artscapeレビュー
佐伯慎亮『挨拶』
2009年12月15日号
発行所:赤々舎
発行日:2009年9月15日
佐伯慎亮が「写真新世紀」で優秀賞を受賞したのは2001年だから、それからもう10年近くが過ぎた。その間いろいろなことがあったと思うし、普通ならなかなか自分の仕事が形にならないと、焦ったり腐ったりするのではないだろうか。だが佐伯は、10年前の初々しくポジティブな、世界に対する驚きと感動を保持しつつ、その作品世界をしっかりとパワーアップさせていった。『挨拶』はたしかに彼のデビュー写真集には違いないのだが、どこか腰をどっしりと据えた落着きを感じさせる。自分が見たものをきちんと提示すればそれでいいのだという確信が、写真の一枚一枚にみなぎっているのだ。ページ数はそれほど多くないが、充実した気持のよい写真集に仕上がっていると思う。
佐伯は真言宗のお寺の息子で、醍醐寺伝法学院を卒業して僧侶の資格を持っている。基本的には仏教的な無常観、生も死も同一の存在の裏表と見るような感じ方が、彼の写真家としてのものの見方のバックボーンになっていることは間違いないだろう。だがそれを説教臭くなく、笑いに包み込んで、シャウトするように打ち出してくるのが佐伯のスタイルである。一見、いまどきの日常スナップの集積に見えて、それぞれの写真に芯が通った自己主張がある。「挨拶」とは仏教用語としては、「問答を交わして相手の悟りの深浅を試みる」ことだという。佐伯の写真にもそんなところがある。知らず知らずのうちに、「これは何か」「これでいいのか」という自問自答に誘い込まれていくのだ。
2009/11/09(月)(飯沢耕太郎)