artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
会田誠『いまさら北京』

発行所:大和プレス(発売=ユトレヒト)
発行日:2009年7月11日
会田誠が序文でこんなことを書いている。「私は芸術家として普段、何か『特別なもの』を作ろうとしている。特別に美しいもの、特別に醜いもの、特別に激しいもの、特別に穏やかなもの・・・等々」。ところが時々それが「悪い行為」に思えることがあるという。「この世のものはすべて特別だ、という意味で、この世に特別なものなんて一つもない」。にもかかわらず、さもそれらを「特別なもの」としてパッケージして提示する行為は、「悪しき詐術」ではないのかというのだ。
そこで会田が何をやったかというと、たまたまグループ展に参加するために一カ月ほど滞在した北京郊外の草場地付近の雑多な光景をカメラに収め、プリントしてこの一冊の写真集にまとめることだった。たしかに、ここに写っているなんとも散文的な都市とその近郊の眺めは「特別なもの」とはいいがたい。日本にはないローカルカラー(たとえば今はもう使われなくなった練炭の燃え滓、妙に派手なビニールシート等)を感じる場面もあるが、その大部分はごく見慣れたアジアの片隅の光景だからだ。
にもかかわらず、これらの糞も味噌も一緒になったようなごった煮状態の眺めが、奇妙な微光を発して目に食い込んでくるように感じるのはなぜだろうか。「特別なもの」を徹底して排除して作られているはずの写真集にもかかわらず、思わずページを繰る手を止めてじっと見入ってしまうような写真がたくさんある。これもまた会田誠の「悪しき詐術」の見事な作例なのか。なお、歌謡曲のような『いまさら北京』は日本語のタイトルで、英語のタイトルは『Beijing behind the ART』である。
2009/11/12(木)(飯沢耕太郎)
芝田文乃「いったりきたり日記/2008年版」

会期:2009/11/07~2009/11/15
サードディストリクトギャラリー[東京都]
ポーランド文学の優れた翻訳者でもある芝田文乃は、2000年から毎年「いったりきたり日記」の展示を始めた。ということはもう10年目。全部見ているわけではないが、定例行事のような楽しみがある。
今年の展示の内容も、いつも通りの東京とポーランドのクラクフを「いったりきたり」する日々のスナップである。最初の頃は、日本とポーランドの環境や人びとの暮らしの違いを見せたいという意図もあったようだが、最近の展示ではそのあたりが緩んできていて、二つの都市の写真の間には際立った違いは感じられない。今回は東京が17点、クラクフ(とその周辺)が15点の写真が並んでいるのだが、その境界線がほとんど消失していて、いつのまにか違う場所に行って戻ってくる感じなのだ。
両者の写真の質が同じなのは、スナップシューターとしての芝田の姿勢が一貫しているからだろう。被写体に過度の思い入れをすることなく、傍観者としての距離感を保って、すっとカメラのフレームにおさめていく。「いかに自分を空っぽにしてシャッターを切り続けられるか」をいつも心がけているというが、これはいいスナップシューターの必要条件というべきものだろう。とはいえ、芝田の写真が無国籍で無味乾燥かといえば、そんなことはまったくない。2008年現在の東京とクラクフの空気感がきちんと写り込んでいる。最近は、こういう味わい深いスナップショットを見る機会も次第に減りつつあるように感じる。そろそろ写真集にまとめることができるといいのだが。
2009/11/12(木)(飯沢耕太郎)
金子隆一/アイヴァン・ヴァルタニアン『日本写真集史 1956-1986』

発行所:赤々舎/Goliga Books
発行日:2009年11月1日
赤々舎とGoliga Booksから共同出版された『日本写真集史 1956─1986』は画期的な「写真集の写真集」である。ここ10年あまり、欧米諸国では日本人写真家の仕事に対する興味が高まり、写真集の古書価格は信じられないほどの勢いで急騰した。さすがに昨年来の世界同時不況で、その上昇にはストップがかかったのだが、なお100万円単位で取引される写真集もかなりある。ところがそれらの写真集についての情報は、かなり断片的であり偏ったもので、参照すべき文献もあまりなかった。その意味で本書の出版は、欧米諸国だけでなく、日本国内の写真集コレクターにとっても朗報というべきだろう。
本書は濱谷浩『雪国』(毎日新聞社、1956年)から深瀬昌久『鴉』(蒼穹舎、1986年)まで、およそ30年間にわたって刊行された39人の写真家(及びグループ)の41冊の写真集(1979年刊行の北島敬三『写真特急便「東京」No.1-12』を12冊として数えれば52冊)を扱っている。まさに日本の写真集の「黄金時代」を代表する写真集ぞろいの強力なラインナップといえる。著者の一人である東京都写真美術館専門調査員、金子隆一は、蔵書が2万冊を超えるという世界有数の写真集コレクターであり、本書におさめられた写真集はその所蔵本から、元Apertureの編集者だったアイヴァン・ヴァルタニアンの協力を得て選び出された。写真集のページをそのまま複写してレイアウトすることで、染みや汚れ、写真家の署名なども写り込んでおり、それが逆に生々しい臨場感を醸し出している。いずれにせよ、日本の写真集に多少なりとも関心を持つ者にとっては必読文献であり、ページをめくっているだけで半世紀前にタイムスリップするような気分を味わうことができるだろう。
2009/11/11(水)(飯沢耕太郎)
佐伯慎亮『挨拶』

