artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
伊奈英次『YASUKUNI』
発行所:Far East Publishing
発行日:2015年8月15日
伊奈英次が靖国神社を撮るのは意外なことではない。というのは、彼には既に全国各地の天皇陵を長期間にわたって撮影した労作『Emperor of Japan』(Nazraeli Press, 2008)があるからだ。
だが、デビュー作の「都市の肖像」(フォトギャラリー・OWL、1981年)以来、これまでの主に風景写真的なアプローチで撮影した写真を見慣れてきた者にとっては、今回の写真集にはかなりの違和感を覚えるだろう。伊奈が1989年から続けているこのシリーズで、彼がカメラを向けているのは、靖国神社の境内に群れ集う人物たち(やはり右翼、愛国者といった人たちが多い)だからだ。アプローチとしては典型的な「社会的風景」を志向するスナップショットであり、一癖も二癖もありそうな人物たちが、モノクロームの中判カメラでくっきりと切り出されている。
伊奈のこの撮影対象と手法の変化は、むしろ靖国神社というテーマから必然的に導き出されたのではないだろうか。そこは建物や広場に意味があるのではなく、そこに集まってくる群衆のうごめきや、彼らが引き起こすイベントこそが重要なファクターになるからだ。とはいえ、伊奈は報道写真的なアプローチをめざしているわけではない。むろん「小泉首相の参拝」や「石原慎太郎都知事参拝」といった出来事も写してはいるが、その詳細を記録・伝達するというよりは、さまざまな要素がひしめき合うカオス的な状況こそが、伊奈の関心の的なのだ。アメリカ各地で開催されたイベントを撮影したゲイリー・ウィノグランドの名作『Public Relations』(1977年)のように、このアプローチを推し進めていけば、靖国神社以外に撮影対象を広げていくことも考えられそうだ。
2015/09/23(水)(飯沢耕太郎)
松井沙都子「ブランクの住空間」展
会期:2015/09/18~2015/10/04
Gallery PARC[京都府]
ギャラリーの展示室には、天板にカーペットとフローリング風のクッションフロアを貼り付けたテーブルに、1面ないしは2面の壁を取り付けた立体《ホームインテリア》が2点。他には写真作品と、壁材と木材と照明器具から成る壁掛け式の立体作品が出展されていた。展示の中心となる《ホームインテリア》は、規格化された現代日本の生活空間をシンボライズしたものだ。筆者自身、公団住宅(5階建ての団地)で人生の半分近くを過ごしてきたので、この作品が持つリアリティを心底から実感できる。快適だが薄っぺらい住環境、ルーツを喪失した根無し草、といったところか。しかし、そんな場所でも長く住むと愛着が湧くのが人間だ。本作を見て、図らずも自分の人生をプレイバックした。見た目は華奢で仮設的な作品だが、その背後にあるものは意外と重い。
2015/09/22(火)(小吹隆文)
生誕100年 写真家・濱谷浩──もしも写真に言葉があるとしたら
会期:2015/09/19~2015/11/15
世田谷美術館[東京都]
1999年の死去から16年あまりを経て、濱谷浩の回顧展が開催された。「モダン東京」「雪国」「裏日本」「戦後昭和」「學藝諸家」の5部構成で、代表作200点が並ぶ。生前制作のプリントを元にして、2015年に再制作された写真だからだろうか。戦前や1950年代の写真群を見ても、奇妙な生々しさを感じる。今回は残念なことに、後期の代表作である1970年代以降に世界各地で撮影された壮大なスケールの風景写真のシリーズは割愛されているのだが、より大きな会場で、この不世出の写真家のより規模の大きな展示を見たいものだ。
