artscapeレビュー

井上佐由紀「私は初めてみた光を覚えていない」

2018年06月15日号

会期:2018/05/19~2018/06/23

nap gallery[東京都]

志が高く、長期にわたって撮影されたいい作品である。井上佐由紀は、病床にあった祖父に、2年間にわたってカメラを向け続けた。「終わりに向かう祖父の目」が次第に光を失い、宙をさまようのを見ているうちに、「ふと初めて光を見る赤子の目を見たい」と思いつく。井上は産院と交渉して、生まれてから5分以内の赤ん坊を、分娩室で撮影させてもらうことにした。この6年間で20人以上の新生児を撮影したのだという。

今回のnap galleryでの展示では、大伸ばしの連続写真のプリントのほか、フィルム1本分をそのまま焼き付けたコンタクト・プリントも並んでいた。それらを見ていると、まさに赤ん坊が目を開け、初めて光を感じとったその瞬間が捉えられているのがわかる。むろん、その瞬間を「覚えて」いる人は誰もいないだろう。それでも、それらの写真はどこか懐かしい気がする。それは「初めて光を見る」という体験が、人種や性別を超えた普遍的な体験だからだろう。まだ顔つきもしっかりと定まっていない新生児たちが、互いに似通って見えてくるのも興味深かった。

このシリーズはこれで終わりというわけではなく、さらに続いていきそうだ。ただ、数を増やしていくことが問題ではないはずなので。そろそろ写真集にまとめることを考えてもよい。会場には大判のプリントを綴じ合せた、ポートフォリオが置いてあったが、もっと小ぶりな造本でもいいのではないかと思う。ぜひ実現してほしい。

2018/05/23(水)(飯沢耕太郎)

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