2020年03月15日号
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artscapeレビュー

飯沼珠実「Japan in der DDR - 東ドイツにみつけた三軒の日本の家/二度消された記憶」

2020年01月15日号

会期:2019/11/09~2019/12/14

KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY[東京都]

冷戦期の東ドイツの3都市(ライプツィヒ、ドレスデン、ベルリン)で日本の建設会社が建てた3軒のホテルについてリサーチし、自身の撮影した写真や収集した資料を5章からなる書籍にまとめた飯沼珠実。本展では、「第4章 二度消された記憶」が展示された。

飯沼は、関係者へのインタビューや資料調査を進めるなかで、1979年に建設事務所が空き巣被害に遭い、金庫に入っていた現金と、35ミリフィルムカメラからフィルムが抜き取られて盗まれた事件を知る。この盗難事件に着想を得た飯沼は、「盗まれた記憶を取り返してみよう」という動機から、35ミリフィルムカメラを携え、ベルリンに現存するホテルの周辺を撮影した。帰国後、東京の現像所にフィルムを持ち込むが、現像機の整備不良のためにフィルムが感光し、また外れたネジが機械内部に混入してフィルムを傷つけたため、現像されたイメージの一部は白く消え、ところどころに傷痕が入っていた。本展では、これらの「白く不鮮明にかすみ、傷を付けられた写真たち」が展示された。

それは、(リサーチベースではあるものの)「二重のフィクションの介在」である。「盗まれたフィルムに写っていたであろうイメージ」を再演的に創造するという行為は、(機械的なアクシデントによって)傷を付けられ、「消えかけ、見えにくい、隔てられた」イメージへと変質する。一度目の「消去」を実行したのは、シュタージ(秘密警察)のスパイによるものだと推測された。では、二度目の「消去・抑圧」をもたらした作用は何だろうか? それは事実としては現像機の整備不良という人災だが、過去の想起と同時にはたらく忘却の作用が図らずもリテラルに顕現した、私たちはその暴力的な顕現をこそ眼差しているのではないだろうか。そして写真が「記憶」の謂いとなりうるのは、(物理的永続性ではなく)その可傷性・被傷性ゆえではないだろうか。

2019/12/06(金)(高嶋慈)

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