artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
生誕140年 中澤弘光展─知られざる画家の軌跡
会期:2014/09/12~2014/10/13
そごう美術館[神奈川県]
日本近代美術史に詳しい人でない限り、中澤弘光の名前は知らないだろう。ぼくも東京国立近代美術館にある日傘を差した女性像《夏》しか知らなかった。逆になんでこの作品を知ってるのかというと、かつて同館に務めていた本江邦夫氏がこの作品の「光」について熱く語っていたことがあるからだ。でもぼくには、手の大きさに比べて異様にデカイ顔や、画面右に偏った破格の構図が気になって「光」を十分に味わえなかった。そんなこともあってちょっと気になっていたのだ。中澤は東京美術学校などで黒田清輝に師事しただけあって、《夏》をはじめ光に満ちた(つまり白っぽい)絵が多い。白っぽいといっても、たとえば尼僧の前に観音が現れる《おもいで》は黄金色の光を放っているし、2人の田舎娘を描いた《まひる》は青を中心とした点描風だし、海辺で海苔を採る娘に天女が降りてくる《海苔とる娘》にはボナール風の華やぎがある。でも今回これだけ見せられて、光より目を引いたのは、油彩画の技法と日本的・土着的モチーフとのギャップだ。観音や天女もそうだが、晩年の《鶴の踊り》はほっかむりした和服の女性たちが田んぼでツルと一緒に踊ってるし、《誘惑》では修験道の行者のまわりに鬼や裸の美女が総動員で誘惑するなど、ほとんどお祭り状態。これが日本画ならまだ現実感が薄くて救われるが、油絵でリアルに描かれているので違和感がものすごい。もうひとつ、これも黒田の影響かもしれないが、生涯に何枚も舞妓の絵を描いてるのは、やはり油絵で日本的モチーフをわがものにしたかったからなのか。それとも単に女遊びが好きだっただけなのか。ともあれ、頻度は減ったものの、そごう美術館はたまにいいのをやる。
2014/09/13(土)(村田真)
木村恒介展―光素(エーテル)の呼吸―
会期:2014/09/04~2014/11/24
LIXILギャラリー[東京都]
床から天井まで届きそうな大きな鏡が3枚ずつ直角に立っている。「じっと鏡を見てください」という指示どおりじっと見ていると、鏡像がわずかずつ動いていることに気づく。鏡の背後に空間があるので、鏡そのものを機械で動かしてるんだと思って縁を凝視してみるが、動いてるようには見えない。よく見ると鏡像が歪んで見えるので、これはきっと鏡全体ではなく鏡面を何らかの方法で波打たせているに違いない。鏡は真っ平らで硬いものという常識をくつがえし、鏡の原点である水面を垂直に立ててみたのかもしれない。別の部屋には水平にさまざまな色の線が走った写真が展示されている。銀座の風景写真だというので、三脚にカメラを据えてグルッと水平に回して撮ったんだろう。具体的なイメージはなにも残ってないが、昼夜の違いや繁華街の華やかさは見事に写し出されている。どちらの作品も日常的な視覚を揺るがす意図があるようだが、それとは裏腹に「どうやってつくったんだろう」という技術的な問題が気になってしまう。
2014/09/12(金)(村田真)
杉本博司「ON THE BEACH」
会期:2014/08/21~2014/09/30
ギャラリー小柳[東京都]
会場に入ると大きめの紙に黒々と抽象的な形態が見えたので、最初エッチングかドローイングかと思ったら、よく見ると砂浜に打ち上げられた機械の一部のようなものをプリントした写真だった。そりゃ杉本さんの個展だから写真だろうけど、最近はなにやるかわからないからな。砂浜に打ち上げられた機械の一部は自動車の部品だそうで、「海景」シリーズを撮ってるときに気づき、20年以上も撮りためてきたという。今年パリで初めて公開し、写真集『ON THE BEACH』も刊行。遠景のついでに近景も撮ってきて、それも作品にしちゃうなんて、さすがというほかない。でも杉本がここに見ているのは、永遠に続きそうな海のリズムに対する文明のはかなさであり、時間の腐食ということだろう。ギャラリーの入口正面に自動車と同じ鉄でつくられた刀剣を据えたのも、時間を意識してもらいたいがため。
2014/09/12(金)(村田真)
Reborn
会期:2014/09/06~2014/10/04
木之庄企畫[東京都]
リニューアル記念展として、少女チック、マンガチックないまどきの絵画を集めている。金ピカの祭壇画風支持体に描かれた天使や聖人がマンガな森洋史、ロウソクの絵ばかり出してる宏二郎など計7人。お目当ての松山賢は少女ものかと思ったら、縄文土器や土偶を擬人化した絵も出していて、一頭地を抜いている。
2014/09/12(金)(村田真)
向山裕展「砂の原野・霊告」
会期:2014/09/08~2014/09/27
ギャルリー東京ユマニテ[東京都]
カツオノエボシ、エリンギ、ゾウリエビ、カイダコといった際どい生物たちを、ときに標本風に、ときに情景描写入りでていねいに描いている。もっとポピュラーな生物たち、たとえばサンマはコスモスの花に囲まれて、ニワトリは温泉から首だけ出して、羽化するセミは2匹並べて、ちょっと幻想的に描出。生物だけかと思ったらそうでもない。爆弾でも落としたように海面にしぶきが上がっていたり、潜水艦が潜んでるかのように海中から不気味な光が見えたり、なにか不穏な気配を感じさせる海景画もある。問題は、珍しい生物やありえない風景をリアルに描写することではなく、それらを依代とするカミを「現像」することだという。近年あまり見ないタイプの画家であり、これからも目が離せない。
2014/09/12(金)(村田真)