artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
世界のブックデザイン2015-16 feat.造本装幀コンクール50回記念展
会期:2016/12/03~2017/03/05
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
サイト:http://www.printing-museum.org/index.html
毎年ドイツで開催されている「世界で最も美しい本コンクール2016」および日本、ドイツ、オランダ、オーストリア、カナダ、中国のブックデザイン賞入選作品約180点を紹介する展覧会。例年と同様、各国の入選作品は手にとって見ることができる。展覧会がはじまって3ヶ月近くが経過し、作品によってはかなり傷みが出てるものもある。もともと不特定多数の閲覧を想定していない特殊な造本の作品はともかく、子供向けの絵本で本文がバラバラになってしまっているのはブックデザインコンクールの入賞作としていかがなものだろうか。だが、このように、装幀の表面的な美しさだけではなく、書籍を手にとって質感、重量感、造本の構造も見ることができるのは本展ならではだ。
会場全体の印象としては、奇抜な本よりも普通に美しい本が多い。とくに中国の本は昨年よりもさらに洗練されてきているという印象を受ける。これが中国のブックデザイン全体で生じていることなのか、コンクールの傾向なのかは分からないが、欧米的なデザインの価値観に近づいているように見えるのだ。デザインのグローバライゼイションといってもよいかもしれない。その一方で「世界で最も美しい本コンクール2016」で金賞・銅賞を受賞した二つの中国の本はいずれも奇抜な造りで、選者のエキゾチシズムを想像させる。
本展を企画した寺本美奈子・印刷博物館学芸員が注目する本のひとつは、「世界で最も美しい本コンクール2016」で金の活字賞を受賞したオランダの『Other Evidence: Blindfold』(Titus Knegtel)。この本は、ボスニア・ヘルツェゴビナ東部の町スレブレニツァで1995年に生じた大量虐殺の犠牲者を記憶するためもの。『Other Evidence』と題された分冊には犠牲者の資料、『Blindfold』と題された分冊にはそれぞれの検視報告が綴られている。中には遺体の写真も含まれているが、2色刷の資料、定型フォーマットの報告書は、生じた事実を感情的になることなく淡々と記録する。1枚1枚バラバラの紙に穴を開け割ピンで束ねた装幀は、これからも犠牲者の記録が追加されるであろうことを予想させる。
このほか、今回は日本の造本装幀コンクール50回を記念して過去の受賞作から約50点の書籍も展示されている(こちらは手にとって見ることはできない)。原弘、亀倉雄策、杉浦康平、中垣信夫らの手による美しい装幀が並ぶ。[新川徳彦]
2017/02/23(木)(SYNK)
草間彌生 わが永遠の魂
会期:2017/02/22~2017/05/22
国立新美術館[東京都]
まず最初の部屋は、大きなキャンバスを3枚つなげた巨大な富士山の絵。なんじゃこりゃー? 次の部屋に進むと……またもや、なんじゃこりゃー? 向こう側の壁までぶち抜きの大空間に、一辺2メートル近い正方形のキャンバスが数百枚、びっしりと並んでいる。水玉あり網目あり、ジグザグありハッチング(平行線)あり、顔や目玉らしき形態あり、それらが自由に組み合わされ、原色の絵具で自在に塗りたくられている。新作の「わが永遠の魂」シリーズだ。これは壮観! その次の部屋に入ると、ようやく1940-50年代の最初期の作品に出会える。幻覚から逃れるために描いたという絵画で、偶然なのかポロックや河原温の初期作品を彷彿させる作品もある。その次の部屋は、渡米後に編み出した網目模様を無限に繰り返していくパターンペインティングが続き、さらにハプニングの映像、無数の突起や水玉模様のついたポップなオブジェなど、60年代に表現が多様化していくのがわかる。ここまでが前半。
後半は、アメリカから帰国後の70年代のコラージュから始まる。ここでハッと思った。これって最初期の幻覚絵画とよく似てなくないか? 1973年に帰国したのも体調不良のためだったというし、いわばフリダシに戻ったような感じ。さらに80-90年代は、50-60年代の作品をシャッフルしたようなポップなパターンの繰り返しとなって、再び大空間の「わが永遠の魂」に戻ってくる。ああなるほど、「わが永遠の魂」シリーズはこれまでの彼女の「幻覚」「繰り返し」「ポップ」の3要素を自由自在に組み合わせたもんなんだと納得。草間の個展はこれまで何度も見てきたが、今回ほど腑に落ちたことはない。ぼくのなかではすでに陳腐化していた草間彌生像が、何十年ぶりかで更新された感じ。これもすべて「わが永遠の魂」の思い切った展示のおかげだ。
