artscapeレビュー

安珠「ビューティフル トゥモロウ 少年少女の世界」

2018年08月01日号

会期:2018/07/11~2018/08/28

キヤノンギャラリーS[東京都]

1980年代にパリコレ・モデルとして活動した後、写真家に転身した安珠。彼女の本格的な写真展は、これまであまり開催されてこなかったのだが、今回のキヤノンギャラリーSの展示を見て、写真家としての力量を再認識した。

「少年少女の世界」は安珠の原点というべき作品群で、1990年代に『サーカスの少年』(1990)、『少女の行方』(1991)、『星をめぐる少年』(1993)、『眠らない夢』(1996)の「4部作」を刊行している。今回の展覧会では、その4冊の写真集からピックアップした作品をそれぞれの小部屋に分けて展示しており、ピンクを基調とした壁面構成、フランスの写真家、ベルナール・フォコンのマネキン人形のコレクションを使ったインスタレーションなど、細部までよく練り上げられていた。こうしてみると、安珠が日本ではむしろ珍しい演劇的な構想力を備えた写真家であり、物語世界を組み上げていく才能に恵まれていることがよくわかる。植田正治や細江英公、あるいは近年国際的に再評価の機運が高まっている山本悍右などを除いては、日本の写真家たちが演劇的なスタイルの写真を発表すると、うまくフィットせず、どこか白々しい気分になってしまうことが多い。撮る側と撮られる側の両方の立場を経験している安珠はその数少ない例外なので、これらの演出写真の水脈が2000年代以降に中断しているのは、とてももったいないと思う。

会場には旧作のほかに。老人と少年を同じポーズで撮影した90年代の未発表作「ジャネーの法則」や、ピンク色の紙の繊維を透かして写真を見るようにセットされた「蝶の囁き」など、意欲的な新作も出品されていた。彼女のフォト・ストーリーの新たな展開をぜひ見てみたい。

2018/07/11(水)(飯沢耕太郎)

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