発行所:赤々舎
発行日:2009年9月15日
佐伯慎亮が「写真新世紀」で優秀賞を受賞したのは2001年だから、それからもう10年近くが過ぎた。その間いろいろなことがあったと思うし、普通ならなかなか自分の仕事が形にならないと、焦ったり腐ったりするのではないだろうか。だが佐伯は、10年前の初々しくポジティブな、世界に対する驚きと感動を保持しつつ、その作品世界をしっかりとパワーアップさせていった。『挨拶』はたしかに彼のデビュー写真集には違いないのだが、どこか腰をどっしりと据えた落着きを感じさせる。自分が見たものをきちんと提示すればそれでいいのだという確信が、写真の一枚一枚にみなぎっているのだ。ページ数はそれほど多くないが、充実した気持のよい写真集に仕上がっていると思う。
佐伯は真言宗のお寺の息子で、醍醐寺伝法学院を卒業して僧侶の資格を持っている。基本的には仏教的な無常観、生も死も同一の存在の裏表と見るような感じ方が、彼の写真家としてのものの見方のバックボーンになっていることは間違いないだろう。だがそれを説教臭くなく、笑いに包み込んで、シャウトするように打ち出してくるのが佐伯のスタイルである。一見、いまどきの日常スナップの集積に見えて、それぞれの写真に芯が通った自己主張がある。「挨拶」とは仏教用語としては、「問答を交わして相手の悟りの深浅を試みる」ことだという。佐伯の写真にもそんなところがある。知らず知らずのうちに、「これは何か」「これでいいのか」という自問自答に誘い込まれていくのだ。
2009/11/09(月)(飯沢耕太郎)
セバスチャン・サルガド「AFRICA」

会期:2009/10/24~2009/12/13
東京都写真美術館 2階展示室[東京都]
僕は1979年以来、ケニア・タンザニアを中心に東アフリカを何度も訪れている。通算の滞在期間は1年以上になるだろう。まだ個人的な趣味の範疇だが、そのうちスワヒリ文化を中心として何か書いてみたいとも思っている。だから、他の人よりは多少アフリカについて語る資格はあると思う。
結論的にいえば、セバスチャン・サルガドの「AFRICA」はアフリカではない。そこにあるのは壮大な自然と虐殺や飢餓の悲惨な状況だけで、その「間」が完全に欠落しているからだ。モノクロームの大きな写真は、例によって完璧な構図、ドラマチックな躍動感にあふれており、観客を引き込む力を備えている。サルガドのアフリカの人びとに対する善意、このような写真を通じてこれ以上の環境の悪化や貧困を食い止めたいという意志も充分に伝わってくる。にもかかわらず、肝心のそこに生きている人々の生の手触りがまったくというほど見えてこない写真は、ある種の誤解を引き起こしてしまうのではないだろうか。被写体と観客との間に横たわる大きなギャップ(実際にはそれだけでもない)のみが強調されてしまうからだ。
もう一つ感じたのは、たとえばルアンダの内戦を扱う場合、旧植民地時代から支配者の手先の役目を果たしてきたツチ族と、多数派のフツ族との複雑にねじ曲がった歴史を、キャプションの段階できちんと伝えないと、虐殺や難民化がなぜ起きたかが理解されず、単純に悲劇的な出来事として片付けられてしまうのではないかということだ。われわれはあまりにも簡単に「アフリカ」と一括りにしてしまいがちだが、北のイスラム圏と南のブラック・アフリカ、旧イギリス植民地の東アフリカとフランス植民地の西アフリカでは、歴史も文化も社会的な慣習もまったく違っている。しかもアフリカ諸国はモザイク状の部族社会の集合体であり、同じ国でも言葉が通じないというようなことはざらにある。残念なことに、サルガドの展覧会はそのあたりについての配慮を決定的に欠いている。会場の狭さとか、キャプションの翻訳とかの問題では片付けられない、基本的な鈍感さがそこにあるのではないかとすら疑ってしまう。
2009/11/06(金)(飯沢耕太郎)


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