artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

坂田栄一郎「江ノ島」

会期:2013/07/13~2013/09/29

原美術館[東京都]

坂田栄一郎のデビュー作は、ニューヨークのタイムズ・スクエアで道行く人々に声をかけて撮影したという「JUST WAIT」(銀座ニコンサロン、1970)である。その後、技巧的な趣向を凝らしたポートレート作品を中心に発表してきたが、今回東京・品川の原美術館で開催された「江ノ島」展には、彼の原点回帰というべき、気合いが入ったストレートな作品が並んでいた。
中心になっているのは、砂浜に広げられたレジャーシートの上にまき散らすように投げ出された衣服やグッズ類を、原色を強調して俯瞰するように撮影した「人のいないポートレート」のシリーズ。無人の光景ではあるが、たしかにそれらを所有する人物たちの姿が、ありありと、容赦なく浮かび上がってくるように感じる。この目のつけどころのよさは、さすがというしかない。こういうモノの側から照らし出す社会的ドキュメントは、もっと若い写真家たちが試みてもよさそうなものだが、これまではなかなか出てこなかった。都市圏と田舎の境界線上にある江ノ島という絶妙な場所の設定も、うまく働いているではないだろうか。
2Fの会場には、派手な化粧や水着の若者たちを、青空をバックに正面から撮影したポートレートが10点ほど並ぶ。これらは手法的にも、まさに「JUST WAIT」の現代版と言えるだろう。ほかに、やや文学的な陰翳を感じさせる「波」のシリーズがあったが、これは展示構成としてはやや余分だった気がする。

2013/07/31(水)(飯沢耕太郎)

トーキョー・ストーリー2013 第3章「私をとりまく世界」

会期:2013/07/13~2013/09/23

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

TWSのレジデンス・プログラムに参加したアーティストによる成果発表展。今回は海外に派遣された池田剛介、奥村雄樹、東京に招聘されたヌール・アブアラフェ(パレスチナ)、モハメド・アブデルカリム(エジプト)、スッティラット・スパパリンヤ(タイ)の5人。しかし展示を見ると、奥村の作品が見当たらず、代わりに井出賢嗣が入っている。はて? リーフレットによれば、奥村は2国間交流事業プログラムでバーゼルに滞在していたが、同プログラムに選ばれなかった井出に、もしバーゼルに滞在していたらつくったであろう作品を制作せよとの指示を送ったという。それに対して井出は、落選者に制作を依頼するのはバカにしていると述べ、この話をニシノという旧友にしたところ、作品を提供してくれたという。つまり奥村は井出に指示を出しただけで作品は出さず、依頼された井出も自分の作品を出すことなく、旧友の作品を展示したというのだ。もしこの話がホントなら、奥村は2カ月半におよぶ滞在制作期間中に上記の指示を出しただけ、しかもその指示は実現しなかったということになる。でもそれは考えにくいので、一部始終がふたりで仕組んだコラボレーション作品だったと見るべきかもしれない。しかしふたりは当落を分けた間柄なので(それもつくり話かもしれないが)、対等なコラボレーションというのは考えにくい。となると、奥村の指示は井出によって実行された、つまり井出は怒りつつか怒りを装いつつかは知らないが、奥村の指示を受け入れてこのような作品に至ったとも考えられる。いずれにせよこれは、レジデンス・プログラムを渡り歩くアーティストによる、レジデンス・プログラムそのものを俎上に載せた作品といえるだろう。

2013/07/31(水)(村田真)

増田晴香 展 隠れた世界II

会期:2013/07/30~2013/08/04

ギャラリーすずき[京都府]

熱帯の密林、海底を覆うサンゴ礁、そうした環境下で潜むように生息する生きる動物たち。型染め作家の増田晴香が表現するのは、生命感に満ち溢れたアニミズム的世界観だ。あるいは精霊が宿る風景と言ってもよいだろう。どの作品も細かな線や模様で埋め尽くされているが、不思議なぐらい重さを感じさせないのは、すべての層がつぶれることなく見通せるからだ。また色彩が布に染み込むことによって透過性を帯びているのも大きな要因であろう。染色の特性を生かした、透明なレイヤーを重ね合わせたかのような空間表現が、彼女の作品をオリジナルなものにしている。

2013/07/30(火)(小吹隆文)

ヤノベケンジ展 ようこそ!サン・チャイルド!──AICHI TRIENNALE 2013

会期:2013/07/24~2013/08/05

あいちトリエンナーレオフィシャルショップ名古屋三越栄店[愛知県]

名古屋三越栄店のあいちトリエンナーレ2013のオフィシャルショップで開催中の「ヤノベケンジ展 ようこそ!サン・チャイルド!」を見る。サン・チャイルドの誕生、その経緯を詳しく紹介するものだ。サン・チャイルドは三体存在し、日本のみならず、世界各地を移動したり、設置されているという。現時点では、福島空港、大阪、愛知芸術文化センターに存在する。これはいわば原子力事故後の平和を祈願する、平成の大仏建立と言えるかもしれない。なお、会場ではサン・チャイルドのフィギュアも新発売していた。

2013/07/30(火)(五十嵐太郎)

蔵真墨『氷見』

発行所:蒼穹舍

発行日:2013年7月8日

写真学校の卒業制作の審査などをしていると、自分の生まれ育った家やその周辺を撮影した作品がけっこうたくさん出てくる。たいていは女子学生が撮影しているのだが、密かに僕が「里帰り写真」とか「実家写真」と呼んでいるそんなテーマは、流行とまではいかないにしても根強い人気を保っているようだ。ただ、その大部分は被写体の撮りやすさに甘え切っていて、どれも似たようななまぬるい感触になってしまっている。蔵真墨の『氷見』を見ると、同じ「里帰り写真」でも、そのアプローチの仕方によっては、まったく違ったものになりうることがよくわかるだろう。
富山県氷見市は、蔵にいわせれば「海と山、漁港と田んぼ、長いシャッター商店街と国道沿いに店舗群があるような田舎町」だ。たしかに、そこに写っているのは、日本中どこにでもあるような風景、家族や親戚の姿である。だが、それらが、まさに2000~2013年という撮影の時期に見合った、身も蓋もないほどのリアリティを持って迫ってくるのは、ひとえに蔵が「近しい人や見慣れた風景を客観的にとらえることが可能か」という課題に、まっすぐに取り組んでいるからだろう。路上スナップの凄みを味わわせてくれた快作『蔵のお伊勢参り』(蒼穹舍、2011)とはむろん違った撮り方だが、この写真集でも「見慣れた」被写体を見つめる彼女の視線には一点の曇りもない。とはいえ、写真が冷ややかで暴露的に見えるかというと決してそうではなく、故郷の「独自の奥深い魅力」への愛着もしっかりと伝わってくる。

2013/07/30(火)(飯沢耕太郎)