artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

渡邊有紀「内海」

会期:2015/09/15~2015/10/03

NORTON GALLERY[東京都]

渡邊有紀は、東京工芸大学写真学科を2004年に卒業後、2006年に喜多村みかと互いにポートレートを撮りあった「Two Sights Past」で写真新世紀優秀賞を受賞してデビューした。その後、別々に活動するようになったが、喜多村は2013年に写真集「Einmal ist Keinmal」(テルメ・ブックス)を刊行して、その後の展開をしっかりと形にした。そして渡邊有紀もまた、着々と新たな領域に踏み込みつつあることが、今回の東京・南青山のNORTON GALLERYでの個展を見てよくわかった。
渡邊は岡山県の出身なので、瀬戸内海は幼い頃から慣れ親しんだ場所である。今回展示された「内海」は6年間かけて制作されたシリーズで、フェリーの船上から見られた瀬戸内海の眺めを中心に構成している。とはいえ、写真のほとんどはブレていて、島影や船や地上の灯りも、揺らいだり、光跡を引いたりしている。固定した「風景」ではなく、むしろ彼女の内面の揺らぎがそのまま投影されたイメージとしての「内海」は、逆に強い喚起力を備えている。大判プリント(74.5×60センチ)と小さなプリント(19×24センチ)を組み合わせたインスタレーションも、とてもうまくいっていた。写真家として、力をつけていることの証といえるのではないだろうか。
次に必要なのは、今回のようにテーマを絞り込んだ、クオリティの高いシリーズを、コンスタントに発表していくことだと思う。そろそろ、写真集の刊行も視野に入れてもいいかもしれない。

2015/10/02(金)(飯沢耕太郎)

大坪晶写真展「Shadow in the House #01/#02」

会期:2015/09/24~2015/09/30

大阪ニコンサロン[大阪府]

大坪晶の写真作品《Shadow in the House》シリーズは、時代の変遷に伴って多層的な記憶を持つ家の室内空間を被写体としている。本個展では、チェコ共和国プラハにあるべトナ・ホラー・インスティチュートと、奈良県大和郡山市にある旧川本邸を撮影したカラー写真十数点が展示された。
1928年に個人宅として建設されたべトナ・ホラー・インスティチュートは、第二次大戦中の軍事的占領、戦後の共産主義体制下における没収、政府から教会への貸与、体制崩壊後の遺族への返還を経て、現在は、元の所有者の孫娘が管理する公共施設となっている。また、大正時代に建設された旧川本邸は、1958年まで遊郭として使用され、風営法制定による廃業後は下宿として間貸しされた後、現在は町の保存団体が管理し、奈良芸術祭「はならぁと」の会場として活用されている。
光の差し込む障子、畳の間に設えられた屏風、壁紙が剥がれて剥き出しになった土壁。使い込まれた家具のある居間やキッチン。複数の写真に登場する男性の肖像画は、実体はなくともこの場を支配するかのような「かつての持ち主」の存在感を強く感じさせる。そこに折り重なるように写し込まれた影。よく見ると、ある時は壁の染みのように、ある時は家具が壁に擦れた跡のように、亡霊のような黒い影が画面に写り込んでいることに気がつく。かつて人がそこにいた痕跡が、見えない気配のように、あるかなきかの影となって空間を漂っているのだ。
《Shadow in the House》シリーズは、人々の生活の痕跡や記憶を内包した古い家のドキュメンタリーであるとともに、場に潜在する見えない記憶を「影」として可視化するという演出や操作を含んでもいる。そうした演出や操作に対して、「正しい」ドキュメンタリーを信奉する立場からの批判があるかもしれない。だが、大坪の写真は、写真の記録の「客観性」/イメージは常に操作可能であるという二律背反を引き受けながら、見知らぬ他者の記憶という、想起や共有が困難なものへと接近する回路を開こうとしている。その撮影行為は、建物の歴史的経緯や持ち主について遺族や関係者から聞いた話に支えられており、オーラル・ヒストリー的な側面を合わせ持つ。それはまた、 痕跡を写した写真/写真というメディウム自体が光の物理的痕跡であるという、写真と痕跡をめぐる視覚的考察となっている。

2015/09/30(水)(高嶋慈)

三上浩+達川清「QUAU in photo」

会期:2015/09/09~2015/10/11

POETIC SCAPE[東京都]

