artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
ウィリアム・モリス 美しい暮らし──ステンドグラス・壁紙・テキスタイル
会期:2013/09/14~2013/12/01
府中市美術館[東京都]
キャッチコピーは「“いちご泥棒”現る」。チラシなどのデザインに用いられている《いちご泥棒》(Strawberry Thief、1883)は、ウィリアム・モリス関連の展覧会では必ずといっていいほど出品される代表的な作品のひとつ。デザインのモチーフとなっているのは、ケルムスコット・マナーで育てていたイチゴをついばみにきたツグミ。モリスはこれを印象的なファブリックのデザインに仕立てた。そしてさらに注目すべきはその染色技術である。すでに化学染料が一般化していた当時、モリスは天然染料であるインディゴの使用にこだわった。しかし、インディゴは木版による捺染ができないために、モリスが用いていた従来の方法では文様を染めることができない。試行錯誤の結果、いったん布全体をインディゴで青く染めたあと、漂白剤を入れた糊を捺染して文様を抜く「抜染」という技法を用いた。そして白く抜いた部分にさらに木版で複数の色を捺染することによって、深みのある複雑な柄を染め上げた。制作には他の作品よりも手間がかかるために、モリス商会の綿プリントのなかでももっとも高価な商品であったという。
ウィリアム・モリスの仕事は、デザイン、織や染色などの工芸、社会主義思想、印刷など多岐にわたり、その影響も欧米のアーツ・アンド・クラフツ運動から日本の民藝運動まで幅広い。これまでに開催されてきた展覧会の切り口もさまざまである。今回の展覧会のキーワードは「美しい暮らし」。ここではモリス自身に焦点をあて、彼の目指した美しい暮らしの足跡をたどる。出品作はおもにステンドグラス(フィルムによる複製)、壁紙、そして織りと染めのテキスタイル。時代や素材によって明確に区分するのではなく、ゆるやかなつながりでモリスの思想を追う構成になっている。ステンドグラスは、モリスとその仲間たちにとって初期の主要な仕事であった。当時はエナメルで着色したガラスが用いられることが一般的であったが、モリスらは多くの教会のために古くからの技法である色ガラスを用いたステンドグラスを制作している。壁紙やテキスタイルにも古くからの技術と文様の研究成果が用いられたが、自らの家の庭の植物をモチーフとしたデザインもまた多く用いられている。多様な仕事をたどっていくと、急速に進行しつつあった近代化・工業化への批判としてのモリスの美意識、ものづくりへのこだわりが見えてくる。そして、こうしたモリスの思想、デザイン、そして技術的探求の姿を追っていくと、その到達点のひとつとして《いちご泥棒》の意味が見えてくる。モリスの仲間たちの仕事も含めて全95点と比較的小規模な展示であるが、ウィリアム・モリス入門といえる構成である。[新川徳彦]
2013/09/25(水)(SYNK)
プレビュー:日本の男服─メンズ・ファッションの源泉─
会期:2013/10/11~2014/01/07
神戸ファッション美術館[兵庫県]
ファッションの展では、どうしても女性が主役になりがちだ。しかし、それが男女共通の文化である以上、メンズ・ファッションにも語るべき歴史と文化がある。本展は、明治から戦後に至る日本の男服に真正面から挑んだ注目すべき展覧会だ。明治5(1872)年の太政官布告で制定された文官大礼服に始まり、制服、軍服、学生服、背広を通して一般化した日本人男性の洋装。戦後になるとアイビー・スタイルの「VAN」やヨーロピアン・モードを取り入れた「エドワーズ」が登場し、若者文化としての男性ファッションが花開く。その過程を実物で知ることができるのだから本展は貴重だ。普段は明るくて華やかな会場が黒々としてしまうかもしれないが、この稀有な機会を見逃したくない。
2013/09/20(金)(小吹隆文)
花珠爛漫「中国・庫淑蘭の切り紙宇宙」
会期:2013/08/01~2013/09/17
ミキモト本店6階ミキモトホール[東京都]
