2020年10月15日号
次回11月2日更新予定

artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

京都市京セラ美術館

京都市京セラ美術館[京都府]

美術館オープンの延期が続いている、青木淳+西澤徹夫による《京都市京セラ美術館》を取材ということで訪問した。1933年に開館した元の《京都市美術館本館》をリスペクトし、外観はほとんど変更がない。地下を掘り下げ、スロープ状の広場を下っていくと、カーブを描く「ガラスリボン」の壁が見え、新しいエントランスが旧玄関の下にある。ここを抜けて階段を上がると、2015年のパラソフィアでは蔡國強のインスタレーションが設置されていた中央ホールの大空間だ。ここで新しく加えられたのは、螺旋階段、エレベータ、バルコニーなど、わずかな移動装置である。



《京セラ美術館》の外観。カーテンがかかったガラスリボンが見える


中央ホールの螺旋階段

また中央ホールからは、南北の展示室、あるいは東側の日本庭園に向かうことができる。現在、「杉本博司 瑠璃の浄土」展に合わせ、彼が手がけたガラスの茶室が庭に設置されているが、日本庭園へのアクセスが格段によくなった。また非公開だった2つの中庭は、それぞれガラスの屋根をかけた北側の「光の広間」と、屋外空間のままとした南側の「天の中庭」として生まれ変わった。完全に新しく付加されたのは、奥の大きな東山キューブと、左手前のザ・トライアングルである。なお、東山キューブの屋上は、東山や庭を望むテラスとなっている。将来、ツーリストが京都に戻れば、大いに賑わう場所になるだろう。



「杉本博司 瑠璃の浄土」展の様子


ガラスの茶室


光の広間


ザ・トライアングル


屋上テラス

さて、建築を見学すると、どうしてもすでに設営された展覧会も目に入るのだが、なんともやりきれないのが、一般に公開されず、来場者を迎えることなく終わる企画だった。現在、日本だけでなく、世界中でこうした扉が開かれなかった展覧会が存在するだろう。だが、とりわけ、それが開館という大きなイヴェントに重なると、館の思いを伝える重要な機会が喪失されてしまう。


筆者が訪れた時点では、オープニングに合わせて企画されていた「最初の一歩:コレクションの原点」展が、これに当たる。同企画は、1935年の「本館所蔵品陳列」を再現したものだが、建築的に注目すべきは、1930年のコンペ時の図面も紹介されていたこと。また南回廊2階の大空間では、「STEAM THINKING―未来を創るアート 京都からの挑戦」展(八木良太、林勇気らが参加)を撤去している最中だった。光を精密にコントロールした杉本博司展の会期が終わる前に、なんとかここが開館を迎えることを期待したい。



「最初の一歩:コレクションの原点」展、展示風景


「STEAM THINKING 」展、展示風景

2020/04/05(日)(五十嵐太郎)

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甲斐啓二郎『骨の髄』

発行所:新宿書房

発行日:2020年3月20日

写真家が写真を撮り始めるきっかけは大事なことだが、それが写真の出来栄えにそのまま反映するわけではない。むしろ実際に撮影してみてわかったこと、そんな「気づき」をどのように取り込んでいくのか、元あったプランをどれだけ大胆に変更していくことができるかが重要になる。

元々、ラグビーやサッカーなどスポーツ競技を中心に撮影していた甲斐啓二郎は、フットボールの歴史を記した本で、毎年2月の「Shrove Tuesday(告解の火曜日)」に、イングランド・ダービーシャー州のアッシュボーンでおこなわれる、「Shrovetide Football」と呼ばれる行事に興味を抱く。フットボールの原型とされるこの行事では、町の真ん中を流れるヘンモア川の両岸の住民たちが、1個のボールをゴールまで運ぶことを競い合う。「教会に入らない」、「人を殺さない」ということ以外には一切のルールがないこの競技を、甲斐はほとんど予備知識なしに撮影したのだが、できあがってきた写真は予想を超えたものだった。そこには、肝心のボールはほとんど見えず、男たちが揉み合い、ぶつかり合い、密集し、駆け回っているその姿だけが写っていたのだ。つまりスポーツ写真としては完全に失敗だったわけだが、甲斐は大きな手応えを感じた。その「気づき」から、スポーツ、あるいは宗教行事の原型というべき世界各地の「祭事」を追うプロジェクトが開始されることになる。

