artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

仙台コレクション 2001-2022  1万枚のメッセージ

会期:2023/01/21~2023/03/21

仙台文学館[宮城県]

「仙台コレクション」は、伊藤トオルを中心に、仙台在住の写真家たちが2001年から展開している写真撮影のプロジェクトである(参加者はほかに大内四郎、片倉英一、小滝誠、佐々木隆二、斉藤寿、松谷亘など)。彼らは仙台市内の建物、道路、階段、歩道橋、記念物などの外観を、精度の高い中判以上のカメラを使って、できる限り正確、かつ網羅的に記録し、「コレクション」として保存、公開することを目標として活動を続けてきた。今回仙台文学館での展示は、その数が当初からの目標であった1万枚に達したことを記念し、ひとつの区切りをつけるために開催されたものである。

印刷されて会場に並ぶ1万枚の写真群は、まさに圧巻としか言いようがない。数だけでもギネス級だが、その1枚1枚に、建造物に纏わりつく記憶が宿っていることに思い至ると、その厚み、重みは計り知れないだろう。会場のモニターには、その全点を閲覧できる映像データが流されていたが、それらを全部見ると8時間以上かかるのだという。

このプロジェクトには、写真とは何かをあらためて問い直す、さまざまな契機が含まれている。たとえば、個々の写真家の思いと、あくまでも客観性に徹する撮影のスタイルにどう折り合いをつけるのかという問題があった。「仙台コレクション」では、どの地域のどの建造物を撮るのかは、メンバーの判断に委ねられているが、撮り方については、モノクロームで、全面にピントを合わせ、建物の水平、垂直をきちんととるなどの厳密なルールを定めた。とはいえ、それぞれの写真を仔細に検討していくと、写真家一人ひとりの「個性」が画面に滲み出てきているように感じるものも多い。

「仙台コレクション」のスタートの時点では、アナログのフィルム、カメラを使っていた。ところがプロジェクトの進行中に写真を巡る環境が大きく変わり、デジタルカメラに切り替えざるを得なくなった。そのことによって、やはり一枚の写真を撮影し、プリントするプロセスが、やや集中力を欠いた流れ作業になってしまったということもあったという。メンバーのひとりが、もし最初からデジタルカメラを使っていたら、このプロジェクトは成立しなかったのではないかと話していたことが印象深かった。

間に2011年の東日本大震災を挟み込んでいることで、「仙台コレクション」は、当初考えていた以上の意味をもつようになったともいえる。震災とその後の復興の過程で、それ以前に記録していた建造物の大部分が姿を消してしまうことになったからだ。1万枚という目標には達したが、「仙台コレクション」の写真アーカイブとしての営みは、これから先もさらに重要性を増しつつ続いていくはずだ。さしあたり、100枚余りをピックアップした「ベスト版」の写真集の計画もあるという。仙台以外の場所での展示も考えられるのではないだろうか。


公式サイト:https://www.sendai-lit.jp/6167

2023/01/21(土)(飯沢耕太郎)

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安珠「ある少女の哲学」

会期:2023/01/18~2023/02/12

CHANEL NEXUS HALL[東京都]

安珠の写真家としての世界が花開きつつある。2018年7月~8月にキヤノンギャラリーSで開催した「ビューティフルトゥモロウ~少年少女の世界」で、彼女の真骨頂というべき演劇的な要素をたっぷりと含み込んだ物語世界を開示してみせたのだが、今回の展示ではそこにさらに奥行きと深みが加わってきている。

「少女」というテーマは、安珠にとって運命的な必然というべきもので、「見えないものこそが大事であり、それを見たい」というアーティストとしての希求のすべてを込めた、テンションの高いパフォーマンスを、完璧な技術力で作品化していた。「少女」は単純にイノセントで儚くも美しい存在としてではなく、社会的なプレッシャーに自ら抗い、自由を求めて羽ばたこうとする強さを秘めた姿で描き出されている。『不思議の国のアリス』『赤ずきん』『青い鳥』などの物語、あるいはジョン・エヴァレット・ミレーの《オフィーリア》などの絵画を下敷きにしつつ、それらを換骨奪胎してイマジネーションをふくらませていった。天使の羽根のようなリボンのイメージを随所にちりばめた会場構成も見事な出来栄えである。

「写真千枚以上」をつなぎ合わせたという映像作品(音楽:細野晴臣)も含めて、完成度の高いシリーズとして仕上がっていたが、まだどこか最後までやりきっていないという印象も残る。「少女」の造形が、西欧の白人のそれに寄りかかりすぎているのがやや気になった。この方向性をさらに進めていけば、死、病、エロス、狂気といった要素すらも取り込んだ、より広がりのある「少女」像も視野に入ってくるのではないだろうか。


公式サイト:https://nexushall.chanel.com/program/2023/anju/

関連レビュー

安珠「ビューティフル トゥモロウ 少年少女の世界」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年08月01日号)

2023/01/19(木)(飯沢耕太郎)

田口るり子「OUT OF NOISE」

会期:2023/01/12~2023/01/19

CO-CO PHOTO SALON[東京都
]

田口るり子が2020年に東京・目黒のコミュニケーションギャラリーふげん社で開催した個展「CUT OFF」は、彼女にとって大きな転機となったのではないだろうか。同作品は、新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言の時期に、自宅で髪を切るというパフォーマンスを撮影したセルフ・ポートレートである。写真を通じて、自己の存在のあり方をしっかりと見つめ直したこの作品を発表後、田口はむしろ積極的に外に出て撮影するようになった。本展には、ここ一年余りで撮影したというモノクロームのスナップショットが並んでいた。

