artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

ル・コルビュジエ/ポール・オトレ『ムンダネウム』

発行所:筑摩書房

発行日:2009年7月9日

1920年代後半、ル・コルビュジエはジュネーヴに国際的な文化研究センター、ムンダネウムの設計を依頼された。企画したのは、書誌学に詳しいベルギーのポール・オトレである。基本理念は人類の統一、そしてよりよい文明をめざす自由な連合の運動だった。ここでは世界美術館と世界図書館の創設がうたわれ、ル・コルビュジエがかたちを与えている。すさまじい野心ゆえに、アーティストの彦坂尚嘉の提唱する皇居美術館空想や帝国美術館のプロジェクトが思い出された。とくに世界美術館は、四角い螺旋状のピラミッドであり、中心に地球儀を置く。『ムンダネウム』自体は知られざる短いテキストだが、訳者の山名善之の解説は、ここから無限成長美術館のアイデアが発展し、上野の国立西洋美術館に至る過程を明らかにしている。

2009/07/31(金)(五十嵐太郎)

遠藤勝勧『スケッチで学ぶ名ディテール──遠藤勝勧が実測した有名建築の「寸法」』

発行所:日経BP社

発行日:2009年4月27日

菊竹清訓事務所にて、長く番頭をつとめてきた遠藤勝勧が、いかに建築と向きあってきたかを伝える一冊。巨匠のもとにいたときは、すべての仕事の記録をとり、やがて1960年代のアメリカ旅行を契機に、気になったディテールの実測を行なうようになった。測ったりスケッチを描くと、建築家が何をどんな風に考えたのかがよく分かって嬉しくなるという。なるほど、もとは図面だった情報が実体化するだけだが、それを再度、図面に戻す行為である。写真は、空間の雰囲気を伝えるかもしれないが、実測は建築の思考を解体していく。本書は、名作から近作まで、現場でおさえたさまざまな建築の寸法を収録している。宿泊先のホテルの家具も図面化されているのだ。その精度は、かつて妹尾河童がホテルの室内を描いたスケッチを越えている。あらゆるモノを数字によって記述される三次元のオブジェに還元しているからだ。

2009/07/31(金)(五十嵐太郎)

岡本敏子『自分を賭けなきゃ。』

発行所:イーストプレス

発行日:2009年7月

2005年に亡くなった岡本敏子の言葉を収録した本である。ページをめくると、まず最初に「もっと自分をさらさなきゃ。何も始まらないわよ」というメッセージと出会う。岡本敏子さんには、生前、シンポジウムや展覧会などで、幾度かお会いしたり、食事も一度ご一緒させていただいたことがある。「バカなこと言うんじゃない! こういうものは勢いよくトントントンってやらないでできるわけがないでしょ!……太郎さんはいつもそうやってきたんだから。とにかくやっちゃいなさい」。僕の名前も「太郎」だと言われた記憶がよみがえってきた。「いのち燃えつきるまで 元気に 明朗に そしてぽろんと倒れたい」。力強い言葉を読みながら、敏子さんの笑顔が鮮やかに思いだされる。とにかく元気をくれる本だ。なお、本書は岡本太郎記念館館長の平野暁臣によって編纂された。

2009/07/31(金)(五十嵐太郎)

『都市を読む──東京2008』

2008年に法政大学の陣内研究室を中心に行なった学生によるワークショップの成果とエッセイをまとめた冊子である。2008年の東京を題材として、多国籍文化の池袋─大久保、ストリートが注目される渋谷─谷中、TV局を含む都市再開発を経験した赤坂─新橋、オタク文化の秋葉原─中野のフィールドワークが行なわれた。テーマに沿って、2つのエリアを比較するという手法が興味深い。対象によって分析のスタイルも変えている。以前、五十嵐研の学生も修士設計のために、中野ブロードウェイを調査していたが、ここでもとりあげられており、改めて不思議な空間だと思う。またエッセイでは、フィールドワークそのものがテーマになっており、さまざまな学生の生の声をきくことができる。

2009/07/31(金)(五十嵐太郎)

加藤耕一『「幽霊屋敷」の文化史』

発行所:講談社

発行日:2009年4月20日

東京大学の鈴木博之研究室出身の若手建築史家である加藤耕一による新書。彼の専門はゴシック建築であるが、本書はゴシックに関する専門書ではなく、「幽霊屋敷(ホーンテッド・マンション)」をめぐる問題を取り扱ったものである。特に中心的に触れられていたのが、東京ディズニーランドのホーンテッド・マンションというアトラクションの仕掛けの分析である。ゴシック研究者が何故ディズニーランド? と意表をつかれるかもしれない。しかし「天井の伸びる部屋」「無限に続く廊下」など、その建築的なトリックについての分析から、「ゴシック」という概念の研究に接続していく。崇高、不気味なもの、ファンタスマゴリー、蝋人形などにキー概念として触れながら、文学、映画、音楽など他ジャンルを横断しつつ、本書は「ゴシック」という概念のさまざまな変容を追っている。「恐怖」や「娯楽」という、通常建築史ではほとんど触れられない概念に触れつつ、新しく「ゴシック」を捉え直そうとしているともいえるだろう。
興味深いのは、建築史の研究者がディズニーランドのアトラクションや19世紀の舞台装置などを本格的に考察しているところで、例えばアトラクションが平面図とともに、また幽霊出現装置が断面図とともに分析される。つまり横断的に知を結びつけているだけではなく、建築的な視点が活かされている。同じように建築的な問題を幅広い視点から捉える建築史家として、五十嵐太郎を挙げることができるだろう。加藤氏は彼の後輩にもあたり、実際、五十嵐氏の活動や方法論に意識的であるという。本書は、今後の加藤氏の建築史家という枠に留まらない、幅広い活動につながっていくのではないだろうか。

2009/07/29(水)(松田達)