artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
『写真集 土門拳の「早稲田1937」』
発行所:講談社
発行日:2009年7月24日
「生誕百年」ということで、土門拳の業績を回顧する出版物、展覧会などが相次いでいる。その大部分は代表作の「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「古寺巡礼」などが中心で、正直あまり新味はない。だが、この『写真集 土門拳の「早稲田1937」』には意表をつかれた。これまでほとんど取り上げられてこなかったのが不思議なくらいの興味深い内容のシリーズである。
土門は1935年に名取洋之助が主宰する日本工房に入社し、写真家としての本格的な活動を開始する。名取のほとんどサディスト的な厳しい指導ぶりは語りぐさになっていて、土門は暗室でよく悔し涙を流していたという。早稲田大学政治経済学部経済学科の卒業記念アルバム『早稲田1937』は、その土門の最初の個人写真集というべき仕事。日本工房のデザイナー熊田五郎(のちに千佳慕と改名して挿絵画家となる)とのコンビで、素晴らしく完成度の高いアルバムに仕上がっている。入社二年目にして、土門の的確に被写体を把握し、画面におさめていくスナップショットの能力が相当に鍛え上げられていたことがわかる。何よりも、まだ若い兄貴分の土門と学生たちが、信頼の絆に結ばれて撮ったり、撮られたりしている様子がいきいきと伝わってくる。
当時の大学生には、現在では考えられないほどの社会的な地位の高さがあり、彼らも周囲の期待に応えなければならないという誇りと気概をもって学生生活を送っていた。その緊張感と、オフの時間を過ごす彼らのリラックスした表情とが、ほどよいバランスを保って品のいい写真に写しとられている。この中には、すぐ先に迫っていた戦争で命を失った者もいるのではないだろうか。屈託のない若者たちの笑顔を見ながら、そんなことも考えさせられた。
2009/08/08(土)(飯沢耕太郎)
石塚元太良『LENSMAN』
発行所:赤々舎
発行日:2009年5月30日
石塚元太良と石川直樹はどこか似ている。精力的な旅人というポジションに立ち、旺盛な創作意欲で次々に作品を発表している。着眼点がよく、撮影の方法論を的確に設定し、プリントの仕上げや展示も悪くない。にもかかわらず、いつも「物足りなさ」が残ってしまう。ボールを蹴る所まではいいのだが、それがすっきりとしたファイン・ゴールに結びつかないのだ。
このシリーズは、もしかすると石塚の転回点になる作品かもしれないとは思う。「あとがき」にあたる文章に彼が書いているように、今回は「特別どこにも出かけないで目のまえのモノたちを、普段見慣れたモノたちを、僕は次のモチーフとして撮るのだ」という意気込みで撮影された写真が並んでいるからだ。石塚はそのアイディアを、アラスカの石油パイプラインの撮影の終着点、北極圏のデッドホースという土地で思いついたのだという。地球上で最も遠い場所まで出かけていった時に、ふとかつて撮影した晴海のスクラップ工場の眺めを思い浮かべる。そしてさらに記憶をさかのぼって、幼年時、身のまわりのモノたちに違和感を覚えて「自分をつなぎ止めるようによく自分の手のひらを眺めていた」という原体験にまで行きつくことになる。
この方向づけはまっとうであり、彼がようやく写真家としてのスタートラインをきちんと引き直そうとしているのがわかる。だが、結果的にこの写真集から見えてくるのは「物足りなさ」であり「もどかしさ」だ。被写体としてのモノ、ヒト、記号の選択の仕方、その配置、レイアウト──すべて悪くはない。が、すとんと腑に落ちない。これがいま伝えたいものだというメッセージがクリアに焦点を結ばないのだ。どうすればいいのか。もがき続けるしかないだろう。「レンズマン」の旅はまだ始まったばかりなのだから。
2009/08/05(水)(飯沢耕太郎)
『Landscape of Architectures Volume 6』
発行所:アップリンク
発行日:2009年8月7日
アップリンクの建築DVDシリーズ、ランドスケープ・オブ・アーキテクチュアズの第6段。今回はわりと歴史的な建築が多い。取り上げられた建築物は6つ。1.王のモスク[イスファハーン]、王の広場に面したモスクで、ラピスラズリの鮮やかな青が異様なくらい美しい。2.サッカラの階段状ピラミッドは、エジプトにおける死者のための建築であり、もっとも古い建築の原型を見ることができる。3.ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団コンサートホール(クリスチャン・ド・ポルツァンパルク)は、音楽の運動性を取り入れた「運動体としての建築」である。4.ムニエのチョコレート工場(ジュール・ソルニエ、ジュール・ログル、ステファン・ソヴェストル)は、初期の鉄骨造建築として有名なもの。隣の鉄筋コンクリート造の先駆的な建物はあまり知られていないが、映像では両者を見ることができる。5.SASロイヤルホテル(アルネ・ヤコブセン)は、ヤコブセンによるコペンハーゲンのホテル。14本のケーブルで吊られた優雅ならせん階段、洗練された家具や備品など、見所が多い。6.セント・パンクラス駅(ジョージ・ギルバート・スコット、ウィリアム・バーロー)は、技術者と建築家によるもの。技術と芸術の隣接関係が見られるのは興味深い。いずれも、建築の時間を超えた力を感じさせる映像である。このシリーズは、フランスで制作されたDVDの翻訳版であるが、必ずしも注目度の高い有名な作品を選ぶわけではなく、新しい発見を促すような独自の選択をしているところに好感が持てる。筆者は五十嵐太郎氏、櫻井一弥氏とともに、字幕監修解説を担当した。
2009/07/31(金)(松田達)
『ka 華』33号
東工大が制作している建築学科の年報である。現在、いろいろな大学でこうした年報を制作するようになった。個性という点では東京芸大の『空間』も興味深いが、内容の密度では、おそらくこれにまさるものはないだろう。一年間の各課題の紹介とレビューはもちろん、茶谷正洋先生の巻頭記事、ニュース・投稿、そして特集「太陽と建築」まである(ときどき英文サマリーも)。毎号毎号、総力戦による充実ぶりには、頭が下がる思いだ。博士課程の学生が中心になって編集したようだが、学生の層の厚さを感じさせる。筆者も東北大にて『トンチク』を制作しているが、最初に考えたのは、簡単に『ka』を越えることはできないから、まったく違うスタイルをとることだった。予算がほとんどないなかで、いかに仕事量を減らしながら、最大限の効果を生むか、である。つまり、『ka』は建築系の大学の年報にとって指標というべき存在になっている。
2009/07/31(金)(五十嵐太郎)
藤森照信『21世紀建築魂』
発行所:INAX出版
発行日:2009年6月30日
なんとも力強いシリーズの登場だ。大御所による若手建築家とのコラボレーション企画によって21世紀の建築のあり方を占う。その第一弾となる本書では、藤森がアトリエ・ワン、阿部仁史、五十嵐淳、三分一博志、手塚建築研究所らと対談しているが、彼らはいずれも有名かつ人気の布陣である。藤森らしさがもっともよく出ているのは、大工であり、ダンサーでもある岡啓輔の起用だろう。2003年のSDレビューで藤森が彼の70cmずつコンクリートを打設する住宅のセルフ・ビルドのプロジェクトを選んだときも、なるほどと思ったのだが、今回はじっくりと二人の体感的な建築論の会話が楽しめる。
2009/07/31(金)(五十嵐太郎)