artscapeレビュー
退職記念展 母袋俊也 浮かぶ像─絵画の位置
2019年12月15日号
会期:2019/10/30~2019/11/30
東京造形大学附属美術館+ZOKEIギャラリー+CSギャラリーなど[東京都]
1954年生まれの母袋は、世代的には80年代作家ということになるだろうが、ニューペインティングやらニューウェイブやら次々と登場した80年代の喧噪とは無縁の地平で、1人(孤軍奮闘と言っていい)独自の絵画を厳密とも言える態度で模索してきた画家だ。
80年代にドイツに留学し、キリスト教の精神性や彼が「フォーマート」と呼ぶ絵画形式を研究。帰国後、複数パネルを連結させた絵画を制作し始める。これには中心を持たない偶数枚パネルの「TA」系(アトリエのあった立川のイニシアル)をはじめ、縦長パネルの「バーティカル」、「TA」とは違い中心性を有する奇数枚パネルの「奇数連結」などのシリーズがあり、余白とタッチを生かした風景やキリスト教モチーフが描かれる。ここからさらに、風景を矩形の枠で切り取るための窓を有する「絵画のための見晴らし小屋」へと飛躍。これは母袋には珍しく屋外に展示する作品、というより、風景を見るための装置だ。
世紀の変わるころから、これらに正方形フォーマートの「Qf」系が加わり、豊かな色彩と筆触によるうねるような形態が現われる。よく見ると、キリスト像や印を結んだ手が認められるが、これはルブリョーフのイコンと阿弥陀如来像から引用したイメージだそうだ。この「Qf」絵画は、正方形の像が向こう側の「精神だけの世界」から、こちら側の「現実の世界」に押し寄せてくるものと考え、それを実体化して「Qfキューブ」という立方体の箱に行きついた。きわめて論理的に展開しつつ、精神性も重視している。ほかにも、同一サイズの画面にさまざまな空の表情を描いた「Himmel Bild」のシリーズがあるが、これらはすべてフォーマートと描かれる内容が連動しているだけでなく、シリーズ同士が相互に関係しながら並行的に制作されているという。
こうして見ると、母袋がドイツで学んだ絵画形式やキリスト教の精神性と、日本の風景や仏教美術などの相容れがたい要素を、長い時間をかけて把捉し、撹拌し、融合させ、作品に昇華させてきたことがわかる。それだけでなく、たとえば「Qf」系の作品では、パネルの側面を角皿のように削ったものがあり、これは母袋によると「物理的な絵画の厚みと『像』の厚みを切り離して認識すること(『像』の膜状性)を導くための試み」(解説より)とのこと。作品の見方・見え方にも周到な配慮が施されているのだ。母袋がいかに独自の絵画体系を築こうとしてきたかが理解できるだろう。
今回はこれらの主要作品だけでなく、膨大なプランドローイングをはじめ、映像、論文、これまでの個展のパンフレットまで公開している。系列ごとに整理された展示や、懇切丁寧な作品解説、保存状態のいいドローイングなどを見ると、作者の律儀で厳格な性格がわかろうというものだ。これまで断片的に作品は見てきたものの、本展でようやく母袋の全体像がおぼろげに浮かび上がってきた。
2019/11/18(月)(村田真)