artscapeレビュー

写真新世紀 2019

2019年12月15日号

会期:2019/10/19~2019/11/17

東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]

キヤノンが主催する「写真新世紀」は1991年のスタートだから、ずいぶん長く続いてきたものだ。当初は年4回開催されていたが、それが年2回になり、現在は年1回に落ち着いた。立ち上げから20年あまり審査員としてかかわった筆者にとっても、感慨深いものがある。その優秀賞、佳作入賞者の作品を展示してグランプリを決定する「写真新世紀展」にもほぼ毎年足を運んでいるのだが、このところかなり違和感を覚えていた。2015年から「静止画・動画を含むデジタル作品の応募」が可能となったことで、動画による映像作品が増え、また現代美術的なコンセプチュアルな発想の作品にスポットが当たることが多くなっていたからだ。ところが、今年の「写真新世紀展」では、「写真」をベースにした発想、手法、仕上げの作品の比率が上がってきている。いわば「先祖返り」といった趣の会場の雰囲気が興味深かった。

今年の審査員は椹木野衣(美術評論家)、サンドラ・フィリップス(SF MoMA名誉キュレーター)、瀧本幹也(写真家)、ポール・グラハム(写真家)、安村崇(写真家)、ユーリン・リー(台湾高雄市立美術館ディレクター)、リネケ・ダイクストラ(写真家)の7名である。優秀賞を受賞したのは、江口那津子「Dialogue」(ポール・グラハム選)、遠藤祐輔「Formerly Known As Photography」(安村崇選)、幸田大地「background」(瀧本幹也選)、小林寿「エリートなゴミ達へ」(サンドラ・フィリップス選)、田島顕「空を見ているものたち」(ユーリン・リー選)、中村智道「蟻のような」(リネケ・ダイクストラ選)、𠮷田多麻希「Sympathetic Resonance」(椹木野衣選)で、そのうち中村智道の作品がグランプリに選出された。

父親の死の前後の写真と、子供の頃に蟻の胴体をちぎって殺した記憶とを重ねあわせるように提示する中村の作品をはじめとして、身近な他者の生と死とを微視的に拡大し、重層的に組み上げていく写真のあり方は、日本の「私写真」の重要なファクターであり、1990年代から2000年代初頭にかけての「写真新世紀」の出品作品にもよく見られた。今回の優秀賞受賞者でいえば、アルツハイマー型認知症の母と歩いた街の記憶を辿る江口那津子や、亡くなった母親のポートレートの延長として、彼女が愛していた植物を撮影した幸田大地の作品もそうである。先ほど「先祖返り」という言い方をしたのはそのためだが、むろん当時と比較すれば写真家たちの表現意識はより高度なものとなり、厚みを増している。次年度の「写真新世紀展」がどうなるのか、この傾向が続いていくのかどうかが気になる。

2019/11/14(木)(飯沢耕太郎)

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