artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
フランシス真悟「Across the Line : a voyage into the void」
会期:2013/08/08~2013/08/24
ギャルリーパリ[神奈川県]
青を基調としたモノクロームに近い色面絵画から、最近は水平方向に広がりのある画面に移りつつある。とくに大作《Into Space》をはじめとする横長の新作は、画面中央に白くて太い水平方向のラインを入れ、その上下にさまざまな色彩をにじませたもの。バーネット・ニューマンの「ジップ」を横倒しにした感じだが、滴り落ちる絵具をそのまま残しているので天地ができ、奥行きも感じられる。そのため、大気圏の層に見えたり、傷口を隠すテープに見えたりもする。おそらく垂直線だと緊張感が生まれて瞑想的になるのに対し、水平線のほうが人の目になじみやすく、具体的な連想を呼び起こしやすいのかもしれない。考えてみれば彼の青い色面絵画も水平線が入り、文字どおり「水平線」を表象していたともいえる。
2013/08/08(木)(村田真)
井上隆雄 牧野和馬 写真展「見えない何か」
会期:2013/08/08~2013/08/31
MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w[京都府]
「MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w」が京都市南区から下京区に場所を移し、新たにオープンした。その幕開けとなる第1回目を飾ったベテランの写真家と30代の写真家による二人展。展示されていたのは、通りがかって目にしたごく身近な風景の一場面や、何気ない自然の景色といった印象のシンプルな写真ばかりなのだが、そこで真っすぐに被写体と向き合うそれぞれの作家の眼差しや時間が感じられる作品一つひとつの表現がどれも清々しく、「見えない何か」という展覧会タイトルの情趣にも思いが巡った。新しいギャラリーには三つの展示空間がある。今後こちらで開催される展覧会も注目したい。
2013/08/08(木)(酒井千穂)
アメリカン・ポップ・アート展
会期:2013/08/07~2013/10/21
国立新美術館[東京都]
ポップアートの全貌を紹介する回顧展、のつもりで行ったらガッカリする。たしかにラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズからウォーホル、リキテンスタイン、メル・ラモスまで、代表的なポップアーティストの作品を約200点もよく集めたもんだと感心するが、中身は版画やドローイングが大半を占め、油彩やコンバイン・ペインティングなどの大作は全体の5分の1程度にすぎない。それもそのはず、これはジョン・アンド・キミコ・パワーズ夫妻のコレクションから選んだもの。やっぱり個人コレクションじゃ限界がある。まあポップアートだから複製でも許せるというか、むしろ複製のほうがポップらしいという見方もあるが、でもやっぱり「ホンモノ」にはかなわない。とくに抽象表現主義の名残をとどめるラウシェンバーグとジョーンズの油ぎったペインティングを見たかった。でも後半に登場するウォーホルは圧巻。8点におよぶキミコ夫人のポートレートをはじめ、マリリン、キャンベル・スープ缶、毛沢東、電気椅子、ドル記号などもあって充実している。版画をまんべんなく100点集めるなら、ウォーホルに絞って大作1点を買ったほうがすっきりするのに。余計なお世話だが。
2013/08/06(火)(村田真)
あいちトリエンナーレ2013 揺れる大地─われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活
会期:2013/08/10~2013/10/27
愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場、東岡崎駅会場、康生会場、松本会場[愛知県]
あいちトリエンナーレの設営が進む、名古屋へ。東北大学の五十嵐研チームも、ゴールデンウィークに続き、8名が長者町、愛知芸術文化センター、岡崎のシビコなどの現場に分かれて、設営のサポートに入る。遊撃部隊として人手が足りないところに関わり、オープニングまで、ソ・ミンジョン、マーロン・グリフィス、ケーシー・ウォン、藤森照信、菅沼朋香、スタジオ・ヴェロシティらの作品制作を手伝う。長者町では、アートラボあいちのすぐ近くのビルの一階を、木を用いてリノベーションした、NAKAYOSHIというユニットによるビジター・センター・アンド・スタンド・カフェが登場する。長者町の模型も置き、夜遅くまで営業。あいちトリエンナーレ期間中の限定店舗だが、アーティストやキュレーターらが何度もお世話になったアートカフェである。
2013/08/04(日)(五十嵐太郎)
米田知子「暗なきところで逢えれば」
会期:2013/07/20~2013/09/23
東京都写真美術館 2階展示室[東京都]
兵庫県出身で現在はロンドンとヘルシンキに在住している米田知子は、とても志の高い写真家だ。「歴史」「可視のものと不可視のもの」「写真というメディア」といった大きなテーマを、大胆に、だが決して気負うことなく着実に形にしていく。今回東京都写真美術館で展示された「暗なきところで逢えれば」は、国内では最初の本格的な回顧展である。代表作であり第二次世界体験の記憶が埋め込まれた場所を、そのディテールにこだわって撮影した「Scene」をはじめとして、「Japanese House」「見えるものと見えないもののあいだ」「Kimusa」「パラレル・ライフ:ゾルゲを中心とする国際諜報団密会場所」「サハリン島」「積雲」「氷晶」「暗なきところで逢えれば」(3面マルチスクリーンの映像作品)といった作品が、少し盛りだくさんな気がするくらいに並んでいた。
注目すべきは、2013年3月11日の東日本大震災を契機に撮影されたという「積雲」のシリーズだろう。「終戦記念日・靖国神社」「平和記念日・広島」「飯館村・福島」「新年一般参賀・東京」といった象徴性の強い日付と場所を選択し、いつものように細やかな配慮で写しとった写真群には、彼女の強い意志を感じ取ることができた。「日本が明治維新以降、列強諸国に比肩しようと民主化、近代化を進め、また世界を舞台に数々の戦争に賛同していった歴史と現在──ここ東京に滞在しながら、それが何を意味してきたかを、自分なりに考えている。[中略]われわれはどのような側面から客観視しても、欲に駆り立てられて存在しているのか。すべては不可視化されている」。問いかけは重いが、写真そのものは明晰で迷いがない。米田のような外国での生活が長い作家が、日本人としてのアイデンティテイを問い直すことは、それだけでも貴重な試みと言える。
なお同時期に、東京・清澄のShugo Artsでは、部屋とその内部をテーマにした「熱」「壁紙」などのシリーズを含む「Rooms」展(7月20日~9月7日)が開催された。
2013/08/04(日)(飯沢耕太郎)