開館したばかりの水戸芸術館現代美術ギャラリーで、1990年に開催された「脱走する写真|11の新しい表現」は懐かしい展覧会だ。森村泰昌、今道子、コンプレッソ・プラスティコ、ソフイ・カル、ダグ&マイク・スターンなど、写真と現代美術の境界領域で活動しはじめていた写真家/アーティストが出品しており、この種の展示の走りというべき企画だった。三上浩+達川清も同展に「QUAU in photo」という作品を出品していたのだが、そのシリーズが、今回25年の時を経て東京・目黒のPOETIC SCAPEで展示された。
「QUAU」というのは「石の音、石の光」を意味する古い漢字「 (コウ)」から来ているという。彫刻家の三上が暗闇の中で石をハンマーで打ち続け、達川が飛び散る火花を写真に定着した。写真には火花によって浮かび上がる石の輪郭(形が変わっていくのでおぼろげに揺らいでいる)と周囲の状況も写し込まれている。単純なパフォーマンスの記録というだけでなく、写真それ自体が光のオブジェとして立ち上がってくる、密度と緊張感のあるいいシリーズだと思う。1980年代から90年代初頭にかけてのこの時期、多くの場所で写真家とさまざまなジャンルのアーティストとの接触、交流の実験が繰り返されていたはずだ。三上浩と達川清のコラボレーションだけでなく、他の写真家/アーティストたちの作品についても、もう一度見直していくべきではないだろうか。
なお1948年生まれの達川清は、1977~80年に三好耕三、広川泰士らと大判写真誌『GRAIN』を刊行し、80年代には『流行通信』などに意欲的なファッション写真を発表していた。技術力と発想力とをあわせ持ついい写真家だと思う。これを機会に、ぜひ新作を発表してほしい。

2015/09/30(水)(飯沢耕太郎)

吉村和敏『雪の色』

発行所:フォトセレクトブックス

発行日:2015年9月25日

吉村和敏は日本を代表する風景写真家の一人。デビュー作の『プリンス・エドワード島』(講談社、2000年)以来、内外の風景を、光と色の効果を駆使して、ロマンチックに描き出す作品を次々に発表して人気を博してきた。だが一方で、彼は何気ない日常の風景に潜む「繊細な日本の美」をシャープな画像で定着する作品も制作している。今回刊行された『雪の色』は『Sense of Japan』(ノストロ・ボスコ、2009)、『CEMENT』(同、2010)、『SEKISETZ』(丸善出版、2013)といった写真集の系譜に連なるものであり、吉村の写真家としての志の高さがよくあらわれていた。
本書のテーマになっているのは、タイトルから想像できるような雪そのものの色ではなく「雪の中の色」である。降り積もる雪の中を車で走っていると、道路標識、漁船、鳥居、自動販売機、郵便ポスト、バス停、自動車など「カラフルな色」が目の前にあらわれてくる。吉村はそれらを撮影することで、そこに「雪国で、雪や曇りのときだけ現れる不思議な色彩世界」を見出そうとしている。これは、なかなか興味深い視点だと思う。普段は逆に違和感を覚えるような派手な原色の道路標識や郵便ポストが、白い雪の風景に配置されると、いかにも日本的な渋い色味に見えてくるのだ。セメント工場の緻密かつデリケートな美しさを捉えた『CEMENT』もそうだったが、逆転の視点で見直すことで、日本の風景写真に新たな可能性が拓けてくるかもしれない。

2015/09/27(日)(飯沢耕太郎)

代官山フォトフェア

会期:2015/09/25~2015/09/27

代官山ヒルサイドフォーラムほか[東京都]

昨年は「HILLSIDE TERRACE Photo Fair」という名称で開催された日本芸術写真協会(FAPA)主催のイベントが、今回は「代官山フォトフェア」と名前を変えて再出発した。代官山ヒルサイドフォーラムとその近辺の会場を舞台に、EMON PHOTO GALLERY、G/P gallery 、MEM、nap gallery、TARO NASU、YUKA TSURUNO GALLEY、 Taka Ishii Gallery、The Third Gallery Aya、Zen Foto Galleryなど写真作品を扱う日本の代表的なギャラリー20軒が参加し、「フォトブック・サロン」のスペースにはIMA、小宮山書店、MATCH and Company、POST、shashasha、twelvebooksが出品していた。
シルバー・ウィ─クの直後という日程のためか、観客数はあまり伸びなかったようだ(それでも昨年を上回った)。だが、ゆったりと落ち着いた雰囲気で写真や本を見ることができたのはよかったと思う。展示の他にトークセッションやワークショップも開催され、総合型の写真イベントとして着実に育てていこうという意欲が伝わってきた。またFAPA独自の活動として、今年から年2冊のペースでオリジナル編集の写真集を刊行することになり、その第一弾として、石内都が撮影した「遺品」の写真をまとめた『Belongings 遺されたもの』(Case Publishing)が披露されていた。ハードカバーのしっかりした造本の写真集であり、今後の展開が期待できそうだ。
回を重ねていくうちに認知度も高まり、秋の行事として定着していきそうだが、小さくまとまらずに、国際的な情報発信の場となるといいと思う。nap galleryが紹介していた三善チヒロや鶴見幸代の新作のように、既存の写真家だけでなく、これから個展を開催するような新人も積極的に取り上げていってほしいものだ。

2015/09/26(土)(飯沢耕太郎)