artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
齋藤陽道「宝箱」
会期:2013/11/30~2014/03/16
ワタリウム美術館[東京都]
齋藤陽道の視覚的世界は、聾唖の写真家であるがゆえの特異な歪みを備えているのではないかと思う。決してネガティブな意味ではなく、彼の眼が捉え、カメラが記録する画像を見ていると、写っているはずのないものが写っていたり、見慣れた被写体が何とも奇妙な変容を遂げたりしていることがよくあるのだ。音のない世界に生きる彼は、視覚を研ぎ澄ますだけではなく、全身感覚的に(触覚や嗅覚も総動員して)「見る」ことを目指している。その結果として、彼の写真は「たましいのかたち」としか言いようのない、異様に昂揚した生命感に満たされることになる。
それに加えて、今回の展示で強く感じたのは、齋藤の言葉で何かをつかみ取る能力の高さだ。彼は普段から筆談でコミュニケーションを試みているのだが、そのことが彼の言語感覚に磨きをかけているのかもしれない。「感動」「絶対」「無音楽団」「MY NAME IS MINE」「せかいさがし」「あわい」といった、新作、旧作のタイトルを見ただけでも、彼の言葉を操る才能が驚くほど柔らかく、しかも鋭敏であることがよくわかるだろう。今回の展示で最も感動的だったのは、3Fの「無音楽団」のパートだった。ここでは五線譜を思わせるブラインドのイメージを下敷きにして、さまざまなかたちで音楽を楽しむ人々の姿が写し出されている。言うまでもなく、それらは齋藤にとっては理解不能な体験だ。だが、その「無音」の世界を、彼は肯定的に受け入れ、楽しげに写真に翻訳して見せてくれる。むろん、それらの写真からは音は聞こえてこない。つまり、われわれ観客もまた、齋藤の感じとった「無音楽団」の演奏を追体験できるということだ。
これらの新作を含めて、齋藤は急速にその写真家としての能力を開花させつつある。その勢いは、今後さらに強まっていくのではないだろうか。なお、ワタリウム美術館の編集で、カタログを兼ねた同名の写真集(ぴあ刊)が出版されている。デザインは寄藤文平。小ぶりだが、やはり勢いのある写真集だ。
2013/12/20(金)(飯沢耕太郎)
森栄喜『intimacy』
発行所:ナナロク社
発行日:2013年12月14日
だいぶ予定からは遅れたのだが、森栄喜の新作写真集『intimacy』がようやく刊行された。2013年1月~2月のZEN PHOTO GALLERYでの展示でも感じたのだが、日本ではこれまでゲイのカップルの日常を、ことさらにドラマティックな葛藤に逃げ込むことなく、こんなふうに淡々と描き切ったシリーズは、あるようでなかったのではないだろうか。
あるよく晴れた夏の日から、季節を経て、次の年の夏の日まで、森自身とパートナーの男性の日常が日記のように綴られていく。だがそれらの日々が、東日本大震災の直後からの一年であることに注目すべきだろう。多くのカップルが経験したことだと思うが、その時期には重苦しい不安に包み込まれることで、二人の関係にある種の切羽詰まった感情が影を落としていったことが想像できる。その翳りは写真には明確に表われてはいない。ただ、パートナーの髪の毛や皮膚や筋肉の微細な動き、表情の変化を細やかに追う森の眼差しに、緊張と弛緩とが交互にやってきたあの日々の、危うい気分が確実に投影されているように感じる。
おそらく森にとって次の課題となるのは、この親密なイメージの連鎖を、二人の関係の内側だけに留めることなく、よりのびやかに社会や現実に開いていくことだろう。日本社会に色濃くある、ゲイ・カルチャーへ向けられた差別や異化の視線は、むろんまだ完全に解消されたわけではない。「intimacy」のなかに潜むポリティックスを、より正確に抉り出していくことで、彼の写真の世界はさらなる広がりと深みを持つのではないだろうか。
2013/12/20(金)(飯沢耕太郎)
プレビュー:フルーツ・オブ・パッション ポンピドゥー・センター・コレクション
会期:2014/01/18~2014/03/23
兵庫県立美術館[兵庫県]
フランス・パリのポンピドゥー・センターにあるパリ国立近代美術館は、現代美術に関する世界屈指の拠点として知られている。本展では、同館の支援団体である「国立近代美術館友の会」が2002年に立ち上げた「現代美術プロジェクト」により収蔵された19作家25点に、現代美術の巨匠の作品6点を加えた31点を紹介する。出品作家は、レアンドロ・エルリッヒ、エルネスト・ネト、アンリ・サラ、ツェ・スーメイ、ダニエル・ビュレン、ゲルハルト・リヒター、サイ・トゥオンブリーなど。これだけの面々が一堂に揃う機会は珍しく、現代美術ファン垂涎の機会となるだろう。なお、本展は巡回の予定がなく、兵庫県立美術館1館のみの開催となる。
2013/12/20(金)(小吹隆文)
日本のデザインミュージアム実現にむけて展
会期:2013/10/25~2014/02/09
21_21デザインサイト[東京都]
21_21は2007年の開館以来23の企画展を打ってきたという。これら一つひとつを小さなブースにまとめ、「身体は五感」「手仕事の国」「人に笑いを」「デザインは贈物」「自然に学ぶ」などのコピーをつけて紹介している。もともと21_21は「デザインミュージアム」実現のワンステップとして想定されているので、これまでの活動を振り返り、あらためてデザインミュージアムについて考えようということらしい。それにしても広大で多岐にわたるデザインをどのようにミュージアムで見せていくのだろう。ファッション、プロダクト、グラフィックといった従来のジャンル別か、時代順か、それともいくつかキーワードを設けて展示するのか。いってみればデザインミュージアムをいかにデザインするかが、このミュージアムの核心になりそうだ。
2013/12/20(金)(村田真)
シェル美術賞展2013
会期:2013/12/11~2013/12/23
国立新美術館[東京都]
698人による1,001点の応募作品から、7点の受賞作品を含む52点の絵画を展示。併せてこれまでの受賞者のなかから4作家を選び、「シェル美術賞アーティスト・セレクション」として数点ずつ紹介している。入選したとはいえ、大半は技術的に未熟かどこかで見たことあるような絵ばかりだが、いくつか興味をそそる作品もあった。吉村正美《死角》はブロック塀を背景に、絡み合ったグラフィティのような線描から逃れる後頭部に顔のついた少年を描いたもの。と説明してもわからないだろうけど、そのわけのわからなさと稚拙な描写がうまく噛み合っている。田中駿《なにも聞こえない》は、まるでヨゼフ・ボイスの脂肪作品のような黄色い物体がへばりついた部屋のコーナーを描いたもの。ぶっきらぼうで謎めいた主題もいいが、アクリル板に油彩というちょっと変わった形式にも注目したい。山橋美穂《ポートレート》は、青い画面から大きな顔を浮かび上がらせ、上下に白色で文章を記したもの。タイトルに「セルフ」はついてないが、文章込みで一種の自画像と見ることができるかもしれない。「セレクション」のほうでは、ピンヒールやペディキュアを施した足を描いた松川朋奈のフォトリアリズム絵画が出色。タイトルも最大1200字ほどの告白文になっていて、これはもう絵がどうのこうのというより、足フェチ全開の別世界。
2013/12/20(金)(村田真)