artscapeレビュー
《静岡県富士山世界遺産センター》
2018年06月15日号
[静岡県]
コンペで勝利した坂茂が設計し、昨年末にオープンした《静岡県富士山世界遺産センター》を訪れた。最寄り駅から徒歩で10分弱の立地だが、最上部の展望ホールから美しくフレーミングされた富士山が見える(《ポンピドゥー・センター・メス》でも、展示室の大開口から、このように地元の大聖堂を見せていた)。交通量が多い道路に面し、ごちゃごちゃした街並みと隣接するけっして恵まれた環境ではないなかで、水面から逆さ富士の形象が立ち上がるという一般にもわかりやすいアイコン建築を実現している。塀などで周囲と切断しているわけではないが、明快な形態による強い主張と、人々の意識を水面のリフレクションに集中させることに成功している。かといって、富士山を具象的に模したキッチュなデザインではなく、抽象化された造形だ。もっとも、訪問時は風が吹き、水面への映り込みはあまりはっきりとせず、おそらく夜間のほうが美しく鏡像が浮かびあがると思われた。
通常、アイコン建築は外観を重視するあまり、内部空間との齟齬が目立つケースが多い。外部と内部がばらばらになってしまうのだ。しかし、富士山世界遺産センターは逆さ富士の形状がそのまま展示空間の特徴を形成している。すなわち、スロープを登っていくと、だんだん楕円が広がり、また壁も斜めに外側に向かって傾斜しているのだ。いわばニューヨークのグッゲンハイム美術館型の空間だが、この建物では展示室内の昇降を富士山の登山と重ねあわせている。なお、内壁側の展示はメディア・アート的な映像が中心であり、そうなると、しばしば空間のデザインはどうでもよいブラックボックスになってしまう。だが、坂の建築は、部屋が暗くなっても空間性を感じられるよう、旋回するスロープを導入している。すなわち、被災地のシェルターや仮設住宅など、彼のほかの作品にも共通するテーマだが、建築でしかできないことをきちんと組み込んでいる。
2018/05/06(日)(五十嵐太郎)