artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

アルド・バッカー個展「Time & Care」

会期:2012/02/03~2012/02/26

スフェラ・エキシビション[京都府]

オランダのプロダクト・デザイナー、アルド・バッカー(Aldo Bakker)のアジア初個展。ミラノ・サローネやデザイン・マイアミで注目されているバッカーは、ジュエリー制作の経験を積んだ後、ガラスへの関心を経て、近年は木を素材としたデザインを手がけている。主催者のサイトによれば、バッカーのアプローチは「デザインにおける『人間らしさ』と『非人間的な面』の境界の探求」だそうだが、今回の出品作のひとつである漆によるスツール(2006)はまさにそれを具現化したものだろう[図1]。青緑色の滑らかな漆の表面は、プラスティックとガラスの中間のような「非人間的な面」と自然物の被膜のような「人間らしさ」を確かに併せ持つ。
そして、同アプローチの具現化としてもうひとつ言及すべきは、そのフォルムだ。ふたつの面と1本の柱でできているのだが、説明されないと到底、これがスツールだと理解することはできない。とはいえ、オブジェあるいは彫刻であるという印象も持てない。つまり、これはなににも例えることができないフォルムとしか言いようがなく、まさにバッカーのいう「自立した単体」のプロダクト・デザインなのだろう。
同様に、陶製の水差しとカップ(2011)のフォルムも謎に満ちている[図2]。バッカーのフォルムは彼のハンド・ドローイングから生まれるそうだが、無理矢理この水差しを形容すれば、あたかも紙に描かれた水差しの絵が勝手に動き出し、身体を伸び縮みさせ、最後にはぐにゃっと首を地面につける格好になった、とでもいうべきか。地面すれすれの首はゾウの鼻の如くカップを呑み込んでいる。もっともこれは不使用時の姿で、使用の際には水差しが仰向けに横たえられ、イソギンチャクのようにパカッと空けた口が上を向く。同じ商品がこれほどまでに異なる姿を見せるのには驚くばかりだ。使用されることで意外な姿を現わすデザインといえば、ピロヴァノの茶こし《テオ》が思い浮かぶ。《テオ》の場合、その意外性はメタファーの作用に拠っている。バッカーのフォルムの変換の場合、喩えは見つからない。唯一の喩えは生物、あるいは生物の一連の原初的な振る舞いといったところか。そう考えるとこの不可思議なフォルムと「水を飲む」という生ける者の原初的な行為とが不思議と繋がってくる。[橋本啓子]


[左]1──Aldo Bakker, Stool
Design: 2006
Size: 340 x 330 x 320 mm
Material: Ice blue Urushi
Urushi lacquering Mariko Nishide
Urushi supplier: Takuo Matsuzawa, Joboji Urushi Sangyo
Represented: Particles Gallery
Photography: Erik and Petra Hesmerg

[右]2──Aldo Bakker, Jug + Cup
Five different colors
Design: 2011
Material: Porcelain
Made by Frans Ottink
Representation: Particles Gallery
Photography: Erik and Petra Hesmerg, courtesy of Particles

2012/02/18(土)(SYNK)

ジョアン・ピーター・ホル個展「Dystopia(dreaming of a new galaxy)」

会期:2012/01/21~2012/02/18

studio J[大阪府]

オランダの作家ジョアン・ピーター・ホル(John Peter Hol)の個展。ミラノとロンドンに拠点を置くホルはヨーロッパおよび日本で作品を発表しており、今回はstudio Jでの4度目の個展となった。段ボールでつくられた黒い鳥たちが飛び交う空間の向こうに「DYSTOPiA」の切り文字が見える。こう書くと、ヒッチコックの『鳥』へのオマージュと解されそうだが、幼稚園児がつくったかのような粗雑に切り貼りされた鳥たちにそうした連関性はないだろう。このように一見、既存のイコンやスタイルの引用を装うものに見えながら、つぶさに見ると、そうしたポストモダン的解釈をことごとく裏切ってしまうような摩訶不思議な魅力がホルの作品にはある。
額装されたペーパーワークにしても、個々のモティーフに注目すれば、ダダ風の人物や19世紀パリの影絵芝居風の帆船のシルエット、店頭のPOP広告に使われる蛍光色の札といった具合に20世紀の視覚芸術の歴史を採り出した感がある。だが、額の内部でそれらが組み合わさり、生じさせる雰囲気は、実に21世紀的な洗練に満ちている。そのような印象を与えるのは、この作品がまさに「紙という物質」による「3D」の真似事だからなのか。あるいは、紙による「3D」の真似事にもかかわらず、物質以外の何物でもない紙が、どういうわけかピンクや黄緑の蛍光色という「ヴァーチャル」な光に包まれているからなのか(この効果は、紙の裏の蛍光色が白の地に反射するというきわめてアナログな仕掛けによる)。ホルの意図はけっしてインテリア・オブジェをつくることにはないだろうが、モティーフの記号的意味を否定せずともそれを凌駕するような感覚的世界の高みへと向かう彼の作品は、アートとデザインの両岸を自由に行き来するものにも思える。彼が行なうささやかな転覆と仕掛けこそが21世紀のひとつの洗練とはいえまいか。彼の放つささやかな一矢が次回はどのような姿をとるか、いまから楽しみだ。[橋本啓子]