被写体の幅はかなり大きい。常に変化し続けていく「曖昧で流動的」な事物に、あまり構えることなくカメラを向けている。「構図や見栄えなどへの欲や、自己のなかにある他者由来の物差し」をできる限り排除し、心のおもむくままにシャッターを切ることで、自分が何を、どのように見ているのかをあらためて確認しようという作業の集積ともいえるだろう。特に、小さめのフレームにおさめた写真54枚をモザイク状に配置したパートに、彼女の意図がよくあらわれていた。ただ、全部が黒白写真だと、田口の真骨頂ともいえる被写体へのヴィヴィッドな反応が、うまく伝わらなくなりそうだ。カラー写真も混じえていくことで、より膨らみのあるシリーズになっていくのではないだろうか。


公式サイト:https://coco-ps.jp/exhibition/2022/11/972/

関連レビュー

田口るり子写真展「CUT OFF」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月01日号)

2023/01/13(金)(飯沢耕太郎)

小平雅尋『杉浦荘A号室』

発行所:Symmetry

発行日:2023/01/09

小平雅尋の新しい写真集『杉浦荘A号室』のページを繰っていて、彼が東京造形大学の学生だった頃から私淑していた大辻清司の作品《間もなく壊される家》(1975)、《そして家がなくなった》(1975)を思い出した。同作品は、「大辻清司実験室」と題する連載の第11回目と12回目(最終回)として、『アサヒカメラ』(1975年11月号、12月号)に連載されたもので、大辻の代々木上原の古い家が取り壊されるまでのプロセスを淡々と記録したものである。小平もまた、長く住んだ世田谷区のアパートの部屋から移転することになり、その最後の日々をカメラにおさめようとした。部屋の中のさまざまな“モノ”の集積を、丹念に押さえていこうとする視線のあり方も共通している。

だが、小平の今回の作品は、彼自身の姿が頻繁に映り込んでいることで、大辻の旧作とはかなり印象の違うものになった。セルフタイマーを使った画像から浮かび上がってくるのは、まさに「写真家の日常」そのものである。撮影やフィルムの現像などの作業のプロセスを、これだけ見ることができる写真シリーズは、逆に珍しいかもしれない。それに加えて、窓の外の庭にカメラを向けて写した植物や小鳥の写真が、カラー写真で挟み込まれている。写真集の最後のあたりには、結婚してともに暮らすことになる女性の姿も見える。大辻の作品と比較しても、より「私写真」的な要素が強まっているといえそうだ。

小平の前作『同じ時間に同じ場所で度々彼を見かけた/I OFTEN SAW HIM AT THE SAME TIME IN THE SAME PLACE』(Symmetry、2020)は、それまでの抽象度の高いモノクローム作品の作家という彼のイメージを覆す意欲作だった。今回はさらに、プライヴェートな視点を強めて、新たな領域に出ていこうとしている。写真家としての結実の時期を迎えつつあるということだろう。

関連レビュー

小平雅尋『同じ時間に同じ場所で度々彼を見かけた/I OFTEN SAW HIM AT THE SAME TIME IN THE SAME PLACE』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)

2023/01/10(火)(飯沢耕太郎)

鈴木清「天幕の街 MIND GAMES」

会期:2023/01/04~2023/03/29

フジフイルム スクエア 写真歴史博物館[東京都]

1982年に自費出版で刊行された『天幕の街 MIND GAMES』は鈴木清の3冊目の写真集である。『流れの歌 soul and soul』(1972)、『ブラーマンの光 THE LIGHT THAT HAS LIGHTED THE WORLD』(1976)に続くこの写真集で、鈴木はそれまでのように自分でデザイン・レイアウトするのではなく、その作業を他者(グラフィックデザイナーの鈴木一誌)に委ねた。そのことによって、装丁、内容ともに前作よりも大胆で自由度を増したものになった。

今回、フジフイルム スクエア 写真歴史博物館で開催された本展には、同写真集に掲載された作品を中心に39点が出品されている。サーカス団の団員たちや彼らを取り巻く環境にカメラを向けた「サーカスの天幕」、たまたま知り合ったホームレスの男性との交友を軸にした「路上の愚者・浦崎哲雄への旅1979-1981」などの作品群を見ると、被写体との距離感を自在に調整しつつ、融通無碍にシャッターを切っていく鈴木ののびやかなカメラワークに、あらためて強い感動を覚える。鈴木はこの時期に、写真の選択、配置、テキストとの絡み合いなどにおける独自のスタイルを確立し、自費出版写真集という形態をほぼ極限近くまで突き詰めようとしていた。やがて鈴木一誌とのコラボレーションを解消し、ふたたび自身で写真集をデザイン、レイアウトしていく下地が、既にでき上がりつつあったことが伝わってきた。

会場には、彼が写真集の構想を固めるために制作した「ダミーブック」(手作りの見本写真集)も展示してあった。それらも含めて、生涯に8冊の写真集(1冊を除いては自費出版)を刊行した鈴木清の全体像を概観できる展覧会をぜひ見てみたい。そろそろ、その気運も高まってきているのではないかと思う。


公式サイト:https://fujifilmsquare.jp/exhibition/230104_05.html

2023/01/09(月)(飯沢耕太郎)