artscapeレビュー
2020年07月01日号のレビュー/プレビュー
ヌトミック『Our play from our home』
リリース:2020年6月12日
演劇カンパニー・ヌトミックが音楽作品『Our play from our home』をリリースした。バンド・東京塩麹の作曲・キーボード担当としても活動している主宰の額田大志は、実質的な演劇デビュー作である『それからの街』で演劇にミニマルミュージックの手法を用いて注目を集め、その後も「ヌトミックのコンサート」と題したパフォーマンスを不定期に開催するなど、上演と演奏の境界を問いながら自在に行き来するような活動を展開してきた。とはいえ、演劇カンパニーであるヌトミックの名義での楽曲配信はさすがに今回が初めてである。
『Our play from our home』はタイトルが示唆する通り、ヌトミックのメンバー4人(河野遥、長沼航、原田つむぎ、深澤しほ)の日常生活を録音した作品。それぞれの起床から就寝までがほぼノーカットで収録されている、らしい。「らしい」というのは、リスナーであるところの私にはそれを確認する術がないからだ。聞こえてくるささやかな生活音や環境音だけでは、そこに複数の人間の日常生活が重なり合って存在していることはほとんどわからない。
全60曲、およそ20時間にもおよぶこの作品を、私はパソコンでの作業中のBGMとして断続的に「プレイ」した。私が作業に集中していたこともあり、メンバーの生活音は私のそれと馴染み、実際のところ私は何度か楽曲を再生していることを忘れて席を外してしまったほどである。編集による効果もあるだろうが、考えてみれば私が日常生活で無意識のうちに耳にしている音は、そもそも多くの人間の生活から生じた無数の音の集合体なのであった。
Openingと題された冒頭のトラックでは20時間のあいだに19個の「プレイ」が潜んでいるということも宣言される。「プレイ」の内実はさまざま、かつ、それが「プレイ」であるとはっきりと示されることもない。音楽らしきものの演奏であったり、あるいは戯曲の読み合わせであったりと音楽/演劇の範疇に収まっているものもあれば、おそらくこれが「プレイ」なのだろうと推測するしかないもの(たとえば化粧講座など)もある。リスナーは作品を聴きながら日常生活のなかに「プレイ」を自ら発見していく。ヌトミックのメンバーによってプレイされた『Our play from our home』をそうしてリスナーもまたプレイするのだ。
新型コロナウイルスの影響により劇場での公演が困難な状況で、多くの劇団や作家が一時的な代替手段として、あるいは新たな展開として劇場公演ではない「演劇」のかたちを模索している。それは演劇そのものの問い直しでもある。もちろん答えはひとつではない。だが、たとえば演劇とは「いまここ」にそれとは別の時空間を呼び込むことなのだと考えるならば、『Our play from our home』はきわめて演劇的な作品だということになるだろう。
私の生活音に紛れ重なり合う他人の生活音。しかし宣言される時刻が、あるいはふいに聞こえてくる防災無線の声が、そこにある時空間が私のいる「いまここ」とは異なるそれであることをふいに際立たせる。プレイヤー側はどうだろうか。「一部のplayを除き、メンバーもお互いの状況を確認することができない中で録音が進められた」とのことだが、しかし「いまここ」の私の音を異なる時間・場所に属する誰かが聴くだろうことは意識されていたはずだ。プレイヤー側にもリスナーの「いまここ」は流れ込んでいる。
ヌトミックは5月から「ヌトミックのメルマガ」の配信を始めた。「少なくとも劇場に通うことが日常の一部になるまでは、定期的に配信を続ける予定だ」というそれは、「私たちは直接会うことはできない。しかし、書かれた言葉を辿った先の『誰か』を想像することはできる」という思いからスタートしたのだという。ヌトミックのほかの活動と同じように、メールマガジンにはメンバー全員が参加し、それぞれに言葉を紡いでいる。このような姿勢は『Our play from our home』とも共通している。演劇は、生きた個人の生活のなかから生まれてくるものだ。常ならざる状況で自らの足場を改めてしっかりと確認するようなヌトミックの営みは好ましくも頼もしい。
『Our play from our home』はbandcampで900円で配信(ダウンロード&ストリーミング)中。冒頭およそ80分の試聴(!)も可能だ。
公式サイト:https://nuthmique.com/
『Our play from our home』配信ページ:https://nuthmique.bandcamp.com/album/our-play-from-our-home
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ヌトミック『それからの街』 │ artscapeレビュー(2020年03月01日号) | 山﨑健太