2017/02/21(火)(村田真)
田淵三菜『into the forest』
発行日:2017年2月7日
期せずして、ビジュアルアーツアワードを受け継ぐようなかたちで、入江泰吉記念奈良市写真美術館が主催する入江泰吉記念写真賞が、第2回目にあたる今回からグランプリ受賞者の写真集を刊行することになった。「写真集をつくる」ということが、日本の写真家たちの大きな目標になってきたことは間違いないが、特に若い写真家たちにとっては、経済的な理由なども含めてハードルが高い。このような企画の存在意義は、すぐにはあらわれてこないかもしれない。だが、長い目で見れば、クオリティの高い写真集が残っていくことの意味は、計り知れないほど大きいのではないだろうか。
今回、101点の応募のなかから受賞作に選ばれたのは、1989年生まれの田淵三菜の「into the forest」だった。1年間、群馬県北軽井沢、浅間山の麓の森の近くにある山小屋に住みついて撮影した写真を、ひと月ずつ区切って並べている。冬から春、夏、秋を経て、再び冬へ、季節の移り変わりとともに次々に目の前にあらわれてくる森の植物や生きものたちの姿を、光や風とともに、文字通り全身で受けとめて投げ返した、みずみずしい写真群だ。これまた新世代の手による、まったく新しい発想と方法論の「自然写真」の芽生えを感じさせる作品といえるだろう。
写真集の造本は町口覚。マット系の用紙の選択、折り返しの写真ページを巧みに使ったレイアウトが鮮やかに決まった。『Daido Moriyama: Odasaku』もそうだが、このところの町口のデザインワークは水際立っている。なお、入江泰吉記念奈良市写真美術館では、2月7日~4月9日に受賞作品展として田淵三菜「into the forest」が開催される。
2017/02/21(火)(飯沢耕太郎)
増田貴大『NOZOMI』
発行日:2017年1月20日
専門学校ビジュアルアーツグループが主催するビジュアルアーツフォトアワードの第14回受賞作品集である。ページを開いた読者は、最初はやや戸惑うのではないだろうか。路上や建物の中など、さまざまな状況にいる人たちが写り込んでいる。仕事をしている人、散歩をしている人、遊んでいる人、所在なげに佇む人、自転車を押して歩くカップルもいれば、墓地でお葬式の最中らしい人たちもいる。じつはこれらのスナップ写真はすべて、山陽新幹線の「のぞみ」の車中から、カメラを振りながらシャッターを切る「流し撮り」の手法で撮影されたものなのだ。
作者の増田貴大は、仕事の関係で一日2往復6時間、新大阪─広島間を「のぞみ」で移動していたのだという。このシリーズは、そのあいだに撮影した膨大な写真群からセレクトされた。写真を見ていると、偶然に垣間見られた光景にもかかわらず、そこに現代日本の「いま」がありありと写り込んでいることに驚かされる。一見平和な眺めなのだが、孤独や不安がじわじわと滲み出てくるようなものもある。写真が、社会の無意識をあぶり出す機能を備えたメディアであることを、あらためて思い起こさせる作品といえる。従来のドキュメンタリー写真の発想と手法とを更新する「ニュー・ドキュメンタリー」の誕生といえるのではないだろうか。
ところで、2003年にスタートしたビジュアルアーツ・フォトアワードは、今回の第14回で終了することになった。木村伊兵衛写真賞を受賞とした下薗詠子、日本写真協会賞新人賞を受賞した石塚元太良と小栗昌子、キヤノン新世紀グランプリ受賞の赤鹿麻耶、伊奈信男賞を受賞した藤岡亜弥など、いい写真家を輩出してきただけに、ここで終わるのはとても残念だ。
2017/02/20(月)(飯沢耕太郎)
プレビュー:咲くやこの花コレクション 三宅砂織個展
会期:2017/03/10~2017/03/25
SAIギャラリー[大阪府]
スナップ写真をモデルにモノクロ反転したネガのドローイングを制作し、それをコンタクトプリントした作品で知られる三宅砂織。VOCA賞(2010年)咲くやこの花賞美術部門(2011年)、京都府文化賞奨励賞(2016年)など華々しい受賞歴を誇り、昨年には文化庁新進芸術家海外研修制度でパリに1年間滞在していた彼女が、帰国後初の個展を開催する。三宅の作品に描かれているのは、誰もが経験したことがあるような日常の一コマが多い。また、身近な他人のフォトアルバムを覗いたときのような、間接的な記憶の情景も登場する。それらを通して感じるのは、確かだと思っていた自分の記憶や視覚が、じつは非常に曖昧で代替可能なものかもしれないという不安だ。その一方で、謎めいたイメージにずるずると引き込まれてしまうもう一人の自分も実感できる。本展に新作がどの程度含まれるのか、本稿執筆時点では定かでないが、彼女の作品を未見の人には打ってつけの機会となるだろう。
2017/02/20(月)(小吹隆文)