2019年07月15日号
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artscapeレビュー

林典子『キルギスの誘拐結婚』

2014年08月15日号

発行所:日経ナショナルジオグラフィック社

発行日:2014年06月16日

東日本大震災以降、フォトジャーナリズムの世界にも新しい風が吹きはじめているように思う。スイスの出版社から『RESET─BEYOND FUKUSHIMA 福島の彼方に』(Lars Müller Publishers)を刊行した小原一真、チェルノブイリ、北朝鮮、タイ、チュニジアなどを含む2011年の行動記録を写真文集『2011』(VNC)にまとめた菱田雄介らとともに、林典子もその担い手の一人である。彼らに共通しているのは、海外メディアのネットワークを幅広く活用していく行動力に加えて、ある出来事のクライマックスを短時間で撮影して済ませるのではなく、「その後」を粘り強く、何度も現地を訪れてフォローしていることだろう。そのことによって、一つの解釈におさまることのない、柔らかな広がりを持つ視点が確保されているのではないかと思う。
林はアメリカの大学に留学中の2006年に、西アフリカのガンビアで、地元の新聞社の記者たちの同行取材をしたのをきっかけにして、フリーの写真家への道をめざすようになる。その後、カンボジアでのHIV患者、パキスタンでの顔に硫酸をかけられて大火傷を負った女性たちの撮影・取材を経て、2012年7月から中央アジア、キルギスで「誘拐結婚」の撮影を開始した。友人たちと共謀して、目をつけた女性を無理やり自分の家に連れ込み、結婚を迫るという「誘拐結婚」は、キルギスの伝統的な慣習と思われがちだが、暴力的な要素が強まったのは、旧ソ連の統治時代以降のことだという。
林は、「誘拐結婚」を企てていた男性と偶然遭遇し、そのことによって現場を密着取材することができた。その緊迫した場面をとらえた写真群は、むろん素晴らしい出来栄えだが、むしろさまざまな「誘拐結婚」のさまざま形(幸せに暮らしている老夫婦もいる)を、細やかに紹介することに配慮している。あくまでも女性の視点に立ち、被写体となる人たちとの個人的な関係を起点としていく撮影のやり方は、フォトジャーナリズムの未来と可能性をさし示すものといえる。

2014/07/03(木)(飯沢耕太郎)

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