすく親しみやすい雰囲気に仕上がった。展示はすごろくをモチーフにしてフジタマ、山西愛の二人がそれぞれに制作した作品がメインだったが、フジタマは他にも、本物のイカやシジミ、スポンジの人形、神社をモチーフにした作品もインスタレーション。〈タタリちゃん〉など、へんてこなキャラクターの数々と極彩色で彩られた会場がいっそう怪しげで楽しい(?)雰囲気をつくっていた。年末にはふたりの作家によるワークショップ「すごろくチャンピオンシップ」も開催されたが、なかには、以前の展覧会を見てこの企画を知り、はるばる三重県から足を運んだという参加者もいた。黒板の壁面でコマを動かす山西愛のマグネットのすごろくは特に、歓声が起こったり興奮の声があがって良い雰囲気の盛り上がりを見せた。さまざまな課題や問題も見えてきたが、このプロジェクトの成果が目に見える機会となった愉快な展覧会だった。

2010/12/10(金)(酒井千穂)

絵の彼方「川北ゆう/山本彩香」

会期:2010/12/01~2010/12/11

京都精華大学 ギャラリーフロール[京都府]

油絵の具や水性のインクと水を用い、揺れ動いた線の痕跡による作品を展開している川北ゆうと、意図とは無関係に現実を曝しだす写真の特性(とその違和感)に惹かれて制作を行なっているという山本彩香の二人展。川北の平面作品と山本のエストニアで撮影された写真、まったく表現方法は異なるふたりだが、どちらにも透き通った空気感や湧き水のような清涼感が感じられる。といっても、移りゆく時間や、生々しい身体と皮膚の感触を連想させるそれらの画面の緊張感は、感情の動きをも示すような色のリズムをともなっているためか、冷たく固い印象はあまりない。感覚や自然現象のなりゆきにまかせる無作為と作為の間を漂うような制作法で、不安定な要素を多く持つ川北の作品と、不自然という違和感で被写体の美しさをあぶり出すように表現する山本の写真のマッチングは実に繊細な織物の模様のように深遠な味わいがあるものだった。今後の活動がまた楽しみだ。

2010/12/10(金)(酒井千穂)

小勝負恵 展 [Blind house]

会期:2010/12/07~2010/12/26

Yoshimi Arts[大阪府]

古から絵画は窓の比喩として認識されてきたが、こんな絵画を見たのは初めてだ。小勝負の作品は、ご覧のとおり窓の形をしている。しかもその窓は開閉可能で、キャンバスと窓の両方にイメージが描かれているため、閉じた時と開いた時で絵の意味合いがガラリと変わる。例えば、窓を閉じている時は父と娘の食事風景だったのが、窓を開けると娘一人の寂しい食卓になるという具合だ。また、リストカットなど青少年の悩みを主題にした作品があるのは、教職に就く彼女の実体験に由来する。まだ展覧会経験はわずかだが、誰もが共感できる“物語性”という武器を持つだけに、今後、脚光を浴びる可能性が高いと見た。

2010/12/09(木)(小吹隆文)