展示風景

2012/02/18(土)(SYNK)

ルドンとその周辺──夢見る世紀末

会期:2012/01/17~2012/03/04

三菱一号館美術館[東京都]

岐阜県美術館が所蔵する250点を超えるオディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840-1916)のコレクションから139点が出品される巡回展(2011年9月6日~10月10日@浜松市美術館、2011年10月15日~11月13日@美術館「えき」KYOTO)。これらの作品に加え、三菱一号館美術館では大作《グラン・ブーケ》を見ることができる。展示は3部から構成される。「第1部:ルドンの黒」から「第2部:色彩のルドン」へと作品と手法の変化を追い、また「第3部:ルドンの周辺」において同時代の象徴主義の画家たちの作品を紹介する。「色彩のルドン」に位置づけられる《グラン・ブーケ(大きな花束)》(1901)は、ルドンの後援者であったドムシー男爵が城館食堂の装飾としてルドンに制作を依頼した16点の作品のひとつ。他の作品が相続税の物納として城館を離れた後も、《グラン・ブーケ》だけは食堂に残されていた。この作品を2010年に三菱一号館美術館が取得。パリでの公開(2011年3月)を経て、今回の展覧会で「日本初公開」となった。「色彩のルドン」のなかでも《グラン・ブーケ》が特別なのはその大きさである。248.3×162.9cmのサイズは「世界最大級のパステル画」なのだそうだ。ほの暗い展示室に浮かび上がる色鮮やかな花束に、しばし圧倒される。
 デザイン・レビューを担当する筆者がルドン展のレビューを書くのには訳がある。2011年10月、ルドン展告知のチラシ配布がはじまり、ウェブサイトで予告サイトが公開されると、そのデザインとキャッチコピーが美術ファンたちを驚かせたのである[図1]。一部分を拡大した《グラン・ブーケ》に重ねられた「チープな」タイポグラフィ。予算不足のために手作りしたのかと心配する問い合わせもあったという。プロモーションを担当したのはデザイナーの北川一成。強烈なインパクトを与えるコピーは大宮エリー。12月半ばから配布された第2弾のチラシ[図2]とポスターは、当初よりは大人しくなっているものの、やはり異色のデザインである。ネット上でも話題になったことで、「はてな」が取材(2011年10月17日)。12月1日には『読売新聞』が「美術展チラシ 究極のチープ感」と題した記事を掲載した(朝刊、28頁)。開幕後の1月26日には、『東京新聞』が同館館長高橋明也と北川一成との対談を掲載(夕刊、10頁、記事広告)。また、北川一成を特集したデザイン誌『アイデア』351号(2012年2月)も同館に取材するなど、このプロモーションは大いに注目を集めることとなった。
 インターネットを検索すると、このデザインに対しては少なからず批判を見ることができる。しかし、「批判がくるであろうことも織り込み済み」(『読売新聞』記事)とあるとおり、思いつきや、デザイナーとの意思疎通が不十分なためにこのデザインが生まれたのではなく、背後には明確なロジックが存在する。同館広報担当の酒井英恵さんのお話によると次の通りである。まず同館には美術ファンばかりではなく、丸の内エリアなどで働く若い人々に足を運んでもらいたいという目的がある。また、チラシやポスターなどのプロモーションでは、展覧会を見る前に作品に対して既視感を与えないようにしたいという。これらは今回の展覧会に限らず、同館の一貫した方針である。画家や作品を知らない人々に来てもらいたい。ネットの画像や印刷物で満足するのではなく、実物を見てもらいたい。他方でそれらのメディアを利用しなければいけない広報は、常に矛盾した課題を抱えている。本展に限定すると、最大の目玉は《グラン・ブーケ》。「日本初公開」の作品であり、見てほしいけれども、事前に知ってもらいたくない、という意識が強かったようだ。もうひとつの課題は集客である。先行して開催された浜松展と京都展の入場者数が芳しくなかったことで、プロモーションの強化が望まれていた(ただし、両会場では《グラン・ブーケ》は出品されていない)。

