2019年07月01日号
次回7月16日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

戦後の浪華写真倶楽部──津田洋甫 関岡昭介 酒井平八郎をめぐって

会期:2019/03/02~2019/03/24

MEM[東京都]

浪華写真倶楽部は1904(明治37)年、日本で最初に設立されたアマチュア写真家団体のひとつで、戦前は安井仲治、小石清、福森白洋らを擁して関西「新興写真」の拠点として輝かしい足跡を残した。戦中には一時低迷するが、戦後すぐに活動を再開する。今回のMEMでの展覧会には1948年に同倶楽部に入会した津田洋甫(1923~2014)、関岡昭介(1928~2016)、58年入会の酒井平八郎(1930~)の1950~60年代の作品から、全22点が出品されていた。

このところ、1950年代の写真に着目した展示が続いているが、それはこの時代の写真家たちの営みが、一枚岩ではない多様性を備えていることが少しずつ見えてきたためだろう。「リアリズム写真」と「主観主義写真」の並立というのが、この時代に対する基本的な見方だったのだが、本展などをみると、両者に単純に帰することのできない写真表現が、さまざまな場所で芽生えつつあったことがわかる。津田、関岡、酒井の写真がまさにそうで、社会的な事象、事物にストレートに目を向けた写真と、造形的、技法的な実験を試みた写真とが混じり合っている。関岡の《黒い山》、酒井の《ハトバの印象》、津田の《雨煙の中》などに写り込んでいるのは、まぎれもなく、まだあちこちに戦争の傷口が顔を覗かせているようなこの時代のざらついた空気感だ。

そう考えると、いま必要なのは「リアリズム写真」と「主観主義写真」、あるいはプロフェッショナルとアマチュア写真といった枠組をいったん解体して、そこから浮かび上がってくる「50年代写真」の総体を見極めることではないだろうか。それはまた、新たな角度から写真の「戦後」を問い直す試みの端緒になるのではないかと思う。

2019/03/10(日)(飯沢耕太郎)

ART in PARK HOTEL TOKYO 2019

会期:2019/03/09~2019/03/10

パークホテル東京[東京都]

この時期は「アートフェア東京」に合わせて、秋葉原の3331 Arts Chiyodaと汐留のパークホテル東京でもアートフェアが開かれている。パークホテルのほうは見たっつーか、今年のテーマ「1980年代」に合わせて「バック・トゥー・ザ・80年代美術」というレクチャーをやらせてもらったんで、ついでにのぞいたって感じ。その分3331のほうを見る時間がなくなってしまった。ホテルでのアートフェアというと、10年くらい前に東京でもやっていたけどいつのまにかなくなってしまったが、関西では続いていて、このアートフェアも事務局はART 
OSAKA(一般社団法人日本現代美術振興協会)がやっている。

ホテルのアートフェアのおもしろいところは、ギャラリーがそれぞれ客室を借りて、壁だけでなくベッドの上やテーブル、窓、床、シャワールームにまで作品を展示すること。ホテル側としてはたくさんの人に客室を見てもらえるし、客側はブースでの展示より生活空間に近い空間での展示なので身近に感じられ、ギャラリー側としては期間中その部屋に泊まればいいわけだから一石三鳥、とはいかないまでもメリットは少なくない。今回は42軒のギャラリーが参加したが、東京からは15軒だけで、あとは関西、中京、台湾、韓国などとなっている。

2019/03/10(日)(村田真)

アートフェア東京2019

会期:2019/03/07~2019/03/10

東京国際フォーラム[東京都]

2005年に始まり、今年14回目を迎えたアートフェア。あれ? 数えてみると15回目でね? と考えた人は注意深いけど素人。アートフェア東京は1992年に横浜でスタートしたNICAF(日本国際コンテンポラリーアートフェア)を前身とするが、始まったのがバブル崩壊直後で徐々に出展数が減り続けたため、1995年から隔年開催となり、東京に移って「アートフェア東京」に一新してからも隔年開催は受け継がれることになった。そのため2006年は開催しなかったが、2007年に海外のアートバブルのあおりで売り上げが急増したため、3回目には再び毎年開催に戻したというわけ(ところが直後にリーマンショックが起こり、再び低迷を余儀なくされた)。

今年は国内外29都市から160軒のギャラリーが出展。驚いたのは、入場料がなんと5,000円もすること。いつの間にこんなに高騰したんだ(ちなみに昨年は3,500円)。
いくらなんでもこれから作品を買ってもらおうという人に、5,000円も払わせるか(ぼくはプレスパスで入ったので文句をいえる立場ではないが)。今年の入場者数は60,717人。昨年の60,026人をわずかに上回ったが、これを増加と喜ぶべきか伸び悩みと見るべきかビミョーなところ。その前年も57,800人だったので、この6万人前後という数字が日本のアートピーポーの総数ということになる。入場料5,000円でも6万人が訪れるのだから裕福になったものだ。ちなみに売り上げは29億7,000万円で、これも昨年の29億2,000万円より微増。これもビミョーだなあ。

会場で目についたのは、岡本太郎や山口長男、猪熊弦一郎、熊谷守一といった日本近代または昭和の洋画家の作品だ。そんなに数が多いわけでもないが、こうしたアートフェアでは珍しいのでつい気になってしまった。ひょっとしたら具体やもの派が再評価されているので、その前の「近代洋画」を対外的に売り出そうという魂胆か?