甲斐が「Shrove Tuesday」に続いて撮影したのは、「骨の髄」(秋田県美郷町の「竹打ち」の祭事)、「手負いの熊」(長野県野沢温泉村でおこなわれる、厄年の25歳の男衆が守る社殿に松明で火を付ける「火付け」の祭事)、「Opens and Stands Up」(ジョージア西部、シュフティのShrovetide Footballによく似たボールを奪い合う行事)、「Charanga」(南米・ボリビアのマチャでおこなわれる、男たちが素手で殴り合う「Tinku(出会い)」の行事)である。これらのイヴェントの写真は、すべて「Shrove Tuesday」と同じやり方で撮影され、本書『骨の髄』に収録された。それらを見ると、甲斐が撮影したかったのが、祭りそのものではなく、むしろそこに写り込んでいない「何ものか」だったことが見えてくる。彼が写真集の「あとがき」で「『祭事』を『自然』もしくは『神』と置き換えて、『向かってくるもの』と考えると、『格闘の祭事』は『自然の猛威』とみることも出来る」と書いているのは、そのことを言おうとしているのではないだろうか。「見えないボール」は「見えない神」のメタファーとして捉えることもできそうだ。

なお、本書の刊行に合わせて、同名の写真展が銀座ニコンサロンで開催される予定だったが、新型コロナウイルス感染症の広がりの影響で中止された。4月はじめの段階で、ほとんどの美術館、ギャラリーは休業を余儀なくされている。苦難の時期を乗り越えて、早く展覧会が自由に開催できるような状況になることを願いたい。

関連レビュー

甲斐啓二郎「Opens and Stands Up」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年06月15日号)

甲斐啓二郎「手負いの熊」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年11月15日号)

甲斐啓二郎「骨の髄」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2015年11月15日号)

甲斐啓二郎「Shrove Tuesday」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2013年10月15日号)

2020/04/03(金)(飯沢耕太郎)

王子直紀「吐噶喇・川崎」

会期:2020/03/29~2020/04/03

photographers’ gallery[東京都]

東京・新宿のphotographers’ galleryは、2001年に創設された。その立ち上げのメンバーのひとりである王子直紀は、同ギャラリーで「川崎」シリーズを発表し続けてきた。だが、このところ個展の開催が途絶えていて、本展は約6年ぶりの開催になるという。彼はその中断のあいだに、もうひとつのシリーズ「吐噶喇」を撮りためていた。今回は、この二つのシリーズを同時に見せることによって、写真家として次のステップに踏み込んだのではないかと思う。

「川崎」はモノクローム、「吐噶喇」はカラーで撮影されていることもあり、すべて縦位置という共通性はあるものの、両シリーズの印象はかなり違う。「川崎」のほうが風景を断片として切り取る意識が強く、被写体を突き放し、弾き出していくような視線の運動を感じる。それに対して「吐噶喇」はより求心的で、被写体との親和性が感じられ、南島の熱、匂い、湿り気などが伝わってくる。このような二つの対照的な場所を選び、微妙に撮り方を変えることで、明らかに王子の視点に厚みと奥行きが加わった。次は、両シリーズを単純に並置するのではなく、そのあいだをつなぐ構造を設定していくことが必要になるのではないだろうか。それがきちんとかたちをとっていけば、独自の「日本列島」の像が見えてくるのではないかという予感がある。

なお、展示に合わせて、それぞれ32ページのA5判変形の小冊子『吐噶喇1』(KULA)、『川崎1』(同)が刊行された。

関連レビュー

王子直紀「KAWASAKI」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2011年03月15日号)

王子直紀「牛島」/「外房」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年08月15日号)

2020/04/02(木)(飯沢耕太郎)

東海道 西野壮平 展

会期:2020/04/01~2020/04/07

日本橋三越本店 本館6階 コンテンポラリーギャラリー[東京都]

西野壮平は、さまざまな場所に足を運んで撮影した大量の写真を、切り貼りしてモザイク状にコラージュし、風景を再構築する作品を制作し続けている。その彼の新作は、2017年の冬に、東京から京都までの「東海道」約492キロを、1カ月かけて徒歩で旅して撮影した写真で構成されていた。西野は写真家として本格的にデビューする前の2004年に、故郷の兵庫県から東京まで歩いたことがある。今回の「東海道」はそのルートを逆に辿るもので、彼にとっては写真家としての原点を確認するという意味を持つものだったのではないだろうか。