「剪紙(せんし)」とは、古くから中国の農村地方でお祭りや屋内の飾りとして用いられてきた切り絵の一種。中華街のお祭りなどでも見かけるものは日本の切り絵の技法に似た単色のものが多いが、庫淑蘭(クー・シューラン、1920~2004)の剪紙はそのような切り絵とは、技法もイメージもまったく異なるものであった。モチーフとなっているのは、四季の生活、子ども、動物、神話など。色彩鮮やかな作品は、色紙を糸切りばさみで切り抜き、糊で貼り合わせてつくられている。一枚の紙を切り抜いて絵にするのではなく、切り絵と貼り絵を混合したような技法である。
中国陜西省旬邑県に生まれた庫淑蘭はもともと生活の合間に剪紙や刺繍を楽しんでいたが、1980年に旬邑県文化館美術研究員に才能を見出されて県での剪紙制作指導を始める。1985年、農作業の帰りに自宅近くの深い溝に落ちて重症を負い、2カ月近く寝たきりの生活を送った庫淑蘭は、夢に現われた「剪花娘子(切り絵を作る女神。手元には小さな鋏を持っている。チラシ画像参照)」と自身とを重ね合わせ、使命感に突き動かされるかのように剪紙作品をつくり続けるようになったという。それまでは農村の生活などをテーマとしていた作品が多かったが、事故の後は「剪花娘子」や生命力の源泉であり豊穣のシンボルである「生命樹」をモチーフとした作品が生み出されていった。没後の2005年には米国ボルチモア美術館で個展が開催されているが、日本での紹介は今回が初めてとのこと。つくらずにはおれない、描かずにはおれない。そうした衝動から生み出された鮮やかな作品の数々。独自の美意識と表現から溢れ出るエネルギーに圧倒された。[新川徳彦]
2013/09/13(金)(SYNK)
涼をよぶロマンキモノ展──夏の愉しみ
会期:2013/07/18~2013/09/24
神戸ファッション美術館[兵庫県]
NPO法人京都古布保存会の所蔵品より、大正・昭和初期の夏の着物と帯を紹介する展覧会。また、当時人気の高かった高畠華宵(1888-1966)や中原淳一(1913-1983)などの挿絵や美人画をもとに着付けとヘアメイクを再現したマネキンも併せて紹介している。当時の夏の和装は、絽や紗の透ける素材に流水や波頭などの水を連想させるモチーフや、朝顔や百合などの草花模様が大胆に施されており、着る人だけではなく、見る人にまで清涼感を与えてくれる。蒸し暑い日本の夏、暮らしのなかに涼を取り入れるための先人たちの知恵と工夫を垣間見ることができる。もちろんその美しさも。[金相美]
2013/09/12(木)(SYNK)
2013 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展
会期:2013/08/17~2013/09/23
西宮市大谷記念美術館[兵庫県]
イタリアのボローニャで毎年開催される絵本の国際見本市にともなって行なわれる、コンクール(原画)の入選作を集めた展覧会。今年のエントリーは64カ国/3,000名を超えてこれまでで最大規模となり、24カ国から77名(そのうち日本人は16名)が入選作に選ばれた。応募要件は、「5枚一組のイラストレーション」であること。展示作だけをみても、使われるメディアも表現方法も作風も多種多様。フェルトの人形と模型でつくった物語世界を写真で撮影したものや、布と糸、加えてフランス刺繍にアップリケでつくられたもの、布に手描き染めをした作品等々。5名の審査員が見て判断材料としたのは、「作品の質・美的要素・独創性・物語性・内容」だという。さらなる選考基準は、「5枚のイメージがひとつの組となって物語を視覚的に表現していること」「イラストレーターが読者に情報とアイディアを伝えていること」。これは「イラストレーション」という言葉の意味をよく表わしていよう。また、特別展示「ボローニャ発世界へ──絵本作家たちの挑戦」では、同見本市への入選を通じて活躍中の21名の日本人作家の原画が展示されるとともに、それが大量に複製された媒体であるところの消費物たる「絵本」も手に取って読むことができる。[竹内有子]
2013/09/12(月)(SYNK)