2020/06/21(日)(山﨑健太)
操上和美『April』
発行所:スイッチ・パブリッシング
発行日:2020年4月10日
ロバート・フランクは2019年9月9日に94歳で亡くなった。1959年に刊行された『アメリカ人』(The Americans)をはじめとする彼の写真の仕事は、プライヴェートな眼差しを強調する現代写真の起点となるものであり、多くの写真家たちに強い影響を及ぼした。操上和美もそのひとりで、1960年代初めに東京綜合写真専門学校在学中に彼の『アメリカ人』を見て衝撃を受ける。以来、「どれだけじっくり見ても、奥が深くて飽きない」写真集として大事にしてきたという。その操上は、1992年6月に雑誌の仕事で、はじめてニューヨークでフランクを撮影した。そのときに、カナダのノヴァ・スコシアの仕事場にも足を運んだ。さらに1994年4月には、操上の故郷である北海道・富良野への旅にフランクが同行し、数日間をともに過ごした。その3回の撮影の時の写真を、再編集してまとめたのが本書『April』である。
操上はニューヨークやノヴァ・スコシアで、フランクのことを日本語で「お父さん」と呼ぶようになったという。ちょうど操上の父親と同世代であり、写真の先達でもあった彼のことを、親しみとリスペクトをこめてそう呼んだということだろう。普段は隅々まできっちりと組み上げられ、張りつめた緊張感さえ感じさせる写真を撮る操上には珍しく、どこか柔らかなトーンの、リラックスしたスナップ写真が多いのも、そんな二人の関係が作用しているのではないかと思う。知らず知らずのうちに、あの『アメリカ人』の、クライマックスをちょっとずらす写真の撮り方を取り入れているようでもある。とはいえ、写真集の帯に使われている、物陰から鋭い眼差しでこちらを見つめるフランクの顔のクローズアップのような、いかにも操上らしいフォルマリスティックな写真も含まれている。写真家が写真家を撮るという行為の面白さを、あらためて感じさせてくれた写真集だった。
なお、東京・六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで、出版に合わせた同名の展覧会が開催される予定だったが、コロナ禍で大幅に延期され、会期は2020年6月20日〜7月25日になった。
2020/06/22(月)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス | 2020年7月1日号[テーマ:庭園]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、クレマチスの丘 ヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡県)で2020年8月31日(月)まで開催中の展覧会「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」にちなみ「庭園」。このキーワード関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「庭園」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:ハプスブルク家「美の遺産」
神聖ローマ皇帝として、オーストリア皇帝として、645年間君臨したウィーンの名門一家ハプスブルク家。絵画、工芸、建築、庭園、食卓など、宮廷が育んだ美の来歴を、ハプスブルグ家の人々の物語とともに辿る。
2位:鉛筆画マスターBook 質感を描き分ける! すべては鉛筆から始まる
英国の有名アーティストである著者が、初心者はもちろん、さらに腕を磨きたい中級者にも向けて、鉛筆画の極意を分かりやすく解説。取り上げるテーマは「樹木と森林」「庭園と草花」「建物」などの風景から、「静物」「人物」「鳥と動物」まで誰もが描きたい人気のものばかり。知っているようで意外と知らなかった「基本的な線の引き方」、使いこなしたら立体感が増す「陰のつけ方」などををベースに、順を追って丁寧に説明。動物のふわふわした毛、堅いレンガ、やわらかい布……描き分けたかった質感も自由自在。そして、学んだテクニックを繰り返し練習し、仕上げていくだけで描画スキルがどんどん向上し、自信が持てるようになります! 何より鉛筆画はすべての絵の基本。鉛筆画が描けるようになれば色鉛筆も水彩も思いのまま。さあ、鉛筆画を描いてみましょう。
3位:日本美術の歴史
「かざり」「あそび」「アニミズム」をキーワードとして、絵画、彫刻、工芸、考古、建築、庭園、書、写真、デザインなどの多分野にまたがる日本美術の流れを、縄文から現代までたどる。
4位:おでかけ美術館&博物館 関西版(LMAGA MOOK おとなのエルマガジン)
