artscapeレビュー

『凸と凹と 竹中工務店設計部のなかみ』

2009年05月15日号

発行所:美術出版社

発行日:2009年3月20日

編者の長谷川直子さんからいただいた。本書は竹中工務店の作品集ではない。そして単なる読み物でもない。その中間的とでも言ったらよいだろうか。竹中工務店の本だと思って開いてみると意表をつかれる。しかし、建築の写真よりも文字が多い。図面は多くない。そして建築作品よりも、むしろ竹中工務店の担当設計者に焦点が当てられているともいえる。しかも上層部ではなく40代を中心とした若手にである。そして「がらがらぽん」「ひとつ屋根の下で」など、各節のタイトルがえらくキャッチーだ。いったんこの本は何の本なのだろう? と疑問がよぎる。そう思った瞬間には、すでにこの本の術中にあるのかもしれない。すでに引き込まれてしまっている。そもそもタイトルの「凸と凹と」とは何なのか……?
建築が凸だとしたら、社会(のリアクション)が凹なのだそうだ。凹が建築だとしたら、そこに凸という人がおさまっていくのだそうだ。だから本書は建築だけの本ではない。建築をめぐって、社会と人がどのように関わっているのか。「『仲介者』としての建物」という項目があったが、まさに社会と人の接点として建築が捉えられているといえる。各項では分かりやすく建築が紹介されつつ、担当設計者がどうプロジェクトを捉え、どう解決していったのか、建物の社会的意義をどう考えたのか、といったところまで、かなり詳細に記述される。
はたしてこの本の仕掛人は? 奥付の手前のページを見て納得がいく。企画協力でぽむ企画の二人(たかぎみ江さんと平塚桂さん)、取材・執筆で磯達雄さん(フリックスタジオ)、境洋人さんらが入っている。なるほど、はずし加減とまとめ方がうまい。ゼネコンの本らしからぬ構成をとることによって、スーパーゼネコンのなかにおける竹中工務店の独自性が表現されているだろう。そして、こういう本を公認で出してもいいんだという、竹中工務店の自由度も伝わってくる。
ところで終わりの方にデザイン・レビューの話が書いてあって、これは特に興味深かった。いかにして竹中の設計部で物事が決定されていくのか。二段階の厳しい社内審査のプロセスについて触れられている。プリンシパルアーキテクトの川北英氏によれば、竹中工務店の作品は、「竹中の○○」という組織と個人が合体した主体によって生み出されているという。単なる「商品」ではなく「作品」である。そして組織が全責任を持つが、結局は個人の頑張りと価値観であるという。だから本書には多くの竹中の設計者が個人名で現われている。こうした試みを長年続けている竹中工務店設計部の「なかみ」を知ることのできる、最良の本であるのではないだろうか。

2009/04/29(水)(松田達)

2009年05月15日号の
artscapeレビュー