彼が最終的に発表の形態として選んだのは、約4万カットからセレクトしてコラージュしたというオリジナル写真作品を、カラー・コロタイプ(制作:便利堂)で印刷・複製し、全長34メートルという巻物状にして見せることだった。そのほかに、壁面には部分的に切り取った19点のフレーム入り作品も展示されていた。

これは、西野の作品を見るときにいつも感じることだが、細部に目を凝らせば凝らすほど、さまざまな場面がひしめくように錯綜し、迷宮を彷徨っているような気分になってくる。そこに写っているのは、たしかにリアルで日常的な光景の集積なのだが、全体として見ると、魔術的としか言いようのない非現実感が生じてくるのだ。特に今回は、歌川広重の「東海道五十三次」以来、日本人のイメージ回路に刷り込まれている「東海道」がテーマなので、よりその現実感と非現実感の落差が大きいように思えた。カラー・コロタイプの、水彩画のような色味、画質も、うまくはまっていた。これまでの彼の作品は、囲い込まれた都市空間を被写体とすることが多かったのだが、今後はある地点からある地点までの移動のプロセスが、より重要な意味を持ってくるのではないだろうか。

関連レビュー

西野壮平「Action Drawing: Diorama Maps and New Work」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年01月15日号)

西野壮平「Action Drawing: Diorama Maps and New Work」|村田真:artscapeレビュー(2016年01月15日号)

2020/04/02(木)(飯沢耕太郎)

岩崎育英文化財団 岩崎美術館

鹿児島中央駅から1時間半、指宿駅に到着し、そこからタクシーで約5分。いわさきホテルの敷地内に槇文彦が設計した《岩崎美術館》がある。筆者が大学三年生のとき、槇先生が設計演習を担当していたことから、この美術館の存在は30年以上前から知っていた。このたび、ようやく初めて現地を訪問することができた。結論から言うと、個人的に槇の建築の中でもベスト級の空間だと思うくらい、素晴らしい。さすがに打ち放しコンクリートの外観は汚れが目立つようになったが、その奥に展開する内部の空間と細部のデザインがきわめて洗練されている。



《岩崎美術館》の外観

美術館(1978)と対面させず、少し離しながら、角度を振って配置された工芸館(1987)は、地下の通路からアクセスするシークエンスとなっている。増築によるヴォリューム増大でプロポーションが崩れることを避け、田園のヴィラという原イメージに従った、もうひとつの独立した建築としての工芸館をつくったのだ。いずれもモダニズムをベースとした形態言語を用いているが、設計した時期の違いも反映されているのが興味深い。



工芸館の外観

《岩崎美術館》の内部に入ってまず感じたのは、いわゆるホワイトキューブの空間ではなく、超豪邸の室内に作品を展示したかのような雰囲気だった。もっとも、古典主義のヴィラではなく、モダニズムによる邸宅のイメージである。洋画や郷土の作家のコレクションもなかなか充実しており、建築家の椅子もあちこちに展示されていた。美術館の空間は、奥に進むに従い、段々とレヴェルが上がり、さらに途中から横に空間が広がっていく。



美術館内部の階段


美術館の展示風景

一方、工芸館は、地下から登って入ることもあるが、縦に伸びる空間になっており、現代アートのインスタレーションに近いサイズをもつ大型の民族美術の展示に合わせている。また旋回する階段を通じて、二階の展示室に入ると、西洋から里帰りした古薩摩や有田の陶磁器などがあり、最後は展望を楽しむことができる。興味深いのは、工芸館はカルロ・スカルパ風の繊細なディテールが入り、濃密で複雑な空間が生まれていること。なお、滞在中はたまに宿泊客が訪れていたが、ほとんどの時間は貸切状態で、同館の創設者である岩崎與八郎のプライヴェート・コレクションを鑑賞していた。



工芸館内部の階段


工芸館の展示風景

公式サイト:岩崎育英文化財団 岩崎美術館 http://www.iwm.org.uk/north/

2020/03/31(火)(五十嵐太郎)

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