ミュージアムの庭園やカフェで寛いだり、建築やインテリア、常設展示にお気に入りを探したり。関西の美術館&博物館を、周辺のショップやカフェ、レストランとともに紹介します。データ:2018年5月現在。
5位:半分、生きた
1998年に映画『ポルノスター』で監督デビューを果たして以来、『青い春』『空中庭園』『ナイン・ソウルズ』『モンスターズクラブ』『I’M FLASH !』、そして『泣き虫しょったんの奇跡』など、数多くの映画を生み出し、映画界はもちろんのこと、多くの俳優にも影響を与えてきた豊田利晃。(中略)2019年、50歳を迎え、これまでの半生を振り返った本書は、映画作品の製作についてのみならず、その時間の中で出会い、別れ、深く関わってきた人々との物語が、赤裸々に真っ直ぐな言葉で綴られた、未来に向けた声明文ともいうべき内容となりました。
6位:大人の塗り絵 すぐ塗れる、美しいオリジナル原画付き 花咲く美しい庭園編
蓼科高原バラクライングリッシュガーデン、軽井沢レイクガーデン、あしかがフラワーパークなど、日本各地の四季折々の庭園風景を集めた塗り絵。書き込み式。
7位:文化遺産と〈復元学〉 遺跡・建築・庭園復元の理論と実践
失われた歴史遺産を再生する復元。何のため、いつの時点へ、どう戻すのか? 古代から現代における国内外の遺跡や建物、庭園、美術品の復元を検討し、復元の目的や実情、課題に迫る。
8位:日本の芸術史 造形篇1 信仰、自然との関わりの中で(芸術教養シリーズ)
縄文時代から鎌倉時代までの造形を中心に、仏教美術、建築、庭園などを取り上げ、基本的な知識や時代について概説し、具体的な作例を通して造形的な特徴を解説。その後の展開にもふれる。
9位:岡上淑子フォトコラージュ沈黙の奇蹟
国内外で再評価の高まる岡上淑子の代表的なフォトコラージュ約100点をほぼ原寸で収録した作品集。岡上淑子、瀧口修造のエッセイ、神保京子の論考、作品リストも掲載。2019年東京都庭園美術館開催の展覧会公式カタログ。
10位:遠近法がわかれば絵画がわかる(光文社新書)
物体、色彩、陰影、線…。さまざまな重なりが織りなす「遠近法」を、私たちは目と脳でどう読み解いているのか。名画、建築、庭園、現代アートをとりあげ、その謎に迫る。また、遠近法が確立されるまでの美術史もひもとく。
10位:アジアン・インパクト 日本近代美術の「東洋憧憬」
1910〜60年代の日本近代美術にみられる、アジアの古典を強く意識した傾向を、日本画、洋画、そして工芸の各ジャンルの事例により検証。東京都庭園美術館で開催される展覧会の公式図録兼書籍。
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artscape編集部のランキング解説
「庭」や「庭園」と聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか。映画やドラマに登場する庭でのワンシーンや、茂った植物、土の香り、丹念に手入れされた日本庭園や西洋庭園の美しい風景など、さまざまなイメージが喚起されると思います。今回「庭園」というキーワードの元となった「センス・オブ・ワンダー もうひとつの庭へ」という展覧会のタイトルは、レイチェル・カーソンの遺作『センス・オブ・ワンダー』から取られたものですが、この本のなかでは、カーソンが姪の息子である幼い男の子とともに別荘の周りの森や海岸を探検する様子が、そこで出会う自然の姿とともに生き生きと描かれています。
今回のランキングに目を移すと、ランクインしている本の多様性にまず驚きますが、そのなかでも「庭園」というものが歴史的・文化的な遺産として、建築や工芸、絵画、彫刻などと並ぶ大きな柱のひとつであることが窺えるタイトルが、複数目に付きます(1位、3位、7位、8位ほか)。美術品のように鑑賞する対象でありつつ、実際に足を踏み入れられる空間でもあり、人の手だけではその景観は完成しないという独特の時間感覚を持ち合わせる庭園というメディアは、国・地域を問わずその時代ごとの資産家や権力者によって計画・整備され、富や権力の象徴とされてきました。
その一方で、絵を描く(あるいは塗る)人にとって、描く対象としての「庭園」への関心の高さもランキングから垣間見えます(2位、6位)。そのつながりで、絵画空間がいかに遠近法を意識してつくられているかが解説されている『遠近法がわかれば絵画がわかる』(10位[1])のなかでは、造園における遠近法についても言及が。庭園を魅力的に描くヒントが見つかるかもしれません。
その空間の中に身を置き、感覚をひらく場所としての「庭園」。ウイルスの影響を受ける場面も引き続き多い昨今ですが、営業を再開する美術館もずいぶん増えてきました。展示や本の力を借りて、心身ともに解き放つことのできる、のびのびとした心の庭が持てるといいですね。
2020/07/01(水)(artscape編集部)