artscapeレビュー
森栄喜『intimacy』
2014年01月15日号
発行所:ナナロク社
発行日:2013年12月14日
だいぶ予定からは遅れたのだが、森栄喜の新作写真集『intimacy』がようやく刊行された。2013年1月~2月のZEN PHOTO GALLERYでの展示でも感じたのだが、日本ではこれまでゲイのカップルの日常を、ことさらにドラマティックな葛藤に逃げ込むことなく、こんなふうに淡々と描き切ったシリーズは、あるようでなかったのではないだろうか。
あるよく晴れた夏の日から、季節を経て、次の年の夏の日まで、森自身とパートナーの男性の日常が日記のように綴られていく。だがそれらの日々が、東日本大震災の直後からの一年であることに注目すべきだろう。多くのカップルが経験したことだと思うが、その時期には重苦しい不安に包み込まれることで、二人の関係にある種の切羽詰まった感情が影を落としていったことが想像できる。その翳りは写真には明確に表われてはいない。ただ、パートナーの髪の毛や皮膚や筋肉の微細な動き、表情の変化を細やかに追う森の眼差しに、緊張と弛緩とが交互にやってきたあの日々の、危うい気分が確実に投影されているように感じる。
おそらく森にとって次の課題となるのは、この親密なイメージの連鎖を、二人の関係の内側だけに留めることなく、よりのびやかに社会や現実に開いていくことだろう。日本社会に色濃くある、ゲイ・カルチャーへ向けられた差別や異化の視線は、むろんまだ完全に解消されたわけではない。「intimacy」のなかに潜むポリティックスを、より正確に抉り出していくことで、彼の写真の世界はさらなる広がりと深みを持つのではないだろうか。
2013/12/20(金)(飯沢耕太郎)