今回あらためて強く感じたのは、濱谷の写真家としての実験精神である。1930年代の銀座や浅草のモダンな風俗写真は、明らかに同時代の「新興写真」の影響化にあり、1945年8月15日の正午にカメラを天に向けて写した「終戦の日の太陽」の写真も、その延長上にあると思う。『雪国』(毎日新聞社、1956年)、『裏日本』(新潮社、1957年)でドキュメンタリー写真に転じた後も、画面構成や明暗の処理にはモダニズム時代以来の実験精神が息づいている。『學藝諸家』(岩波書店、1983年)も単なる人物ポートレートの写真集ではない。モデルの個性をどのように表現していくのか、画面の隅々にまでさまざまな工夫が凝らされている。
内容だけではなく、むしろ語り口やフォルムから濱谷の写真を読み解いていく視点が必要になるのではないだろうか。彼の写真表現の「新しさ」に着目すべきだろう。
2015/09/22(火)(飯沢耕太郎)
プレビュー:鉄道芸術祭 vol.5 ホンマタカシプロデュース もうひとつの電車~alternative train~
会期:2015/10/24~2015/12/26
アートエリアB1[大阪府]
京阪電車「なにわ橋駅」構内という独特のロケーションを生かし、鉄道と芸術をテーマにした「鉄道芸術祭」を毎年開催しているアートエリアB1。今年は写真家のホンマタカシをプロデューサーに迎え、駅、ホーム、車両などの鉄道環境や、京阪電車沿線を独自の視点でリサーチした作品展示を行う。出品作家はホンマの他、黒田益朗(グラフィックデザイナー)、小山友也(アーティスト)、NAZE(アーティスト)、PUGMENT(ファッションブランド)、蓮沼執太(音楽家)、マティアス・ヴェルムカ&ミーシャ・ラインカウフ(アーティスト)の計7組。ホンマは6月から断続的に大阪に滞在し、京阪沿線でカメラオブスキュラの手法で作品を制作、それらのうち光善寺駅のカメラオブスキュラを限定公開する他、小津安二郎へのオマージュ、リュミエール兄弟の作品上映などを行う。他のゲストアーティストたちは、写真、模型、映像、ドローイング、音響作品を出品する予定だ。
2015/09/20(日)(小吹隆文)
仙台写真月間2015
会期:2015/09/01~2015/10/04
毎年、秋に仙台のいくつかのギャラリーを舞台に展開されている「仙台写真月間」。今回は酒井佑、花輪奈穂、阿部明子、小岩勉、佐々木薫、今泉勤、野寺亜季子、伊東卓の9人が参加した。たまたま9月の第一週に写真コンテストの審査で仙台に行く仕事があるので、ほぼ毎年足を運んでいる。今年はSARPでの花輪奈穂と阿部明子の展示を見ることができた。
花輪の「点O(オー)」というタイトルは、自分にとっての原点、あるいは定点を意味するのだという。日常のさまざまな場面を切り取っていくスナップショットなのだが、そこにはたしかに原点を確保していこうという志向をはっきり感じとることができた。特に半透明なスクリーン状の物質を介して向こう側を透過したり、その表面に何かが映り込んだりする状況を取り込んだ写真が目立つ。このスクリ─ンの所在を軸にして、不定形の日常を構造化していくことができるのではないだろうか。
阿倍の「不在の痕」も日常的な場面の蓄積だが、花輪の作品とはかなり肌合いが違う。阿部が暮らす「西武新宿線中井駅から徒歩3分のシェアハウス」の「共用台所のテーブルの上」が写真の舞台だ。そこに置かれている、鍋、コーヒーメーカー、ティッシュペーパーの箱、灰皿などを「ブツ撮り」で撮影したシリーズの他に、断続的にテーブルの上を撮影した5分間の画像を連続的に上映する映像作品や、30分ごとにシャッターを切った一日分の画像を重ね合わせ、そのプリントをコピーし続けていくシリーズも展示されていた。コンセプチュアルな手法を取り入れてはいるが、そこには花輪と共通する日常の構造化という視点があると思う。
残念ながら、ひと月以上続くリレー式の展示を、全部見るのはなかなかむずかしい。参加者の写真作家としての個性がしっかりと見えてきているので、できればこれまでの集大成となる、より規模の大きな展覧会を実現してほしいものだ。
2015/09/13(日)(飯沢耕太郎)