1──「ルドンとその周辺」予告チラシ
2──同、第2弾チラシ

出来上がったチラシは作品の一部を極端に拡大し、ディティールは見えるが全体は謎。否応なく期待感を煽るコピー。スルーすることを許さない強烈な印象を与える。第2弾チラシとポスターでは紙面の中心に小さく《グラン・ブーケ》のスナップ写真が配置され、作品の大きさを伝えるためにサイズが示されている。写真には作品を見上げる人物の影が写り込み「大きな花束」のスケール感を強調しているが、影の主は高橋館長という仕掛け。その他、岐阜県美術館の充実したルドン・コレクションを紹介するために、第2弾のチラシの裏面は4種類が用意され、それぞれ異なる作品が合計18点掲載されている。北川一成のデザインは、与えられた課題に真正面から、それも極めてベタな表現で応えているのである。
 賛否があるとすれば、その「ベタな表現」に対してであろう。しかしながら、それはキュレーターとデザイナーによるルドンの解釈でもある。シュールレアリスムにも影響を与えた象徴主義の画家。「黒」から「色彩」への変化。北川はルドンを「常に挑戦し続けたパンクな人だと思っている」と述べ、また高橋は「表現に対する革新的な姿勢は、ルドンと北川さんに共通するところ」と応じている(『東京新聞』記事)。
 ルドン展のチラシが話題となったのと同じ頃、千葉市美術館の「曾我蕭白と京の画家たち」展(2012年4月10日~5月20日)のキャッチコピー「蕭白ショック!!」とその漫画的な描き文字も話題となった[図3]。紙面の半分が墨一色のテキストで埋め尽くされたジャクソン・ポロック展(東京国立近代美術館、2012年2月10日~5月6日)のポスターやチラシもある[図4]。美術展の企画は、優れたキュレーションに加え、展覧会になじみのない層にアピールするために、これまでになくデザインの力を求めているのである。美術展を取りまく環境を考えれば、ルドン展のプロモーションは異色ではあるかもしれないがけっして特異なものではなく、極めて同時代的な現象のひとつといえるのではないだろうか。[新川徳彦]

3──「曾我蕭白と京の画家たち」チラシ
4──「ジャクソン・ポロック」チラシ

2012/02/17(金)(SYNK)

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LOVE POP!キース・ヘリング展──アートはみんなのもの

会期:2012/01/21~2012/02/26

伊丹市立美術館[兵庫県]

ユーモアに溢れ、時には社会風刺が込められたキース・へリング(Keith Haring, 1958-1990)の作品は愉快だ。たびたび来日し壁画を制作したり、グッズ・ショップを開いたこともあって、馴染みも深い。彼が世間に知られるようになったのは23歳のときのこと。ニューヨークの地下鉄のプラットホームにある、古い広告を覆うための黒い紙に絵を書くようになってからだ。白いチョークで描かれた顔のない男、輝いている赤ん坊、吠える犬、空を飛ぶ円盤はたちまち話題を呼び、へリングは80年代のアメリカ美術を代表する作家となった。惜しくもエイズにより31歳の若さで亡くなってしまうが、世界中に強烈な印象を与えた。本展では山梨県にある中村キース・へリング美術館の所蔵品を中心に、国内から集められた作品150点余が紹介されている。[金相美]

2012/02/08(水)(SYNK)

大阪市立デザイン教育研究所 学生作品展

会期:2012/02/04~2012/02/07

大阪市立デザイン教育研究所「デ研展」[大阪府]

大阪市立デザイン教育研究所は、公立では全国唯一のデザイン専修学校。造形専門に特化した歴史ある高等学校、大阪市立工芸高校(大阪市指定有形文化財に指定)に隣接する、その姉妹校でもある。本展では、学生自らの「知」と「手」によってつくりあげられたデザインが発表される。つまり、完成された形あるもののみならず、不可視の「デザイン・プロセス」までもが凝縮された展示となっている。「デザイン」とはなにかについて観者にあらためて気づかせる、意欲的な試みだ。会期中には、公開プレゼンテーションも行なわれた。今年は、これまで以上に学生たちの積極性、日々の活動・努力の成果が表われた展示だった。会場では、被災地の天川小学校へのボランティア活動(影絵制作等)や、同校の特色をなす「産学連携プロジェクト」(大阪市の企業PRの映像制作やポスター制作・デザイン提案、アパレル会社とコラボレーションしたデザイン・イベントの企画等々)のほか、プロダクトデザイン、スペースデザイン、グラフィックデザイン、インテリアデザイン分野の授業作品が展示された。また初日には、プロダクトデザイナー秋田道夫氏による公開講座が行なわれた。これら展示内容と講義の詳細は、いずれも同研究所の充実した関連ウェブサイトおよびUSTREAMで見ることができる。熱意をもって来場者に解説をしてくれた学生たちへ大きなエールを送るとともに、これからも大阪/関西をデザインの力でますます盛り上げていってくれるよう期待したい。[竹内有子]

秋田道夫特別講義

2012/02/06(月)(SYNK)