2019/03/09(土)(村田真)

田沼武能「東京わが残像 1948-1964」

会期:2019/02/09~2019/04/14

世田谷美術館[東京都]

展覧会の会期中に90歳になるという田沼武能は、現役最長老の写真家のひとり。今回の世田谷美術館での回顧展には、彼が写真家として出発した1940年代から60年代にかけて東京を撮影した写真180点を出品している。ほかに、柳田國男から福田繁雄まで、世田谷在住の文化人24人を撮影したポートレートも特別展示されていた。

1949年から木村伊兵衛の助手を務めた田沼の基本的なスタイルは、師匠譲りの、被写体を取り巻く空気感を丸ごと写し込むスナップショットである。それらを見ながら、あらためて写真の細部を「読む」ことの面白さを感じた。例えば、展覧会のポスターやチラシにも使われた《路地裏の縁台将棋》(1958)には、将棋に夢中になっている男の子たちとそれを見守る女の子をはじめとして、じつに多くの人、モノが写り込んでいる。花火を楽しむ浴衣姿の子供たちもいるし、その奥には戸口に入ろうとする女性の姿も見える。洗濯物、流しと洗面器、桶、三輪車などのモノたちもそれぞれ自己主張している。さらに濡れた地面の湿り気の感触が、いかにも下町の路地裏らしい雰囲気を醸し出す。それらすべてが一体化して、1950年代の東京の「残像」がまざまざとよみがえってくるのだ。

このような「読む」ことのできるスナップショットは、当時のフォト・ジャーナリズムの要請によって成立したものであり、その後、より個人的、主観的な解釈が強まるにつれて、あまり撮影されなくなっていく。だが、60年の時の隔たりを通過すると、それらがじつに味わい深い「微妙な含みをもつ暮らしの匂い」(酒井忠康)を発しはじめていることがわかる。ひるがえって、2010年代の現在の東京もまた、田沼や木村伊兵衛のように撮っておくべきではないだろうか。写真は画像に写し込まれた匂いや手触りや空気感を介して、過去と現在と未来とをつなぐ役目を果たすことができるからだ。

2019/03/08(金)(飯沢耕太郎)

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薄井一議「Showa96」

会期:2019/03/08~2019/03/30

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

ZEN FOTO GALLERYで開催されてきた薄井一議の「Showa」シリーズは、「Showa88/昭和88年」(2011)、「Showa92」(2015)に続いて今回が3回目になる。ちょうど平成の最後の時期の開催というのも感慨深いものがあるし、シリーズとしても今回で完結ということのようだ。

展覧会に寄せたコメントで、薄井はこう書いている。

「“昭和”が付くからと言って、別だんノスタルジーを追い求めている訳では全くない。僕は、この言葉を“生き抜く力”の象徴と考える。昭和がまだ別の時空で続いていたらどんな世界か、そんなファンタジーを追い求め、平成の終わりに第三弾が完成した」

「Showa」を「“生き抜く力”の象徴」と見る捉え方は、とても面白い。たしかに30年余り続いた平成時代は、日本人の生のエネルギーが、根こそぎ奪われていった時期に思えるからだ。薄井はそんな「Showa」を呼び起こすために、さまざまな場所に足を運び、奇妙な人物たちとの出会いを写真におさめていく。時にはその場所から何か特異な気配を感じ取り、演劇的な要素を取り入れてストーリー仕立てで展開したりもする。今回展示された写真でいえば、東京・大森の旧金子國義邸が取り壊される前に、ヌードや芸妓の格好をした女性を配して撮影した写真がそうである。2016年に日本青年館が閉鎖される前日に、わざわざ宿泊して撮影したという写真も興味深い。開いた窓からは、工事が始まったばかりの国立競技場の建築現場が見える。

薄井が「Showa」シリーズで積み上げてきた写真群は、ZEN FOTO GALLERY刊行の3冊の写真集にまとまり、かなりの厚みを持ち始めている。ぜひ、それらを、大きな会場で一度に見ることができる機会をつくってほしい。それとともに、薄井がこのシリーズの次にどんな展開を考えているのかも楽しみだ。

2019/03/08(金)(飯沢耕太郎)

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