artscapeレビュー
鼻煙壺:沖 正一郎コレクション「小さきものは皆うつくし」
2016年04月01日号
会期:2016/02/14~2016/03/21
渋谷区立松濤美術館[東京都]
鼻煙壺とは、中国の嗅ぎ煙草入れのこと。南米原産の煙草はいわゆる「コロンブスの交換」によってヨーロッパ大陸へと伝来し、やがて世界中に広がった。粉末状のたばこを鼻から吸う嗅ぎたばこは17世紀から18世紀のヨーロッパでフランスを中心に流行し、美麗な嗅ぎ煙草入れがつくられた。嗅ぎたばこの習慣が中国に伝わったのは17世紀後半。そして湿度が高いアジアの気候に合わせて、より密閉度が高い容器がつくられるようになったという。蓋の内側には小さな匙が付いていて、それで中の嗅ぎたばこをすくい、手の甲に乗せて鼻で吸ったり、鼻の粘膜にすりつける。機能が決まっていて、持ち歩くことが前提なので、どれもサイズはだいたい同じ。人前に出して使うものだから、持ち主の趣味の良さを示すために高価な素材、凝った意匠の鼻煙壺がつくられた。
本展に出品されているのは、世界的な鼻煙壺コレクターで、ファミリーマート初代社長の沖正一郎氏のコレクション。沖氏はこれまでに大阪市立東洋陶磁美術館、北京・故宮博物院やロンドン・ヴィクトリア&アルバート博物館、世田谷美術館等に多数の鼻煙壺を寄贈しているが、それ以外にも多くの鼻煙壺を所蔵している。本展では候補に挙げられた鼻煙壺600点から300点が選ばれ、素材別──陶磁・ガラス・金属・貴石・象牙や木製品など──に分けて展示されている。個人的な好みをいうと、貴石を用い、その素材が持つかたちや模様を生かしながらつくられた鼻煙壺はとても魅力的だ。次いで魅力的な素材はガラス。なかでも色ガラスを被せて彫刻を施した鼻煙壺には、貴石を用いたものと同様に惹かれるものがある。沖コレクションには、内絵鼻煙壺といって、透明なガラス製鼻煙壺の内側から特殊な筆を用いて絵が描かれたものが多数ある(これは現代中国でお土産用としてつくられているそうだ)。そのなかでもアメリカ合衆国歴代大統領の肖像が描かれた鼻煙壺は、これまでに他の沖コレクション展でも何度か目にしているので、沖氏のお気に入りだったのだろうか。その沖正一郎氏は、本展会期中の2016年2月20日に89歳で亡くなられた。体調が良ければ本展を見に来る予定もあったそうだが、残念ながら果たせなかったという。ご冥福をお祈りします。[新川徳彦]
関連レビュー
2016/03/10(木)(SYNK)